雲ひとつない五月晴れ。絶好の野球日和。
大勢のギャラリーが見守るメイングラウンドで、私達『生徒会ビーナス』と『SHOHEIインヴィテーションズ』は、審判団が立ち並ぶホームベース前で、互いに向かい合って整列していた。
「おい、柚ちゃんはどうしたんだっ? それになんなんだアイツは!?」
ウチのメンバーを見て、インヴィテーションズのキャプテンが早速文句を付けてくる。
私達の列に柚はいない。代わりと言ってはなんだが、末席に三輪バイクが停まっている。
ピザ屋のデリバリーバイクを改造し、荷台の上にでっかい野球グローブを積載した、
もちろん運転手は、生徒会ビーナスのユニフォームを着ている。
「彼は自動車部の本田くん。スクーター型グローブを操る、生徒会ビーナスの新戦力。柚に代わってレフトを守るわ」
「スクーターで野球するなんて、ありえないだろっ! そもそもあんな奴、昨日はメンバーにいなかったじゃないか!」
「大会に参加してない生徒であれば、大会途中から補充選手にできる。これはルールで認められているわ。それに彼は、スクーター型グローブを使ってプレーするんだから、なんの問題もないはずよ」
「はあっ!?」
「野球道具に規定のルールはない――そちらがテニスラケットをグローブだって言い張るんだったら、こちらのスクーター型グローブだって認められるはずよ。それともなに? まさか野球用品代用ルールを、なかった事にしようとでも言うのかしら?」
スクーターが認められなければ、当然マッテルノのテニスラケットも認められない。
反論できないインヴィテーションズのキャプテンを見て、主審も「問題ないでしょう」と承認する。
「ちっ……どっちみちスクーターに乗って守備なんて、まともにできるはずがない」
それはその通り。こっちだって、スクーター外野手なんて
「それは見てのお楽しみね。ついでに言うと柚はベンチスタートだから、そっちも楽しみにしてるといいわ」
「? どういう意味だ? 柚ちゃんは運動苦手だから、スタメンから外しただけじゃないのか?」
「遅れてごめーん!」
どよめく観客をかき分けて、ポニーテールを躍らせた柚と、世都可、風花の三人が、お揃いのチアガール衣装を着て走ってきた!
爽やかなブルーのTシャツは、裾をおなかでキュッと縛っていて、白いホットパンツの上に、かわいいおへそがちょこんと顔を覗かせている。
「お姉ちゃんどう? 似合ってるかな?」
照れ笑いに頬染めて、柚は細い脚を大胆に振り上げ、両手の黄色いボンボンを上下に振る。
露出の高いへそ出しチアコスチュームは、世都可と風花もよく似合っている。それでも柚がセンターに立てば、二人はただの引き立て役!
笑顔の花咲く妹は、弾けるかわいさ柚百パーセント! 健康的なエロスとはにかみキュートが、魔性のシスター・マリアージュ!
「柚……もうホント、最高にかわいい」
「やった~! 今日は応援、頑張っちゃうし!」
さすが柚。柚しか勝たん。
対戦相手のインヴィテーションズはもちろん、選手審判観客姉までも、柚の前では緩みきったニヘラ顔を晒してしまう。
これはもう勝ったも同然! マッテルノも、まともなピッチングできないはず!
……もちろん、私も。
という訳で、私と世都可はポジション交代。
ピッチャー世都可ショート私で、決勝戦のプレイボールを迎える事になった。
* * *
「オー、ユーズ! ソープリティ! チアミーアップ!」
「ダメだよ~、敵同士なんだから。でもちょっとだけなら応援してあげる! 頑張れ頑張れ、スーグニー!」
一回表、インヴィテーションズの攻撃。
一番センターのスーグニーは、柚の控えめな応援だけで集中力をかき乱し、あえなく三振。
続く二、三番も、綺麗な生足を振り上げるピッチャー世都可に、精彩を欠き凡退した。
「ナイスピッチング!」
「この恰好でピッチャーするの、超恥ずいんですけどっ!」
ベンチに戻る途中で、チアガール姿の世都可が、照れながら文句を言ってくる。
「そんな事ない。綺麗なピッチングフォームだったわよ。世都可は脚が長くて綺麗だから、余計カッコよく見えた」
「え……そ、そう?」
いつもの世都可のパーカースタイルは、服の隙間から見える肌の白さが際立って、それがクールで儚い印象を与えていた。
でも今日は一転、露出度の高いチアガール。世都可の白い肌に太陽が照りつけると、桜の花びらに光を当てたような透明感がある。特に長い脚は、同性の私でもハッとしてしまうほど白く艶めかしい。
褒められて機嫌を良くしたのか、世都可は私の耳に、そっと唇を近づけた。
「じゃあ春花も、カッコいいところ見せてね」
囁き声にびっくりして世都可を振り返ると、彼女は悪戯っ子のような微笑みを残してベンチへ戻っていく。
