「いい加減にしろっ! 本当は好きなヤツなんていないんだろ!?」
体育館裏に壁ドンをかまし、三年生の男子生徒は
さっきまでの歯の浮くような愛の告白から一変、横柄な態度で迫られて、柚はすっかり委縮してしまう。
「違います……あたしに好きな人がいるのは本当です……」
「そのお決まりのセリフは、俺達の間で噂になってるぜ。そうやって好きな相手は自分なんじゃないかって男に告白させて、裏ではあざ笑ってるんだろっ!? なめやがって!」
柚は身体を捻って逃げ出そうとするも、男に後ろ手を掴まれてしまう。
「いやっ! 離して!」
「うるさいっ! 話はまだ終わってねー!」
その時、突風が二人の間を吹き抜けたかと思うと、弾かれたように男子生徒は後ろに吹っ飛び、体育館の壁に叩きつけられた。
「フラれた腹いせに、惚れた女に罵詈雑言。挙句の果ては力づくでどうこうしようだなんて、見下げ果てた男ね」
新入生と見間違うばかりの低身長。茶髪にニーソ、深緑のピアス。
かわいらしい見た目はもちろんだが、それよりも強烈に目を引くのは、彼女が手に持つ二メートル近い
冷や汗まみれの男は、棒の両端を包む布に書かれた二文字と、彼女の役職を呟いた。
「風紀……委員長……」
風紀委員長の風花は、手のひらサイズの手帳を片手でペラペラとめくり、目的のページで指を止めた。
「そう言うあなたは、三年四組橋本君。あらあらあなた、野球部のエースピッチャーじゃない。夏の大会も近いっていうのに残念ね。追って新しい格差校則は通達されるから、覚悟しておきなさい」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ! これはその、注意っていうか……」
「注意? くっさいポエム聞かせた挙句、女の子の手を無理やり掴んでおいて?」
異常なまでの視力聴力を持つ風花に、ごまかしは通用しない。
それでも橋本が弁明を重ねようとすると、
「あのー、後がつかえているので、その辺で終わりにしてもらっていいですか?」
遠慮がちに風花に声をかける銀縁眼鏡――生徒会副会長の島が、いつの間に二人のすぐ傍で腕組みし、告白男に軽蔑の眼差しを向けていた。
柚は二人とも見覚えがなかったが、橋本と呼ばれた男が、彼らの登場に酷く動揺している事は分かった。特に島を見る目は恐怖に泳ぎ、弁明の言葉も喉奥に詰め込まれ、うまく言葉が出てこないようだ。
「今日中に沙汰は下る。さっさと消えろ、橋本」
「ひっ……ひぃっ! すみませんでしたあっ!」
島の冷淡な声に、橋本は走ってこの場を去っていった。風花はその後ろ姿を鼻で笑うと、柚に向き直る。
「あなたが噂のアフロディーテね。確かにかわいいけど……ホタテ貝にライドオンってわけじゃないのね」
「そんな人いるわけないじゃないですか……大丈夫ですか? 柚さん」
「大丈夫です、ありがとうございました」
深々と二人にお辞儀する柚。
風花は、何かを感知したみたいにそっぽを向くと、パッと踵を返した。
「このクソメガネが、あなたに用事があるみたいよ。私は先に失礼するわね」
それだけ言い残すと、柚が声を掛ける間もなくどこかへ走り去っていく。また別の校則違反者でも嗅ぎ付けたのだろうか。
柚は島に向き直った。
「あ、あの……ありがとうございます。それで、助けてもらっておいて申し訳ないんですけど、あたしお付き合いは……」
お礼とともに断りを入れてくる柚に、島は手の平を突き出し否定の意思を示す。
「僕はあなたに、告白をしに来たわけではありません」
「はぁ……」
「スカウトに、来たのです」
「……はぁ?」
* * *
放課後、私は一人会長席に座り、柚と世都可を待っていた。
昨夜のうちに、情報機関系部活には監視態勢撤収の指示を出しておいた。突然の中止に戸惑う声も聞かれたが、各部活とも昼休みまでには撤収を完了したようだ。
世都可がどう仲裁するつもりかは分からない。でも少なくとも、監視態勢を解かない事には始まるものも始まらないだろう。
副会長の島君には、来客があるから生徒会室には遅れて来るようお願いしておいた。彼も別件で頼まれた力仕事があるとの事で、あっさり了承してくれた。
それにしても……いざこうして柚の監視体制を失うと、とにかく心配で落ち着かない。
世都可が一緒とはいえ、基本的に告白は、柚一人を呼び出してするものだ。探偵部が張り付いていた時とは違い、有事の際に駆けつける術がない。
「確か、ドローン同好会ってあったわよね……」
会長席で部活リストを眺めていると、ノックもなしに生徒会室の扉が全開した。
現れたのは、黒髪ロングが眩しい柚と、セーラー服の上からパーカーを羽織った世都可。
「お姉ちゃん!」
「な……何?」
「お姉ちゃんには今日から、あたしと世都可の監視の元で、生徒会長を務めてもらう事になりました!」
柚はそう言い放つとツカツカと歩み寄り、二枚のプリントをバンッと、会長席に叩きつけた。
その表題には『生徒会入会届』と記載があり、それぞれの申請者氏名の枠に柚と世都可の名前、そして両方の推薦人枠には、島君の名前が書かれていた。
「え……なっ、えっ!?」
驚く私に、満足そうな笑みを浮かべる柚と世都可。二人の背後では、島君が当然のように机ふたつを持ち込んで、生徒会室に設置している。
