強く照りつける朝日に目を覚ます。
徐々に覚醒してゆく頭。ゆっくりと瞳を開けながら紗雪は、辺りで二つの声がしていることに気が付いた。
ユウと、あの妖魔の少女のもの。
何やら言い合っているような調子だ。
「じゃあこっちなら――」
「やだ! さゆきが――」
起き抜けの耳と頭は未だ頼りなく、所々聞き取れるが何の話をしているかまでは分からない。
あの後も興奮状態が暫く続き、寝付くのが遅く、あまり眠れなかったせいで早くも襲い来る睡魔。
それに抗うようにして、紗雪は無理矢理に身体を起こして覚醒を促した。
「おはようございます……何をしているのですか?」
声を掛けると、ユウは振り向き、少女はパッと明るく笑って駆けてきた。
そのままの勢いで抱きつかれるなりされるものかと身体を強張らせたが、少女は意外にも直前で立ち止まり、紗雪のことを見上げた。
「なまえ! ユウがかんがえてるんだけど、なんにもいいのがないの! やっぱり、さゆきじゃないとダメだとおもう!」
朝から聞くには明るすぎる声音に気圧されそうになりながらも、そうですか、とだけ返す。
「名前……どうしても、私でないといけませんか?」
「ダメ! ユウはへた!」
「ええ、それは重々承知しているのですが」
「サラリと猛毒吐かないでよね」
困ったように笑いながら、ユウも紗雪の方へと歩み寄る。
「おはよう、雪姉。ちゃんと眠れ――ては、ないみたいだね。大丈夫?」
「えっ? え、ええ、問題ありません。大丈夫です」
我ながら細い視界。きっと、とんでもなくだらしない顔をしていることだろう。
そう思うと、急に襲い来る羞恥心。
ユウの前では、しっかりとしたお姉さんでいようと決めたのに。
「名前……どうしましょう」
「何にも浮かばない?」
「い、いえ、考えてはみたのですが、この子に合うかどうか……自分自身、名付けに自信があるわけでもないことを、すっかり失念していました」
「だいじょうぶ! はやくはやく!」
「そ、そう急かさないでください。私にだって、心の準備というものが……」
「むぅ……じゃあ、あさごはんたべたあと! いどうしながらおしえて!」
「……ええ、それまでには何とか」
「やった! じゃあお魚とってくる!」
思わず目を逸らしたくなる程に眩しい笑顔で元気よく駆けてゆく少女の背中を、紗雪は何とも言えない心地で見送る。
こんな会話すら、したくないと思っていた筈なのに。
川に入り、バシャバシャと楽し気にはしゃぐ姿は、やはり無邪気な子どものそれだ。
「そう思いつめる必要はないからね、雪姉」
隣からユウが声を掛ける。
紗雪は、妖魔の少女に目を向けたまま。
「昨日も言ったけど、あの子についての一切は、僕の責任だ。良くも悪くも、僕の勝手が招く結果だ。何があっても、僕が全て責任を取る。だから――」
「そうはいきませんよ」
続く言葉を制するように言って、紗雪は続ける。
「もう、請けてしまいましたから。名付け役」
どこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな横顔に、ユウは目を閉じ、先の言葉は飲み込んだ。
「――そうだね。何かあれば、一緒に怒られようか。昔みたいに」
「そうならないことを祈るばかりですがね。貴方の選択が間違いではなかったと、未来でそう信じさせてくれればいいです」
『いやぁ間違いだ。大間違いだろうよぉ』
突如として響く、地を這うように低い声。
それはふたりの間から聞こえていた。
それを悟った刹那、紗雪は吐き戻したくなるくらいに不快な妖気を感じた。
ユウでさえも感じる不快感。思考より速く、実体を目で捉えるより早く、ふたりは躊躇うことなく最速で刀を振りぬいた。
しかしその刀身は対象を斬ることはなく、視線が追いついた時には既に、そこにいた筈の何者かの姿は無くなっていた。
互いの刃がぶつかりあい、甲高い音を鳴らした。
腕には鈍い衝撃が残る。
『おーおー、水浴びかい嬢ちゃん?』
互いの衝撃に弾かれ、尻もちをついたふたりの間に再び姿を現したそれは、わざとらしい仕草で以って少女に目を向けていた。
驚くほど滑らかな話し方に、ユウと紗雪は瞬間、呆気に取られてしまった。
畏怖の念すら抱かされそうになるほど、立派な角がある。
それも、二本も。
そこにらに蔓延る妖魔は、例外なく一本の角しか持ってはいない。
それが、この異形の者には二本――いや、一対、と呼ぶ方が正しいくらいに綺麗な角。
姿形も、ユウや紗雪と同じヒト型だ。