柚と風花に合流すると、三人のチアガールは横に並んで、息の合ったダンスを始めた。
「お姉ちゃーん! かっとばせ~!」
美少女三人の応援に気を取り直し、先頭バッターの私は意気揚々と打席に立つ。
お色気チアガールで敵の動揺を誘う単純な作戦だったけど、その応援は、想像以上に私の力になってくれていた。
よそ見をしてるマッテルノにバットの先端を差し向けて、気合の声を出す。
「よーし、やってやろーじゃなーい」
* * *
あっけなく三振を喫し、打席を離れる。なかなかどうして、そう簡単にやってはやれない。
マッテルノは、柚に気を取られてファーストサーブのコントロールを乱すも、すぐにセカンドサーブに切り替えて、曲がりの鋭い変化球で勝負してきた。時折混ぜる速球が邪魔で、変化球を見極めるのはかなり難しい。
「緩急つけたピッチングに切り替えてきましたね。やっかいです」
ネクストバッターズサークルの島君が、戻ってきた私に声をかけてきた。
「でもコースは全部、ド真ん中よ。ストレートも昨日ほどのスピードじゃない。変化球か速球、どちらかに的を絞れば打てるかも」
「やってみましょう」
二番の世都可は何球かファールで粘ったものの、あえなく三振。三番バッター島君が打席に立つ。
いきなり初球の変化球を、狙いすました流し打ち! 一、二塁間をゴロで抜けるライト前ヒットを放った。
「やったあ! ヘージュ先輩すごいっ!」
チーム初ヒットにはしゃぐ柚を残して、今度は風花が右バッターボックスに入る。
小柄な風花のチアガール姿は子供みたいでかわいいが、身長より長いグラスファイバー棒は、バトン・トワリングとは言い難い、物騒な雰囲気を醸し出している。
風花はポールを軽々と振り回すと、肩に担いで構えた。
「先制ホームラン、行くわよっ!」
「キャーッ、風花ちゃん頑張って~!」
飛び跳ねる柚に気を取られつつ、マッテルノの初球!
風花は甘いストレートを豪快に打ち返した! が! やはり飛ばず。
ボテボテのショートゴロをオレノバンが華麗なフィールディングで処理し、スリーアウトチェンジ。
生徒会ビーナス初回の攻撃は、ゼロに抑えられた。
「ちょっと風花、やっぱり全然ダメじゃない」
「大丈夫よ、今のでタイミング掴めたから。次こそホームラン、打ってやる!」
守備に付く際、風花に声をかけるも、相変わらずの強気発言。こりゃ今日もダメそうだ。
ベンチ前では、チアリーディング部が柚にダンスを教えている。その練習風景に四番オレノバンは気を取られ、世都可の前にあっさり三振した。
とにかく柚パワーで、敵の攻撃をなんとゼロに抑えていくしかない。その間に、できるだけ早く先制点を……。
ロースコアの試合展開に嫌な予感を覚えるも、私はショートの守備位置で、柚のチアダンスに視線を奪われ続けていた。
* * *
その後も、息詰まる投手戦は続く。
先発マッテルノ・ベッツィーニは、時々ヒットは打たれるものの、要所を締めるピッチングで連打を許さない。バックのオレノバン、スーグニーも、柚にいいところを見せようとファインプレーを連発。マッテルノを盛り立てていく。
対する世都可も、リトルリーグ時代のピッチャー経験で、のらりくらりと躱していく。中盤でピンチを招くも、柚のチア衣装お色直し作戦も成功し、なんとか失点を食い止めてきた。レフトを守るスクーター選手も、サード一之瀬君、センター二ノ宮君のバックアップで、なんとかエラーを防いでいる。
両軍八個のゼロを並べ立て、いよいよ最終回九回表。
恐れていた事ががついに起きてしまった。
柚が、疲れちゃったのだ。
「さっ……さすがに……もう限界……」
仲間を鼓舞し、相手チームに愛想を振りまき、お色直しまでして応援していた柚は、試合に出ている私達以上に疲労困憊になっていた。
普段あまり身体を動かさない柚にとって、さすがに厳しい運動量だったのだろう。
「奥の日陰で、横になって休んでて」
「うん、ごめんね……お姉ちゃん、みんな……あとは、任せたなり」
チアリーディング部に連れられて、奥のベンチでぐったりと横になる柚。
それを見送ると、私は心配顔のチームメイトに振り返った。
「会長、この回は一番スーグニーからの好打順です。柚さんが引っ込んだ状況で、世都可に抑えきれるかどうか……」
「ピッチャーは私が代わるわ……それと、綾小路君」
無線でどこかに連絡を取っていた綾小路君は、顔を上げてニヒルに口角を上げる。
「待たせたな。準備オーケーだ」
この時を待っていた! 私は審判に選手交代を告げる。
「ピッチャー、世都可に代わって私。ショートが世都可。あとライト、綾小路君のグラブをチェンジします!」