二人を離し、懐から取り出したのは、二人に見覚えのある無針注射器。中はリグロスの予備として持ってきていたデチューン版のL・A・Rだ。
それをキョウカは自分の首に押し当てる。
「キョウカ、アナタ!?」
「博士の言っていた通り、保険は残しておくものね」
笑みを浮かべながら、キョウカはソレを注入。デチューン版とはいえ、元は人体を死に至らしめるL・A・Rだ。ただの人間としての適合者がセレスティアしかいなかったこと考えると、キョウカがやっていることは自殺行為に等しい。
けれど、その身体は
「うぐっ……!!」
「お母さん!!」
身が割かれそうなほどの激痛がキョウカを襲う。血管は浮き出るし、穴という穴から血が出ている。視界はぼやけ始め、体から力が抜けていく。
それでも――
「等々力キョウカを……、舐めるんじゃないわ!」
痛みをかき消す咆哮が、未来を見るその意志が、L・A・Rの拒絶反応を吹き飛ばした。
奇跡は三度起こる。
身体中の痛みは引き、血が止まる。煌々と輝く空色の瞳は生命力に満ちている。頭はかつてないほどクリアで、思考は常人を超えたスピードで巡り始める。
今のキョウカは、複雑に絡み合った糸を簡単にほどく様に、一つ一つの数列とデータを理解出来ていた。
「お母さん?」
「キョウカ?」
「二人とも、賭けには勝ったわ。もう大丈夫。――全部、終わらせるから」
口端が力強く吊り上がると、キョウカは今まで以上のスピードでキーボードを叩き始める。視界は流れるデータを一つ一つ捉え、それに応じた『解』を思考が導き出す。一秒、また一秒と解析が続くと、パンクしていたディスプレイが徐々に綺麗になっていく。
『リグロス』の完成まであと僅か。
だが、往生際が悪いのはキョウカたちだけではなかった――
「――ッ!? ダメ……このままじゃ……!」
「なに、どうしたのお母さん!」
「もしかして、失敗したの……!?」
不安がる二人にキョウカは首を振る。
「いえ、リグロスは問題なく完成するわ……。解析も順調。でも、生身の肉体を貪ったせいで【コロージョン】のパワーが桁違いに上がっているの……! このままじゃ、リグロスの中和機能が追いつかないわ!」
「そんな……! ここにきて……!」
ミステリオの最期の足掻きが、キョウカ達を再び絶望に突き落とそうとする。
しかし、それを食い止めるのはやはり希望から生まれた
「ようは、パワーダウンさせればどうにかなるってことだよね、お母さん」
「え、えぇ……。でも、そんなモノはここにはないわ……。予備だってもう……」
「大丈夫、『手』ならあるからさ。お母さんは、完成させることに集中して」
よっこらせ、と立ち上がったキソラの右手には焦げた『左腕』があった。
「念のために持ってきたのが良かったよ。お母さん、ティア。ただの人間の肉体でアレなら、何にでも適応する私の身体――例えばこの手くらいならパワーダウンくらい簡単だよね」
「キソラ……!? あなたもしかして……!」
「今の私の手はどこまでも届くんだよお母さん。最後の仕上げはお願いね、ティア」
「……えぇ、勿論よ。アナタの腕、無駄にはしないわ」
「うん。じゃあ、行ってきます! お母さん、ティア! あとはよろしく!」
残った力を振り絞り、翔けるキソラは培養器の前へ。そしてミステリオが開けたその中に、左腕を投入した。
今までにない超上質な『エサ』。しかし、それは自らを滅ぼす最後の一手。全てに適応出来るキソラの細胞が、活性化する腐蝕を弱らせていく。
そうなればもう、キョウカの敵じゃない。
パワーダウンしていくコロージョンに適合させる形で、再度『リグロス』を更新。L・A・Rに適合した脳でさえ、頭が熱くなるほど思考を回す。
コロージョンが完成し、卵型の装置が開くと同時に『リグロス』が完成へと至った。
「セレスティア!」
「了解!」
名前を呼びリグロスを渡すと、セレスティアも残った力をかき集めて詰めて装置の噴射口へと辿り着く。
眼下に見えるのは、絶望の扉。数舜もすれば、コロージョンが噴き出てこの場にいる三人も
だが、その未来はもう来ない。セレスティアの手の中にあるのは、希望の扉を開く鍵だ。
「これで終わり――いや、始まりね。パパの想いも、この世界も、私たちが絶対に守ってみせるから――」
万感の想いを載せて、セレスティアは噴射口にリグロスを差す。
それと同時にコロージョンが噴き出るが、現れたのは【黒い胞子】ではない。リグロスによって中和されたコロージョンは白く変貌。
それはまるで雪の様に降り注ぎ、建物を、大地を純白に染めていくのであった――。