「一年生のどのクラスでもね、お姉ちゃんの話題で持ち切りなのっ! あんなクールで綺麗なお姉さんがいて超羨まし~いって!」
綺麗な足をテーブル下でバタつかせ、柚は楽しそうに話している。
「話してばかりじゃなくて、ちゃんと食べるのよ」
「は~い」
お母さんの忠告もどこ吹く風、身振り手振りを交えながら、新しいクラスの様子を教えてくれる。食事はなかなか進まない。かわいい。
「みんな生徒会長っていう色眼鏡で見てくるから、実物以上に良く見えたりするものなのよ。モテ具合では、柚には敵わないもの」
「あたしもかわいいけど、お姉ちゃんはまた違うかわいさ的な? ナンバーワンじゃなくてオンリーワン的な!?」
「あなた達姉妹はどっちもかわいいわよ。だってお母さんがかわいいんだから、当然でしょ?」
「お母さんも、そういうところがかわいいよねっ!」
「どういう意味よ……」
ウチの夕食はいつも賑やかだ。毎日終電のお父さんには気が引けるけど、家族団らんの幸せを噛みしめてしまう。
よく喋る柚は本当に楽しそうで、妹の健やかな成長を見届けるだけで、姉としてとても嬉しい。
そう、少女から大人の女性へ。
蕾がゆっくりと花弁を開いていく、健康的エロティシズムを見守るだけで。
いつからだろう。無邪気に笑って話しかけてくる柚の――、
モコモコ素材の部屋着から覗く、すっきりと細い首筋に、
ホットパンツから伸びる、シルクのような長い足に、
苦手なブロッコリーを頑張って食べる、ぷっくりと艶やかな唇に、
興奮を悟られないよう、下を向くようになったのは。
「ねぇ、お姉ちゃん聞いてる?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「だからぁ! 今日入学式が終わった時に、お姉ちゃんに抱きついたじゃない?」
あれは嬉しかった。特に柚の、ウィスパーボイス。
あれをなんとか録音できないだろうか。確かASMR研が、高価な録音機材の購入申請を出していた。承認をエサにヤツラを動かせば……。
「それを同じクラスの子が見ていたらしいの。で教室に戻った時『あら~、百合百合しくて尊かったわね~』とか言われてさ~」
柚の口から出た『百合』というキーワードに、私は咄嗟に顔を上げた。不思議な顔で見つめる柚に、ごまかしの笑みを浮かべる。
これは……今の柚の、百合への許容範囲を計るまたとないチャンス!
柚は昔からお姉ちゃん大好きっ子で、日常的に抱きついてきては、ドキッとする大胆発言を繰り返している子だ。ひょっとしてと考えた事は、これまで何度もある。
今にも破裂しそうな胸の鼓動を抑えつつ、私は柚に問いかける。
「そ……それで柚は……なんて返したの?」
「ん~? 女の子と女の子なんて考えられないっ! って言い返したよ」
無邪気な柚の、一点の曇りもない答えに、私の心臓は見事大爆発。木っ端微塵に砕け散った。
「BLはちょっと、興味あるんだけどね~」
「……ちょっとごめん、シャワー浴びてくる」
付け加えられたどうでもいい情報を聞き流し、私は不自然を承知で席を立つ。
お風呂場に逃げる私の背中に、心配そうな柚の声が投げかけられる。それでも私は止まらない。
ごめん柚。
私、今すぐシャワーの音を出しっぱなしにした、うるさいお風呂場に行かなくちゃいけないの。
今すぐ、行かなくちゃいけないの。
* * *
「お姉ちゃん、どっち食べたい?」
お風呂から出てくると、ソファーから飛び起きた柚が声を掛けてくる。
その手には、コンビニスイーツらしきエクレアと、シュークリームが握られていた。
明らかに様子がおかしい私を心配して、喋るきっかけのために、こんな夜中に買ってきてくれたのだろう。本当に、優しい子。
「私はどっちでもいいよ。柚が決めて」
