「―――って感じかな。これが、僕が狐乃尾に入った
桜花を後にし、暫く進んだ先。
妖魔との小規模な戦闘を終えた休憩がてら、木陰で休息をとりながら、ユウは紗雪に昔話を聞かせていた。
わざわざ自分から話す意味はなかったが、紗雪がふと疑問に思って尋ねたのが理由だった。
紗雪は、ユウと同じくらいの背丈に、真っ白で艶やかな長い髪、涼し気な着物、そして上品な所作で以って座る姿がよく似合う、おとなの女性だ。
ふたりは旧知の仲だが、それはユウからすればの話。ユウより遥かに長い年月を生きている紗雪だが、出会ったのは酒呑童子復活の後、ユウが桜花の城下町で暮らし始めたところからだった。
それゆえ、折に触れて気にはなっていたが、あまり尋ねる気にもなれず、それを知る機会がなかった。
今回聞きたがったのは、ただ何となくだった。それが、まさかそこまで重い話だったとは。
妖より幾らも脆弱な身体で、それだけの苦難に相対していたのかと、聞いていて心苦しくもなった。
元の世界へと帰ることが叶わないどころか、一度命まで落としかけていたなどとは。
ふと尋ねた紗雪に、ユウの方が「そんなに面白い話じゃないけど、それでもいいならいいよ」と存外軽く応えるものだから、是非、と軽い気持ちで聞き始めてしまったことを、今になって悔やむ。
「その……随分と苦しい経緯だったのですね、ユウ」
「別に同情はいらないからね。僕が勝手に飛び込んだだけのことだから。あの方を護りたいって、それだけしか考えてなかった、今にして思えば馬鹿な子どもだっただけの話だよ」
「そのようなことは――」
「それで言うと、雪姉だって大変なことばかりだったんでしょ? 前に、雪女っていうのは、種族柄かあまり良い目では見られないって言ってたし。僕よりうんと長生きしてるんだ、想像に難くないよ」
「幸い、と言うと同胞たちには悪い気もしますが、私はあまりそういった目には、数多くは遭ってきませんでしたから。それに、狐乃尾に迎えて頂けてからというもの、却って贅沢な暮らしをしているかもと思う程ですよ」
雪女はその特異な体質上、妖魔ではなく、同胞である筈の他の妖から狙われる歴史を辿ってきた。
瞬く間にその数は減少してゆき、今では確認されているだけで紗雪独りになってしまった。
「いいんじゃないかな、それは。無償に甘えてる訳じゃなくて、働きへの正当な対価なんだからさ」
「……そう、ですよね。ええ、私たち、頑張ってますものね」
「そうそう。それに、もう少しで巡礼も始まるし、今の内に、休める時には休んで、好きなことにも時間を使わないとね。って、今はそれどころでもない大変な仕事中なんだけどさ」
「いえ、ユウの言う通りです。私たちの仕事は、いつ命を落とすかも分からないものなのですから」
そう言われるとやや複雑ではあるが、その通りだ。
ユウは紗雪に頷き返すと、裾を払いながら立ち上がった。
「思いがけず長い話になっちゃったけど、雪姉はちゃんと休めた?」
「ええ、問題ありません。いつでも行けます」
「よし。十分に警戒して進もう。今日中に、残りのあと半分は進んでおきたいからね」