「ちょっ……ちょっと島君! これってどういう事なの!?」
「僕がこの二人を生徒会に誘ったんです。世都可は書記、柚さんは
「はあああああっ!? そんな話、私聞いてないわよっ!? しかも何、世都可って? 呼び捨てっ!?」
世都可はパーカーのフード越しに島君を一瞥すると、不服そうな声を上げる。
「そうだよヘージュ。柚は『さん』付けで私は呼び捨てって、酷くない?」
「おまえだって、学校でその呼び名は止めろ。せめて先輩を付けろ」
「なにさ、そんな
世都可は隙をついて、島君の眼鏡を取り上げる。フレームに指を突っ込んで、くるくる回し始めた。
「え、それ伊達なの!? そもそもヘージュってなにっ!?」
眼鏡を取り返そうとしていた島君だったが、私の声に振り返ると、手元の入会届を指さしてくる。
推薦人の欄にはフルネームで、『
「世都可とは幼馴染で、僕の事を昔からヘージュって呼ぶんです」
島君は説明を終えると、背中に目が付いているかのような素早さで、世都可から眼鏡を奪い返す。
「なになに~? 世都可と副会長は、親しい仲なの?」
二人の様子を見て、柚がニヤケ顔で茶々を入れてきた。
「ヘージュの家族とは親同士が仲良くてね……幼馴染の腐れ縁よ。ちなみに恋愛感情は一切ないから」
「世都可はビアンだしな。僕はいつも振り回されてばかりなんだよ」
「あ、あたしもヘージュ先輩って、呼んでいい?」
打ち解ける三人を前に、驚愕のまま固まった私だけが取り残されていく。
信頼していた島君が、まさか世都可の手の内だったなんて……。
「とにかく会長。ご存じの通り、生徒会追加メンバーは役員一人以上の推薦で候補者となり、会長判断で正式に生徒会入会が許可されます。ここに二人の立候補が出揃いましたが……どうしますか?」
「どうしますかっ!?」
島君と柚が、会長席の私に決断を迫る。その後ろでは、世都可が余裕
島君の言う通り、これを許可する最終決定権は私にある。
しかし昨夜の約束――世都可のやる事に、絶対逆らわない――これがある限り、私に選択権はない。
……ないのだとっ、分かってはいるけどもっ!
「二人の生徒会入会は認めるけど……柚の折衝担当は、認めるわけにはいきませんっ!」
「もうっ! なんでダメなのよっ!?」
各部活との予算折衝はもちろん、外部の高校との交流、各種市民団体との調整、留学生の受け入れ等、幅広く人と接する機会がある。
「柚は恋の切捨御免だよ!? 学外の人と交流なんて、今よりもっと大変な事になっちゃうじゃないっ!」
「……お姉ちゃん、聞いて」
大声で主張する私に向かって、柚は真剣な顔を向ける。
ほんのり上気したようなピンクの頬に、決意みなぎる
いつものぽわわんとした印象とは違う凛々しい柚の表情に、私のハートはいとも簡単に打ち抜かれ、二の句が継げなくなってしまう。
「あたし、よく考えたの。将来この異常なモテ体質のまま大学生、社会人になったら、あたしは絶対、社会に適合できないヒキコモリ人間になっちゃう。だから今、高校生のうちに! この体質と上手に付き合っていく方法を見つけなきゃいけないのっ‼」
柚はバッと左手を開き、島君を指す。
「ヘージュ先輩はあたしの事を好きにならなかった。男の人でも、あたしが普通に接する事ができる人はいる」
今度は右手を勢いよく開き、世都可を指す。
「世都可はビアンであたしの親友。女の人でもあたしの事を嫌いにならず、友達になってくれる人もいる」
友達に両手を広げたまま、柚は私に訴えかける。
「こんな異常体質の私だって、自分らしく積極的に人と関わっていけば友達はできる。そうやって勇気をもって前に進めば、自分は成長できるって信じてる。でも……あたし一人の力じゃどうしようもない時もきっとくると思う。そんな時こそ、友達の力を借りて! ピンチを一緒に乗り越えたいのっ‼」
柚は広げた手を前に持ってくると、私の両手を取った。
「それにあたしには……妹の事を誰よりも大切にしてくれて、誰よりも心配してくれる、お姉ちゃんがいる」
二つの
漆黒の夜空に流れた夜這い星が、柚の気持ちを私に運んできてくれる。
「お姉ちゃんには、あたしの事を一番近くで見守っててほしい。そうすればどんな困難も、みんなと一緒に乗り越えてみせる」
繋いだ両手からも、柚の決意が溢れんばかりに伝わってくる。
これはもう、愛の告白。
折り合いなんて、つくはずもない。
私が愛しているのは柚だ。
同性だからじゃない、姉妹だからじゃない。
柚だから、私は恋に落ちたんだ。
感極まった私は、二人を隔てる机をはしたなく乗り越えて、柚を抱きしめた。
たった一晩会わなかっただけで、知らない匂いが混じる妹に、ざわつく心を抑えられない。柚がもっと、他の誰かと接する機会が増えてしまったら、私は果たして耐えられるのだろうか。
「柚……ありがとう。柚の気持ち、すっごく伝わった……」
「お姉ちゃん……ありが――」
「伝わったけど! とりあえず折衝は世都可に任せて、まずは書記からにしてみない?」
「春花っ! あんたちっとも分かってないじゃんっ!」
姉妹愛を引き裂いて、世都可が私達の間を割って入ってくる。
というかなんで春花!? なんで呼び捨て!?
