伝え聞くそれとは大きく異なる出で立ち。
それでありながら、大きく引き下がりたくなるような確かな恐怖を抱かせる、嫌な力の塊。
世界中に蔓延する負の感情を全て集めて固めても、これほど心地悪い力にはならないだろうと思う程。
近くで息をするのも憚られる負の存在――間違いなくこれが酒呑童子なのだろうと、本能で察した。
咲夜は全身総毛立つのを感じながら、それでも強気に睨みつけた。
倒れ伏す菊理、ハク、部下らの仇。
そして、これこそが、九尾の血を引く自分の、最終目標だったから。
ただ――
『――、――、――』
それが言葉を話すというのは、想定外の出来事だった。
妖魔は例外なく、言葉を持たない欲望の塊だ。
しかし、それは今この瞬間、過去のものとなってしまった。
文献にも口伝にも、酒呑童子がいくら特別な存在とは言っても、言葉を話すなどという情報はどこからも得られなかった。
『――、――、――、――』
「醜悪で汚らわしい存在が、よもやそのようなことを仰るとは……」
『……――』
短いやり取りの後、吐き捨てるように小さく呟くと、酒呑童子は鋭い爪を向け、咲夜の命を狩り取らんとにじり寄る。
一歩、また一歩と近付かれる度に強く増す死の香りに、咲夜は堪らず俯き、運命とでも言うべき終末を受け入れた。
受け入れるしかなかった。
四肢はもはや動かず、刀を振るうことはおろか、一歩踏み出す、或いは後退する程の余力もない。
近づく『死』の化身とも呼ぶべきそれが手を下すのを、ただ待つだけ。
目を閉じると、酒呑童子がすぐ眼前で立ち止まったのが分かった。
今、ゆっくりとその爪を振り上げていることだろう。
一呼吸後には、自分はもうこの世にはいない。
さようなら――そう、頭の中で零すけれど。
一瞬の内にこちらの命など簡単に奪えるであろう力を持つ筈の酒呑童子が、なかなかそれを振るわないことに違和感を覚えた。
そのすぐ後で、小石のようなものがコツンと地面に転がる音がした。
「ささ、さ、さくやさまから、はなれろ……かいぶつ…!」
突如として響くその声に、咲夜は痛みも忘れて顔を上げた。
声だけでも確信を持ったが、その姿を見て改めて、心臓が強く打った。
そこには、立っているのもやっとなくらいに震える足で咲夜に背を向け、酒呑童子と正対して立ちはだかる、
「ユウ…………どうして……」
幼い、ヒトの子の姿があった。