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第2話 城に着いて

 鐘楼から城までの間にも、今日はユウの目に留まるような問題事は起きていなかった。

 いつもなら、親とはぐれて泣きじゃくる子どもや、大荷物に息を切らす老体、そんな小さな事件の一件や二件に遭遇しているところだ。

 それらが無いに越したことはないが、無いなら無いで、それとして寂しくもある。

 仕事の前には決まって、それら問題を解決して来たのだから。

 一種の日課のようなものだ。


 いつもより、幾らも早い時間に着いてしまった。

 聊かの物足りなさを覚えながらも、ユウは城の扉を開けた。


 ギィ、と古く鈍い木の音が響く。

 少しすると、中からいい香りが鼻に届いた。


 馴染みのある甘い香りは、ここの城主であり、同時に国主でもある咲夜の好物である果物を調理したものだ。

 今日も今日とて素晴らしい香り。その姿を拝む前から、咲夜の喜び頬張っている顔が目に浮かぶ。


 一歩、二歩と中へ進んでゆくと、やがて一つ、二つと見知った顔が頭を下げてきた。


 お疲れ様です。

 同時にそう声を掛けてくるのは、この城内で働く女中たちだ。


「お疲れさま、みんな。それ、咲夜様の朝ごはん?」


 女中が大事そうに抱えるもの指さし、ユウが尋ねる。


「はい! 今日も昨日に負けないくらい、精一杯作らせて頂きました!」


 ユウに視線を向けられた女中のひとりが、ぐっと拳を握って笑顔を返す。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。日々小さなことでも常に成長し続けるよう努めるのだと、女中たちは口癖のように言う。

 咲夜はあまりそういったことを気にしない、というより求めない質だが、雇い主がそういう性分であるからこそ、皆咲夜につき、慕い、毎日のように研鑽することが苦ではなく、寧ろ喜びであるのだそうだ。

 この城内、いや桜花で暮らす者の中には、その生い立ちが特異な者もいる。

 中でも女中は、その大半が絶望的とも言える過去を抱えている。

 それ故に、咲夜への奉仕は至上の喜びなのだと、過去にある女中から聞いたことがあった。


「そういえば――」


「私なら、ここに」


 背後からの声に振り返る。

 そこには、小さな身体で多くの布団を抱える女性の姿があった。


「お疲れ様です、美桜さん。半分、失礼しますね。医務室まででいいんですか?」


 返答を待つことなく美桜の腕の中から抱え上げたのは、その全て。

 半分と言いながらさらりとやってのけるユウに、美桜は困った様子で息を吐いた。

 見た目に似合わず力持ちな美桜だが、ユウから言わせれば手伝うのはそういうことではないから、というらしいが。

 別に構わないのですが、と話す度にはぐらかされてきた美桜には、未だユウの行動の真意は分からぬままだ。

 低身長、そして少女のように童顔な美桜だが、その実はユウより遥かに年上で腕力もある。それに加えて役職も給仕長に医務長ときたものだ。

 その為ユウは、美桜の方から「敬語でなくとも構いません」と言われようとも、幼少の頃から敬語が解けないでいる。


「別に良いんですからね、それ。今日は特に。元々私の仕事ですし、これまでずっとやって来られていることなんですから。それに、今日は巫女様からの招集があっての来城なのでしょう?」


「それはそうなんですが、見てしまったものは。さっさと運んでしまうのが吉というものです」


「何ですか、それ。まあ、そういうことなら甘えましょうか」


「ええ、ご存分に」

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