「じゃああたし、シュークリーム! はい、エクレアね」
「ありがと」
二人でリビングのソファーに座り、無言で食べ始める。
ひとしきりお風呂で泣いて、私は少し落ち着いていた。
最初から分かっていた事だ。家族であり同性である柚の事が恋愛感情として好きだなんて、私がどうかしてる。
近親愛で同性愛。
考えられないどころか気持ち悪いと言われても、それは仕方のない事だ。
こうして姉妹、仲良く並んでデザートを食べる。それだけでも私は十分幸せだ。
欲張りすぎて、今ある幸せを取りこぼすような事は絶対にしてはいけない。そのためには、この気持ちにも折り合いをつけていかなくちゃいけない。
でも……どうやって。
「ねぇお姉ちゃん。祝辞の事で、みんなになんか言われた?」
柚が心配そうに訊いてくる。私の様子がおかしい事を、あの入学式恫喝祝辞キャンセルのせいだと思っているようだ。
「色々とね。運動部のキャプテンやら風紀委員長やらが、こぞって文句を言いにきた。全部言い負かしてやったから、何の問題もないけど」
「もしかして……あたしが入学するから、新入生に厳しい制限をかけないようにしてくれたの?」
「それもあるけど……私が生徒会長になった理由は、行き過ぎた格差校則をなんとかしたいと思ったからよ。その第一歩が、あの無難な祝辞。自分でやると決めた事なのに、やっぱりダメね。気を張っていないと、不安に胸が張り裂けそうで」
お風呂場で泣いた理由は違うけど、これもまた私の本心。私は、あの学校を変えなきゃいけない。
柚は食べかけのシュークリームをテーブルに置くと、ソファーの上でチョコチョコ動いて、私との距離を詰めてくる。
エクレアから優しく私の手を奪うと、その両手を繋いだ。
「……動かないで、お姉ちゃん」
すぐ隣に座る柚は、真剣な眼差しで私と目を合わせ、距離を縮めていく。
妹の端正な顔立ち、艶やかな唇が近づいてくる。
繋いだ両手を振りほどいて止めないと、本当に唇が重なってしまうんじゃないかと思うほど、至近距離まで。
我慢しきれず目を閉じると、私の額に、確かな温もり。
恐る恐る目を開けると、柚の大きな瞳がすぐ目の前に。私とおでこをピタっと合わせ、微笑んでいる。
「大丈夫。お姉ちゃんはすごい人だって、あたしは知ってる」
何が起こっているか理解できない。混乱する頭の中に、透き通る柚の言葉だけが響く。
額を通過して脳へ、直接流し込まれる、麻薬のように。
「不安になっても泣いちゃっても、お姉ちゃんはいっつも最後にはやり遂げちゃう。みんなが口を揃えて無理だって言った、生徒会長になった時もそうだった。だから安心して。できない事なんてなんにもない。お姉ちゃんはお姉ちゃんらしく、やりたいようにやり遂げて」
「柚……」
はにかむ柚の笑顔が、ゆっくりと離れていく。
温もりを失った額の細胞達が、彼女を求めてざわめき立つ。
「ちょーっ、恥ずかしい事させないでよー! あ、あたしが勝手にしたのか! お姉ちゃん、エクレアあたしにもちょうだい!」
さすがの柚も恥ずかしかったのか、あからさまな照れ隠しにエクレアをねだってくる。
私はふわふわした気持ちのまま、言われるがまま、膝の上に置きっぱなしのエクレアを柚に向けた。
「こっちでいいよ!」
不意に両肩を掴まれると、不思議な感触が唇を掠める。
柚はぺろっと、私の唇を舐めた。
「エクレアのチョコ、くっついてたから!」
「……ちょっ……柚!?」
「大丈夫大丈夫! 姉妹だからノーカンノーカン!」
柚は残りのシュークリームを一口で食べきると、おやすみ~と言って二階に駆け上がっていった。
一人リビングに残された私は、あまりの衝撃に立ち上がる事すらできない。
何より衝撃的だったのは――。
「これで、女の子と女の子なんて考えられないって……嘘でしょ…………」