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第10話 黄泉戸喫

 その後、何があったのかは、辛うじて意識だけ薄く残っていた菊理だけが知っていた。

 そしてその委細を話すと、咲夜は始めこそ驚愕といった表情を浮かべたが、やがて得心がいった様子で頷いた。

 ユウが目を覚ましたのはあの世――ではなく、見知った城の中。

 普段、咲夜が仮眠用に使っている布団の上に寝転がっていた。

 細く薄い視界。痛む身体を無理やりに動かして辺りを見回すと、そこには咲夜と菊理、そしてハクの後ろ姿があった。


「さくや、さま……?」


 声は、自分で思っていたより幾らも弱弱しく発された。

 喉が上手く動かせないような感覚に戸惑いながらも、ユウは身体を起こそうともがく。


「……っ! ユウ…!」


 ハッとして振り返る咲夜。

 その頬には、涙の伝った痕が見て取れた。


「さくやさま……ないてるの……?」


「私のことを言っている場合ですか…! 調子はっ…! どこか痛むところはありますか…!?」


「いたい、ところ……からだが、あっちこっちいたい、です……」


「あちこちですね、分かりました…! 雲外、今すぐ美桜を――」


「落ち着かんか、馬鹿者」


 ひどく取り乱す咲夜を一蹴したのは、菊理だった。

 その隣では、ハクも呆れたように息を吐いていた。

 五体満足。咲夜を助けんと駆けていた森の中で一瞥した、身体に大きく穴の開いた姿とは違う。


「悪いな、ユウ。あの一件から十日間ずっと、魂が抜けた骸のようだったのだ。何があったのかは知らんだろうが、元気になったことは喜んでやってくれ」


「う、うん、わかった……」


 頷きつつも、そう言われてしまっては気になるのが当然で。

 ユウはあの時感じた恐ろしさを思い出し、身震いしながらも、何とか、その後どうなったのかと尋ねた。


「さくやさま、いきてる……ぼく、さくやさまを、まもれたの……?」


 ユウの質問に、ふたりは心底悔しそうな表情を浮かべた。

 聞いてはいけないことだったろうか。

 そうも思ったが、その答えは、意外にも向こうの方から示された。


「……ごめんなさい、ユウ。私は、取り返しのつかないことをしてしまったらしいのです」


「とりかえし……? どういうこと……?」


 聞き返すユウに、咲夜は肩を震わせる。


「はぁ、まったく。見てられんな。話す覚悟は決まったと、つい先刻言っていたのはお前だろう? いい、私が代わる」


 立ち位置を代え前へと出てきた菊理。

 最後に一度、本当に聞きたいかと尋ねる菊理に、ユウは少し迷った後で頷いた。

 それに頷き返すと、菊理は子どもでも分かるよう一つずつ、順を追って話し始めた。


 まずは、ユウが尋ねた件について。

 咲夜は助かったのか――それは、結果的にはそうであったということ。

 ユウの勇気ある時間なくしては、今こうして顔を合わせ、話すことは出来ていなかったのは確か。

 故あって酒呑童子は後退し、咲夜に菊理、ハク、そしてユウは、城へと戻って来ることが叶った。


 次に、ユウについて。

 ユウはあの時、確かに絶命寸前ではあった。が、咲夜の細胞を流し込み、その強大な妖気と結合させることで何とか生き永らえることが出来、城に戻ってから美桜の治療を受け、今のこの状態になっているということ。


 ただ問題は、その過程だった。

 ニンゲンと妖、本来同じ世界に住まう者でない者同士、細胞がそう簡単にくっつくはずがない。

 そこで咲夜が取ったのが、この世界にある物を食べさせる、という方法だった。

 黄泉戸喫よもつへぐい、と呼ばれるその行動は、こちらの世界の物を食べた者が、この世界の理に準じる事が可能になる代わりに、元居た世界へと戻ることは叶わなくなってしまうというもの。

 苦渋の決断だった。だがそれ以外に、今にも消えてしまいそうな友人の命を助けることは出来なかった。

 それがあったから、これまではどれだけユウが「おなかすいた」と言い出しても、夢から覚めてからと言って食べさせなかった。

 加えて言うなら、それは咲夜自身の本位ではなかった。それに、ユウとは関係の無い話だからと、口にすることもしなかった。

 その結果、ユウは咲夜の細胞と結合することが出来、命を救われる代わりに、妖とも呼べる個体となってしまった。


「ぼく、あやかしになっちゃったの?」


「そうであるとも言えるし、違うとも言える。私、咲夜、ハクでさえそんな前例を知らない以上、咲夜の細胞を取り込むことが出来たとは言っても、お前が妖であるかどうかは分からん。が、確かに黄泉戸喫は成され、現に妖の細胞と結合することが出来た――ゆえに、形式上お前のことは『半妖』とでもしておこう。ニンゲンとして完全に死んでしまった訳でもないのだからな」


「そ、そうなんだ……」


「ああ。お前がこの世界から出られなくなってしまったという点については――」


「『先年巡礼』という言葉……ユウは、聞いたことがありますか?」


 菊理の後ろから、咲夜が声だけで尋ねてきた。

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