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第4話 再会も早々に

 露天大浴場。


 今は、咲夜だけが入浴に使える時間として充てられている。

 それ以外の時間は、城内の誰がどの時間に使おうとも自由だ。


 咲夜が朝一番に時間を取っているのは、寝起きの脳を動かし、且つ筋肉をいい具合に解きほぐす為で、日課としてもう何百年もの間、特別な理由でもない限りは欠かさず続けている。

 身の回りのことを任せている傍付きにも、湯浴みの手伝いまではさせていない。

 誰にも邪魔されることなく好きなだけ時間をかけ、後から隊へと下す指令や国政について考える為である。

 何か火急の報せがある場合はその限りではないはずだが、今日は敢えて、なのだろう。

 並々ならぬ状況であると判断したからこそ、思考をただ一点に絞る為、湯浴みをしているのだ。


 だから、だろう。


「この声……師匠も一緒なのか」


 廊下に漏れ聞こえる声は、咲夜ともう一つ。

 何を話しているかまでは分からないが、その音はユウの師匠、菊理のものだ。

 菊理は、咲夜が先代城主から国を任される以前からの付き合いであり、互いに唯一『親友』だと呼ぶ相手である。

 誰より信頼出来、誰より相談事もしやすいのだと、以前そう言っていたのをユウは思い出す。

 今でこそ咲夜は城に籠って仕事を、菊理はその補佐を務めつつ隊の指揮を執る役職に就いているが、昔は背中を預け合い、最前線で戦っていたという話だ。

 ユウは、その雄姿こそ知らないが。

 そんなふたりが一緒の時間を過ごすのは、国政や隊に関しての相談事をする場合に、殆ど限られる。

 声が浴場外まで漏れているということは、もう湯浴み自体は終わっているのだろう。

 話があとどれだけの時間を要するかは分からないが、終わるまで待っていようか――そんなことを思っていた矢先、


「淑女の湯浴みを覗き見んと画策するとは、聊か畜生のような趣味だとは思わんか、ユウ?」


 背後からの声に、ユウはさほど驚くことなく振り返る。

 未だ濡れたままの長髪をはらいながらニヤリと笑う、その姿が目に入った。


「どうせ僕の気配にも気付いていたくせに。それを敢えて『朧駆け』までして背後を取る方が、鬼畜の所業だとは思いませんか?」


「ほう。真剣による打ち込み一万回、久方ぶりに挑戦したいと言うのか?」


「……それ、僕でなきゃただの体罰ですからね」


「阿呆。無論、お前だけの特別授業だ」


「またご冗談を」


 溜息交じりにユウが肩を落とす向かいで、菊理の後方からくすりと笑う声が聞こえた。


「相も変わらず、仲がよろしい師弟ですね」


 菊理と同じく、濡れたままの髪を一つに束ねながら歩み寄るその影こそ、この城主にして桜花の国主、咲夜だ。

 真っ白い大きな耳と九つの尾、それには不釣り合いにも思えるがよく似合う黒の長髪が、どうしようもなく目を引く。


「お久しぶりですね、ユウ。この間は、山奥までの使い、ご苦労様でした」


「恐れ多いお言葉です、咲夜様。この命は、御身の為に――」


「似合わない言葉遣いですよ、ユウ。いつもの通りで構いません」


 話しながら跪こうとするユウのことを、咲夜が制する。


「しかし……」


「昔はもっと可愛かったじゃありませんか。あれをして遊ぶ、これをして遊ぶ、と」


「いつの時代の話ですか、もう……まあ、分かりました。咲夜様がそう仰られるなら」


「ええ。それにこれは、貴方だけにお願いしていることでもありませんし」


 咲夜の言葉に、ユウはそれを飲み込んで笑った。

 自身で言うように、これはユウが特別というわけではない。

 ユウが初めて出会った時から咲夜は既に国主であったが、その頃からずっと、なるべく誰とでも横並びの関係でいたいのだと口にしていた。そしてそれは、後に菊理から聞く分には、国主の座を継ぐことが正式に決まった時から言い始めたことなのだと知った。

 国政をするのは咲夜、そして菊理ではあるが、それは国に住まう民が在ればこそ。その命の価値は全て等しく、優劣をつけられるものでもない。

 それが、咲夜の考え方なのだ。


「また少し、背が伸びたのではありませんか?」


 と、すぐ目の前に立った咲夜が、背伸びをしつつ自身との身長差を比べながら言う。


「そうですか? これ以上伸びるのもあんまり……小柄な者も多い国ですし、目立ちすぎるのは嫌なんですよね。それに、小柄であればこそやりやすい仕事もあるでしょうし」


「そうですね。これ以上伸びてしまうと、私の隣に立った時、私がいっそう小柄に見えてしまいますし、それに……」


「コホン」


 いかにもわざとらしい菊理の咳払いに、咲夜はハッとした様子で顔を上げた。


「悪いが咲夜、考えが纏まったのなら、早急に要件を伝えておいた方が良いのではないか?」


 久方ぶりの再会に喜ぶ時間も早々に、菊理は至って真面目な声音で問いかける。

 その切り替えの鋭さは、その場その場の空気間に流され易いふたりにとっては、この上なく有難い舵取り役だ。


「そうでした、すみません師匠」


 苦笑いしつつ、ユウも気持ちを切り替える。


「ここへ来る直前、美桜さんに出会いまして、そのまま医務室へと行ったんですが……あれが、今回僕が呼び出された理由なんですよね?」


『ああ、そうだ。話が早くて助かるぞ、小僧』


 菊理の背後から更に顔を覗かせたのは、純白の毛並みが美しい、妖狼ようろうの中でも特別大柄なハク。

 その体躯に似合わず、足音もなくゆらりと滑らかに歩く姿は、ひとたび城下に降り立てば振り返らない者はいない程に目を引く美しさだ。


「お疲れ様です、ハク様。話が早い、ということはやはり?」


『ああ。ふたりも湯浴みを終えたなら、委細は謁見の間にて話そう。着いてこい』

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