目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

1-3 風紀委員長

「ちょっと風花っ! どうやって窓から飛び込んできたのよっ! 生徒会室ここ、校舎二階よっ!?」


 慌てる私に、風花は「ふふん」と、したり顔を向けてくる。

 ちっちゃい女の子は得だ。こうして生意気な態度を取ったとしても、それがかわいく見えてしまうのだから。

 おまけに風花はオシャレ女子。格差校則トップランカーの一人。

 家柄もよく、幼少から仕込まれた華道茶道棒術はどれも師範級。小さな身体にみっちり詰まった正義感で、風紀委員長まで務めている。

 文武両道、容姿端麗。これだけ揃えば、学園のアイドル的存在になれるはずだけど……。


「ちょうど窓が開いてたから、棒高跳びの要領でポーンっと入っただけよ。大丈夫、ポールは副委員長がちゃんと回収してるから」

「そんな心配してるんじゃないっ! 普通にドアから入ってきなさいって言ってるの!」

「仕方ないじゃない。外歩いてたら生徒会の悪だくみが聞こえてきたんだから。速攻現場を抑えないと、言い逃れされるに決まってる。前代未聞の新入生祝辞を、動画で一方的に説明してハイおしまいだなんて、絶対許されないわ」


 風花は島君を一瞥すると、私に詰め寄り睨み上げる。

 二十センチはある身長差に、理不尽だとでも言いたげに。


 そう。風花にもう一つ四文字熟語を付け加えるとするならば……勧善懲悪。

 警察犬なみの嗅覚聴覚で悪事の種を見つけると、電光石火で駆け付けて、得意の棒術で校則違反者を取り締まる。学内風紀を乱す者は男子はもちろん、相手が女子でも教師でもお構いなしだ。

 彼女の常識外れの身体能力と苛烈なまでの正義感は、一般生徒からは『セナの核弾頭』と呼ばれ、恐れられている。


「さぁ会長、祝辞の言い訳を聞かせてもらおうかしら。学内風紀を取り締まる風紀委員会に一言の断りもなく、新入生を野放しにするなんて、一体どういう了見よ! 事と次第によっちゃあ――」

「言った通りよ。今年は入学早々の制限は設けない。一ヶ月の判断期間をもって、適切な格差校則を設定するわ」

「そういうのは事前に風紀委員会に話を通しておくのが、筋ってもんでしょう?」

「それは違うわ。どんな格差校則を個人に課すべきか考えるのが、生徒会わたしたちのお仕事。生徒会が決めた校則に従って違反者を取り締まるのが、風紀委員会あなたたちのお仕事。筋が通ってないのはあなたの方よ」


 茶髪のちっちゃい頭から、カチンと音が聴こえてくる。


「はは~ん、言ってくれるじゃない」


 風紀委員会は、生徒会の下部組織ではない。独立した学内秘密警察組織だ。必要あらば生徒会メンバーでも検挙できる。

 野球部の一之瀬君と違い風紀委員長の風花は、学内で唯一、生徒会長に食ってかかれる人物なのだ。


「風紀委員は少数精鋭! あたしと副委員長、二人だけの組織なのっ! 毎年この時期は新入生の違反者取り締まりで忙しいから、先月から警備部と格闘技系部活にも協力してもらって、事前打ち合わせを重ねてきたのよっ!? それなのに『はい今年は制限なくなりましたから、皆さんのお手伝いは必要なくなりました~、お疲れ様でした~』って言える? ねぇ言える!?」


 ちっちゃい娘に感情露わに責め立てられ、悪くもないのに罪悪感が頭をもたげてくる。

 そんな私を見かねた島君が、銀縁眼鏡をクイッと上げて助け船を出してくる。


「お気の毒とは思いますが、そういった調整含めて、風紀委員会の仕事ですので」

「お前は黙ってろクソメガネ」


 見た目にそぐわぬシンプルな暴言。風花はいつも、島君には手厳しいのだ。

 私は子供を諭すように、優しい声でなだめすかす。


「いずれにせよ、ゴールデンウィーク明けに最初の格差校則が発表されるわ。警備部始め手伝ってくれる部活には、新入生取り締まり強化月間は一ヶ月延期されたと伝えればいいんじゃない? 元々この時期は各部活、新入生勧誘で忙しいし、風紀委員活動を手伝ってると入部希望者も少なくなるって聞くし……かえって歓迎してくれるんじゃない?」


