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3-4 決勝の秘策

 雲ひとつない五月晴れ。絶好の野球日和。

 大勢のギャラリーが見守るメイングラウンドで、私達『生徒会ビーナス』と『SHOHEIインヴィテーションズ』は、審判団が立ち並ぶホームベース前で、互いに向かい合って整列していた。


「おい、柚ちゃんはどうしたんだっ? それになんなんだアイツは!?」


 ウチのメンバーを見て、インヴィテーションズのキャプテンが早速文句を付けてくる。

 私達の列に柚はいない。代わりと言ってはなんだが、末席に三輪バイクが停まっている。

 ピザ屋のデリバリーバイクを改造し、荷台の上にでっかい野球グローブを積載した、屋根付きキャノピー仕様の原付バイクだ。

 もちろん運転手は、生徒会ビーナスのユニフォームを着ている。


「彼は自動車部の本田くん。スクーター型グローブを操る、生徒会ビーナスの新戦力。柚に代わってレフトを守るわ」

「スクーターで野球するなんて、ありえないだろっ! そもそもあんな奴、昨日はメンバーにいなかったじゃないか!」

「大会に参加してない生徒であれば、大会途中から補充選手にできる。これはルールで認められているわ。それに彼は、スクーター型グローブを使ってプレーするんだから、なんの問題もないはずよ」

「はあっ!?」

「野球道具に規定のルールはない――そちらがテニスラケットをグローブだって言い張るんだったら、こちらのスクーター型グローブだって認められるはずよ。それともなに? まさか野球用品代用ルールを、なかった事にしようとでも言うのかしら?」


 スクーターが認められなければ、当然マッテルノのテニスラケットも認められない。

 反論できないインヴィテーションズのキャプテンを見て、主審も「問題ないでしょう」と承認する。


「ちっ……どっちみちスクーターに乗って守備なんて、まともにできるはずがない」


 それはその通り。こっちだって、スクーター外野手なんて最初はなから期待していない。


「それは見てのお楽しみね。ついでに言うと柚はベンチスタートだから、そっちも楽しみにしてるといいわ」

「? どういう意味だ? 柚ちゃんは運動苦手だから、スタメンから外しただけじゃないのか?」

「遅れてごめーん!」


 どよめく観客をかき分けて、ポニーテールを躍らせた柚と、世都可、風花の三人が、お揃いのチアガール衣装を着て走ってきた!

 爽やかなブルーのTシャツは、裾をおなかでキュッと縛っていて、白いホットパンツの上に、かわいいおへそがちょこんと顔を覗かせている。


「お姉ちゃんどう? 似合ってるかな?」


 照れ笑いに頬染めて、柚は細い脚を大胆に振り上げ、両手の黄色いボンボンを上下に振る。

 露出の高いへそ出しチアコスチュームは、世都可と風花もよく似合っている。それでも柚がセンターに立てば、二人はただの引き立て役!

 笑顔の花咲く妹は、弾けるかわいさ柚百パーセント! 健康的なエロスとはにかみキュートが、魔性のシスター・マリアージュ!


「柚……もうホント、最高にかわいい」

「やった~! 今日は応援、頑張っちゃうし!」


 さすが柚。柚しか勝たん。

 対戦相手のインヴィテーションズはもちろん、選手審判観客姉までも、柚の前では緩みきったニヘラ顔を晒してしまう。

 これはもう勝ったも同然! マッテルノも、まともなピッチングできないはず!

 ……もちろん、私も。

 という訳で、私と世都可はポジション交代。

 ピッチャー世都可ショート私で、決勝戦のプレイボールを迎える事になった。


* * *


「オー、ユーズ! ソープリティ! チアミーアップ!」

「ダメだよ~、敵同士なんだから。でもちょっとだけなら応援してあげる! 頑張れ頑張れ、スーグニー!」


 一回表、インヴィテーションズの攻撃。

 一番センターのスーグニーは、柚の控えめな応援だけで集中力をかき乱し、あえなく三振。

 続く二、三番も、綺麗な生足を振り上げるピッチャー世都可に、精彩を欠き凡退した。


「ナイスピッチング!」

「この恰好でピッチャーするの、超恥ずいんですけどっ!」


 ベンチに戻る途中で、チアガール姿の世都可が、照れながら文句を言ってくる。


「そんな事ない。綺麗なピッチングフォームだったわよ。世都可は脚が長くて綺麗だから、余計カッコよく見えた」

「え……そ、そう?」


 いつもの世都可のパーカースタイルは、服の隙間から見える肌の白さが際立って、それがクールで儚い印象を与えていた。

 でも今日は一転、露出度の高いチアガール。世都可の白い肌に太陽が照りつけると、桜の花びらに光を当てたような透明感がある。特に長い脚は、同性の私でもハッとしてしまうほど白く艶めかしい。