「柚は柚らしく成長するために、折衝を選んだのよ!? いつまでもお姉ちゃんに守られてるだけの子供じゃないのっ! 春花は私達と一緒に、傍で見守っててあげればそれでいいの!」
「あなたねぇ……ちょっと想像すれば分かるでしょ? 柚の前に、他校の男子が列をなして告白しに来るのよ!? そんなの許せるわけがないじゃない! あと、私の事は会長と呼びなさい!」
「ねぇ、いつの間にお姉ちゃんと世都可、そんなに仲良くなってるの?」
「仲良くないっ!」
私が反射的に叫ぶと、背後から世都可の腕が肩に巻き付いて、簡単に引き寄せられてしまう。
片耳だけに、世都可のハスキーボイスが響く。
「約束……忘れたわけじゃないでしょうね。私のやり方に逆らうんなら、春花だけ生徒会にいられなくなるかもよ?」
それを言われると……引かざるをえない。
「仲良くない……こともない……けど、ね~、世都可!」
「ね~、春花っ!」
「ちょっと世都可、離れてっ! あたしのお姉ちゃん、取らないでっ‼」
女子三人でわちゃわちゃ戯れていると、島君が呆れ口調で話を戻してくる。
「会長、結局二人とも希望担当のまま、生徒会入会でよろしいですか?」
「あーもうっ! わかったわよっ‼ 柚は折衝、世都可は書記で生徒会の入会を認めますっ!」
「やったー! 世都可!」
「いえーい!」
「ありがとーっ、お姉ちゃん大好きっ! あたし頑張るから、これからもよろしくねっ!」
飛び込んで来る柚を抱きしめて、私はやっぱり、どうしようもない幸福感に満たされてしまう。
これはこれで、良かったのかもしれない。
これから一年間、
いくら折衝担当とはいえ、柚一人でやらせなければいい話。私の見える範囲にいてくれれば、これまで以上に私がフォローできるだろう。
「えーと、では早速……五月末の体育祭に招待する招聘選手のコーディネートですが……柚さんにお願いしてもいいですか?」
「はーい! 初仕事、頑張っちゃいまーす!」
その声に、私は一瞬で青ざめる。
島君の持つキングファイルをかっさらうと、招聘選手のリストを確認する。
「今年は国内からサッカー、ラグビーのクラブチームが二チーム、海外からテニス、バスケ、マラソンの若手有望選手が招待されます。彼らの宿泊先、練習場所の案内、各方面挨拶周りと瀬名高の紹介。交流プログラムで親睦を深めた後、夜は会食に同席してもらいます」
「それってもちろん……」
「全員、男性です」
絶対無理だ。知らない間に国際問題にまで発展しかねない。
「ねぇ世都可……このイタリア人テニスプレイヤー、カッコよくない? 少女漫画に出てくるみたいな金髪碧眼だよ!?」
「うーん。女の子って本当にいないのね……」
私からキングファイルを奪い取って、柚と世都可は興味津々でプロフィール写真をめくっている。
「やっぱり、ダメ―っ‼」
これから一年間……私と柚、そして生徒会は、いったいどうなってしまうのだろうか。
そんな事、今考えたって分かるわけがない。
それでも、いつの日か振り返って、素晴らしい青春の日々だったと思えるように、
生徒会長は頑張って、妹をサポートしていきますっ!
* * *
「ところで会長。MI6研の処遇、どうしましょうか?」
「ターゲットに拘束されて、依頼主を自白する大失態だからね……」
「あ、MI6研の百田から、最終報告の音声データが送られてきました」
「再生して」
……でも、私も秘密を話したんだからあなたにも本当の事を言ってほしい。あなたが本当に好きな人は、誰なの?
…………あたしが、好きなのは――。
背が高くてかっこよくて優しくて……だから、みんなの期待に応えるために、常に一生懸命で……。
でもちょっと不器用で、夢中になると周りが見えなくなっちゃうタイプだから、昔からやりすぎちゃう事もしょっちゅうで……。
だから、あたしの大好きな人は、あたしの事を大事に想ってくれるあまりなんでもしちゃう……そういう人、なんです……。
「データはここまでですね。で、MI6研の処遇ですが――」
「部に昇格」
「公私混同、
「そりゃそうよ」
だって、
妹がエモすぎて、お姉ちゃんは正気でいられません!