 妥当な意見に、風花は渋々怒りの鉾を収める。

 直情的で破天荒、勝気な性格の風花だが、理屈が通じない相手ではないのだ。


「風花が言いにくいって言うなら、私が代わりに通達しといてあげてもいいわよ」

「はぁっ!? 必要ねーし! こっちでやるしっ!」


 ひとしきりイキると、肩を揺すって出ていこうとする――が、扉を前にこちらを振り返り、風花はぷいっと顔をそむけた。


「祝辞の件……春花がやりたい事は分かってる。でも気を付けて。あの人は思った以上に、この学校を見てるから」


 それだけ言い残すと、さっと出て行ってしまった。

 残された私と島君は、二人で「はぁっ」と大きな溜息を吐き、自席に座り込む。

 風花に言われると、より現実味が増す。

 教師とは比べ物にならない存在感――風花の父、理事長・瀬名広大氏の影響力を。


 瀬名高における教師と生徒会の関係は、共に学校運営を支える仕事仲間ビジネスパートナーと位置付けられている。

 教師は、会社で言えば営業部。新入生確保のための宣伝広報、上位組織の理事会・評議員会対応。より良い授業カリキュラムの構築と、テスト作成・採点に尽力する。

 生徒会はさしずめ、システム運用部だ。学校生活に関わるありとあらゆる人的トラブル――例えばいじめやモンスターペアレント問題――等を担当する。当事者である生徒と生徒会が中心となって問題解決にあたる事で、保護者や地域組織も協力的になってくれる。結果、教師が対応するよりスピーディに問題解決できるのだ。

 両者は他方の領域を侵す事は許されない。だから、私の祝辞も教師達はどうする事もできなかった。

 しかし、学校の創始者たる理事長は別だ。格差校則を生み出した異端児は、何物にも縛られない超法規的措置が許される存在。

 前例こそないものの、現職の生徒会長を解任に追い込む事だって可能なはずだ。


 重苦しい沈黙を先に壊したのは、島君だった。


「もし会長が、格差校則を撤廃するとか言ってたら、今頃どうなってたんでしょうね」

「私は間違いなく『島流し』にされるでしょうね。生徒会長は島君に引き継がれるだろうけど、歴代で一番、身動きの取れない傀儡政権になるかもしれない」


 格差校則の最底辺で改善が見込まれない生徒は、理事長権限で、全寮制の分校へ強制転校になる。これが格差校則の中で最も重い罰則――通称『島流し』だ。成績以外でも、学校に重大な損害を与えた場合、同様の処置になりえる。


「新入生の初期制限緩和だけで、これだけの反発ですしね……。でも会長、今後の制限解放も、今までのような極端な制限をしないんですよね? そっちの方が大きな問題になりそうな気もしますが」

「それが、私が生徒会で目指す理想――格差校則緩和政策だからね。そもそも今までが極端過ぎ、細かすぎだったのよ。集まってくる生徒情報もペタバイトクラスだし、一人一人の個別制限設定も負担が大きかったし」

「確かに。探偵部、スパイ部、MI6研への監査証跡ログレベル引き下げ通達は歓迎の反応でしたし、我々生徒会も、日々増えていく個人情報の取り扱いに困っていましたからね」

「Pマーク取得してる生徒会なんて、全国でもウチだけだと思うわ」

「でも、情報機関系の部活は、それなりに危機感を持ってるんじゃないですか? 今までは生徒会活動支援という功績によって格差校則が優遇されていたのに、それがなくなるんじゃないかって」

 さすが島君。地頭の良い副会長は、こういう機微にも簡単に気付いてしまう。

「それは大丈夫。彼らには違う仕事をお願いしてるから」

「……何を依頼されたんです?」

「島君はまだ知らないでしょうけど……この学校に、とんでもない子が入学しちゃったのよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?