 褒められて機嫌を良くしたのか、世都可は私の耳に、そっと唇を近づけた。


「じゃあ春花も、カッコいいところ見せてね」


 囁き声にびっくりして世都可を振り返ると、彼女は悪戯っ子のような微笑みを残してベンチへ戻っていく。

 柚と風花に合流すると、三人のチアガールは横に並んで、息の合ったダンスを始めた。


「お姉ちゃーん! かっとばせ~!」


 美少女三人の応援に気を取り直し、先頭バッターの私は意気揚々と打席に立つ。

 お色気チアガールで敵の動揺を誘う単純な作戦だったけど、その応援は、想像以上に私の力になってくれていた。

 よそ見をしてるマッテルノにバットの先端を差し向けて、気合の声を出す。


「よーし、やってやろーじゃなーい」


* * *


 あっけなく三振を喫し、打席を離れる。なかなかどうして、そう簡単にやってはやれない。

 マッテルノは、柚に気を取られてファーストサーブのコントロールを乱すも、すぐにセカンドサーブに切り替えて、曲がりの鋭い変化球で勝負してきた。時折混ぜる速球が邪魔で、変化球を見極めるのはかなり難しい。


「緩急つけたピッチングに切り替えてきましたね。やっかいです」


 ネクストバッターズサークルの島君が、戻ってきた私に声をかけてきた。


「でもコースは全部、ド真ん中よ。ストレートも昨日ほどのスピードじゃない。変化球か速球、どちらかに的を絞れば打てるかも」

「やってみましょう」


 二番の世都可は何球かファールで粘ったものの、あえなく三振。三番バッター島君が打席に立つ。

 いきなり初球の変化球を、狙いすました流し打ち! 一、二塁間をゴロで抜けるライト前ヒットを放った。


「やったあ! ヘージュ先輩すごいっ!」


 チーム初ヒットにはしゃぐ柚を残して、今度は風花が右バッターボックスに入る。

 小柄な風花のチアガール姿は子供みたいでかわいいが、身長より長いグラスファイバー棒は、バトン・トワリングとは言い難い、物騒な雰囲気を醸し出している。

 風花はポールを軽々と振り回すと、肩に担いで構えた。


「先制ホームラン、行くわよっ!」

「キャーッ、風花ちゃん頑張って~!」


 飛び跳ねる柚に気を取られつつ、マッテルノの初球!

 風花は甘いストレートを豪快に打ち返した! が! やはり飛ばず。

 ボテボテのショートゴロをオレノバンが華麗なフィールディングで処理し、スリーアウトチェンジ。

 生徒会ビーナス初回の攻撃は、ゼロに抑えられた。


「ちょっと風花、やっぱり全然ダメじゃない」

「大丈夫よ、今のでタイミング掴めたから。次こそホームラン、打ってやる!」


 守備に付く際、風花に声をかけるも、相変わらずの強気発言。こりゃ今日もダメそうだ。

 ベンチ前では、チアリーディング部が柚にダンスを教えている。その練習風景に四番オレノバンは気を取られ、世都可の前にあっさり三振した。

 とにかく柚パワーで、敵の攻撃をなんとゼロに抑えていくしかない。その間に、できるだけ早く先制点を……。

 ロースコアの試合展開に嫌な予感を覚えるも、私はショートの守備位置で、柚のチアダンスに視線を奪われ続けていた。


* * *


 その後も、息詰まる投手戦は続く。

 先発マッテルノ・ベッツィーニは、時々ヒットは打たれるものの、要所を締めるピッチングで連打を許さない。バックのオレノバン、スーグニーも、柚にいいところを見せようとファインプレーを連発。マッテルノを盛り立てていく。

 対する世都可も、リトルリーグ時代のピッチャー経験で、のらりくらりと躱していく。中盤でピンチを招くも、柚のチア衣装お色直し作戦も成功し、なんとか失点を食い止めてきた。レフトを守るスクーター選手も、サード一之瀬君、センター二ノ宮君のバックアップで、なんとかエラーを防いでいる。

 両軍八個のゼロを並べ立て、いよいよ最終回九回表。

 恐れていた事ががついに起きてしまった。

 柚が、疲れちゃったのだ。


「さっ……さすがに……もう限界……」


 仲間を鼓舞し、相手チームに愛想を振りまき、お色直しまでして応援していた柚は、試合に出ている私達以上に疲労困憊になっていた。

 普段あまり身体を動かさない柚にとって、さすがに厳しい運動量だったのだろう。


「奥の日陰で、横になって休んでて」

「うん、ごめんね……お姉ちゃん、みんな……あとは、任せたなり」


 チアリーディング部に連れられて、奥のベンチでぐったりと横になる柚。

 それを見送ると、私は心配顔のチームメイトに振り返った。


「会長、この回は一番スーグニーからの好打順です。柚さんが引っ込んだ状況で、世都可に抑えきれるかどうか……」

「ピッチャーは私が代わるわ……それと、綾小路君」


 無線でどこかに連絡を取っていた綾小路君は、顔を上げてニヒルに口角を上げる。


「待たせたな。準備オーケーだ」


 この時を待っていた! 私は審判に選手交代を告げる。


「ピッチャー、世都可に代わって私。ショートが世都可。あとライト、綾小路君のグラブをチェンジします!」

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