目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

3-5 絶対絶命

 校庭の林から、重々しいディーゼル・エンジン音が聞こえてくる。

 音はどんどん大きくなり、やがて木々の間から、武骨な鋼鉄製車両が飛び出してきた! 上部に二本の砲門を装備し、キャタピラで走行する鈍色の車両は、誰がどう見ても戦車にしか思えない。

 そのまま外野グラウンドに辿り着くと一旦停車し、上部ハッチが開いて操縦手が降りてくる。待ち構えていた綾小路君と二言三言交わすと、そのまま入れ替わりで、綾小路君が戦車に乗り込んだ。

 我が物顔で外野を一周すると、ライトのポジションで止まってホームベース方向を向く。

 ギギギッと、砲門をやや上に調整し準備万端。戦車はまるで「自分、不器用ながら外野手です」とでも言いたげに、ライトの守備についている。


「……おいおいおいっ! あれはどう見ても戦車だろっ!? キャタピラ走行だし機関砲装備してるしレーダーくるくる回ってるし! あんなもん持ち込んで、いったい何を考えているんだっ!」


 敵キャプテンの猛クレームを、私は鼻で笑って受け流す。


「あなたねぇ……少しは常識で考えて。私立の高校に戦車なんて、持ち込めるわけないでしょう? アレは瀬名高自動車部が開発した模造車両レプリカ、通称ガンタン君ですよ。ちゃんとグローブくっつけてますから、戦車型グローブってだけの話です」


 私が指し示した車両の前面に、取って付けたような小さいグローブが、車のエンブレムのようにちょこんと載っている。


「常識で考えて、戦車が外野を守るなんてありえないだろっ!?」

「綾小路くんが乗り込んだところはみんなが見てますし、ガンタン君は彼のグローブです。レフト本田君のスクーター型グローブと、どこが違うって言うんですか?」

「原付と戦車じゃ、大違いに決まってんだろっ!」


 ライトを陣取るガンタン君は、全長八メートル、幅三.一八メートル、全高四.四メートル。せいぜい全長二メートル半の原付とは、比べ物にならない。

 それでも私は胸を張る。

 エンジン搭載型グローブという点において、スクーターとの差異はないっ!


「とにかくっ! 野球道具は既成のものに限らないというルールがある限り、戦車型グローブでもなんら問題ないはずです。それともなんですか? ガソリン・エンジン式スクーターはグローブとして認めておいて、ディーゼル・エンジン式のガンタン君は、認められないとでも?」

「そもそも戦車なんか持ち出して、どうやって野球やるつもりなんだよっ!?」

「それは見てのお楽しみ。もういいわ。審判の判断を仰ぎましょう」


 ライトから聞こえてくる豪快なエンジン音も、「そうだそうだ」と囃し立てているかのよう。

 主審はしばし考え込んだものの、サードの一之瀬君が大きく頷いた事を確認して、「問題なしっ!」と宣言した。


* * *


 九回表、インヴィテーションズの攻撃は、トップバッターのスーグニーから。

 柚がベンチ内で休んでいるせいか、スーグニーは今までにない集中力でバットを構えている。

 代わったばかりのマウンドで、私はセットポジションのまま島君のサインに頷いた。

 初球は内角高めインハイストレート。スーグニーが得意とするセーフティバントには、一番難しいコースだ。

 第一球、投げた瞬間にスーグニーは反応し、器用にバットの根本をボールに当てた。

 キャッチャー前にポトリと落ちた球を、島君が素早く拾って送球するも、判定は――!? 


「セーフ!」


 一瞬早く、スーグニーは一塁ベースを駆け抜けていた……とんでもない俊足だ。

 次のバッターは、さきほど文句を付けてきた招聘チームのキャプテン。送りバントの構えを見せている。

 ここは定石通りなら、二塁にランナーを送る場面。だがスーグニーには、常識外れの足がある。

 二回けん制球を見せても、スーグニーは相変わらず大きなリードを取ってくる。私がキャッチャーに投げた瞬間、案の定走ってきた。ヨシ!

 大きく外した敬遠球を、島君が捕って素早く二塁に送球。それでもスライディングしたスーグニーの足が、一瞬早く二塁を陥れる。

 ダメだ……この足はもう防ぎようがない。

 私達は成す術なく、次の投球も走られて、三塁にまで行かれてしまう。


 これでノーアウトランナー三塁。

 スクイズも考えられる状況。でも彼の足なら、平凡な内野ゴロでもホームはセーフになってしまう。

 だとすれば、小フライのリスクがあるスクイズは可能性が低い。

 私は覚悟を決めて投球する。ゴロの打ちにくい、ボール気味高めのストレート。

 バッターはそれを読んでいたかのようなアッパースイング! 打球は外野に――!?


 パパパパパパパパッ‼


 誰もがスタンドインかと思ったその時、放物線の軌道に、三十五ミリ対空機関砲が襲い掛かる!

 マシンガンのような速射砲撃は見事打球に命中、ボールは破損し急落下。セカンド頭上に落ちてきたボールを、風花があっさりキャッチした。

 グラブに収まった、ひしゃげたボールを審判に見せると……。


「ア……アウト!」


 呆気に取られるグラウンド。白い硝煙が風に流されると、ライトを守るガンタン君の砲門が、陽の光に晒されギラリと光る。


「う……うわああっ!」


 一瞬の静寂後、観客は悲鳴を上げ、我先にとグラウンドから逃げていく。

 混乱に陥る観客席を見上げて、私はマウンド上で愉悦に頬を緩ませた。

 ふふふ……これこそが生徒会ビーナス、最後の切り札。陸自所有の八七式自走高射機関砲。

 瀬名高風紀委員会諜報部が誇る、とっておきの飛び道具よ!


「どういう事だっ!? なんでこれがアウトになるんだよ!」


 審判に詰め寄る敵キャプテンに、私は上機嫌のまま説明する。


「硬式野球では軟式のように、ボールが真っ二つに割れたり破裂したりする、いわゆるパンクボールは想定されてないの。だから野球規則五条二項には、ボールの革が剥がれたり破損した場合でも、そのプレーが終わるまで続行しなきゃいけないと書かれてある……つまり」


 私は外野に聳え立つ、ガンタン君を指差した。


「ガンタン君がいる限り、全てのフライはレーダーで捕捉され、〇.〇二秒で撃ち落とされる! 制空権を握った者こそが、戦争の勝者となるのよっ!」

「ふざけるなっ! これは戦争じゃないんだぞ!? 野球の試合で砲撃なんて、許されるわけないだろうがっ‼」

「ふざけているのはどちらの方かしら。この試合は生徒会――すなわち瀬名高トップに君臨する組織が、名誉とプライドを賭けて戦う学校行事の決勝戦。招聘選手相手とはいえ、生徒会が負ける事は許されない。これは私達にとって国防であり、私にとっては妹防まいぼうよ。臆病風に吹かされたって言うんなら、即刻グラウンドから出て行きなさいっ!」


 渾身の啖呵に、二の句が継げないキャプテンとインヴィテーションズ・ナイン。

 このまま棄権してくれれば、それが一番いいのだけれど――。


もちろん試合は続行さレッツ・キャリー・オン・ザ・ゲーム、クレイジーガール、ユズは俺のモノだからなユズ・イズ・マイン


 この状況で、チューインガムを膨らませた陽気なアメリカンは、憎たらしいほどの笑顔を見せてくる。オレノバンは気落ちするチームメイトに明るく声を掛け、ベンチ前で円陣を組んでチームの士気を高めていく。

 ちっ……さすがは海外有名スポーツ選手。メンタルコントロールにおいても、彼らは群を抜いている。

 冷静に考えれば分かる事だが……フライ守備でしか、ガンタン君の砲撃は使えない。だったらゴロで一点取ればいいだけ。

 でもそう簡単に点はやらない。ここまで来たからには、なんとしてでも失点を阻止する!


 試合はワンナウトランナー三塁から仕切り直し。

 さっきまでとは打って変わって、観客のほとんどいない殺伐とした空気の中、足を震わせた三番バッターが打席に立つ。

 ガンタン君が一発、空に向かって砲撃を放つと、委縮したバッターはあっさり三振してくれた。

 これでツーアウト。四番バッター、オレノバンが右打席に立つ。

 それにしてもこの男……ガンタン君の砲撃にも全く動じた素振りを見せない。もしかしたら軍隊上がりか何かで、戦車なんて見慣れたものなのかしら……?

 そう思っていると、島君は主審にタイムを告げ、マウンドに駆け寄ってきた。


「会長、オレノバンと無理に勝負する必要はありません。ここは敬遠で、次のバッターと勝負しましょう」

「でも……」

「スーグニーほどではないにせよ、オレノバンも俊足のバッターです。ゴロが転がれば内野安打にされる危険性もあります」

「……わかった」


 島君はホームベースに戻ると、右打席のオレノバンから外角に外れた位置で立ち上がった。

 私がミット目掛けてボールを投げると――!?


「ゴーッ!」


 投球と同時にスーグニーが走り出した! まさかホームスチール? 敬遠なのにっ!?

 慌ててホームに駆け寄ると、オレノバンは外角方向に大ジャンプ! 敬遠のボールにくらいつき空中でバットを振る。

 バットはボールにこそ当たらなかったが、まさかのスイングに島君が慌てて、ボールをお手玉ファンブル

 ボールを掴み直した島君から送球を受け取ると、私はホームベースに飛び込んだ。それと同時に、スーグニーもヘッドスライディング!

 ホームベース上で交錯する二人の周りに、大きな土煙が上がる。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、砂埃が風に流され、視界がクリアになると――、


「セ……セーフッ!」


 伸ばしたグラブとホームベースの間に、スーグニーの手がしっかり差し込まれていた。

 九回表、ついに生徒会ビーナスは、一点を勝ち越されてしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?