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5-8 「ファイナルフェーズ⑧」

 身体を貫かれながらも、死ぬことを許されないミステリオ。惨めな存在に成り果てた男を背に、フラフラとセレスティアはコンソールを叩くキョウカの下へと向かう。

 その隣では、ぐったりと装置にもたれ掛かりながら作業を見つめるキソラが座っていた。


「おつかれ、ティア」

「えぇ、アナタもねキソラ。そんなにボロボロになってまで私についてきてくれてありがとう」

「えへへ、まぁでも世界を救おうって言うんだからこのくらいはね。めちゃくちゃ痛いけど」

「もう少しだけ我慢してちょうだい、全部が終わったらエステルたちに治して貰うから」

「うん、お願いね」


 二人は微笑みながら、グータッチを交わす。


「そういうわけだから、キョウカ。この子の為にも早くよろしく」

「任せなさい! って言っても、二人が稼いでくれた時間のおかげでもうすぐ完成するんだけれど!」


 キーボードを高速で叩く指に応じて、ディスプレイに移る数列が物凄いスピードで流れていく。

 キョウカがやっているのは、腐蝕に触れて変質化した超万能培養細胞ハピリスとC機関製L・A・Rの融合物質コロージョンを解析して、その情報を中和剤となる『リグロス』に情報を打ち込むこと。

 ミステリオの仕掛けによって既に臨界状態にあることで、そのコロージョンの情報は一秒ごとに更新され続けている。並の科学者なら、その情報量と変化スピードに置き去りにされるだろうが、元C機関のトップクラスの科学者であるキョウカなら追いつける。

 気付けば、ディスプレイの中の数列が止まっていた。


「あとは、最後の環境データを打ち込むだけ――」

「――くははははは! そうはさせるか!」


 未来に繋がる道が見えたその時、誰も反応出来ない速度で動けないはずのミステリオがディスプレイに夢中になっている三人を横切った。


「んなっ……! ミステリオ、なんで……!」

「保険というものは残しておくものなのですよ、この愚か者どもめ! 希望? 未来? そんなのは我が輩の計画に相応しくない!」


 慌てたアステリアが見たのは、ヴァリアントに担がれたミステリオの姿。

 するとそのまま、ヴァリアントとミステリオはL・A・Rの入った培養器をこじ開け中に入ろうとする。


「博士!? いったいなにを……!」

「さぁ、絶望と共に腐れ死ぬがいい!!」


 高笑いを響かせながら、ミステリオはヴァリアント共にL・A・Rの海へと入っていく。その瞬間、ディスプレイの数列が爆発的に加速した。

 それにまず慌てたのはキョウカだ。


「しまった! やられた……!」

「なに!?」

「どういうことお母さん!」

「今までリアルタイムで作っていたリグロスはあくまで、腐蝕に侵された超万能培養細胞ハピリスとそれを励起させるL・A・Rを解析して作ったモノ……! そこに腐蝕のヴァリアントと人間の肉体は考慮に入れていないのよ……!」


 腐蝕が激しく反応を示すのは、生物の肉体。奴らの『エサ』は超万能培養細胞ハピリスにあることに間違いはないが、『腐蝕』は元々自然現象。自然物との方が結びつきはどうしても強くなる。

 今あの培養器の中では、なりかけのコロージョンがその『栄養価の高い上質なエサ』を貪っている状態。つまり、成長しているということだ。

 ミステリオが投入される前ですら、限界を超えながら思考を回してようやく辿り着けたゴール。それが今まで以上に複雑な状態でやり直しとなったのだ。

 もう誰も……たとえミステリオやクリス・ウォーカーであっても成長速度に追いつくことは出来ない。


「ここでやり直しなんて……。しかも、こんな複雑なデータをどうやって解析したら……」


 その難易度が分かってしまうからこその絶望。

 けれど、ここにいるのはキョウカだけではないのだ。


「諦めないでキョウカ! ここで諦めたらこれまでの頑張りも、アナタが抱える贖罪も、明るい未来も全部失ってしまうの! アナタはそれで良いの!?」

「お母さん、頑張って! 私には難しいことは分からないけど、お母さんなら出来るって信じてるから! また一緒に、学校に行こう!!」

「セレスティア……、キソラ……」


 立ち上がり、肩を強く掴んで檄を飛ばすキソラとセレスティア。その力強い眼差しには、一切の諦めは映っていない。

 見えるのは、キョウカへの信頼だけだった。


「そうね……。ごめんなさい、弱気になってたわ。ここにきて、私だけ諦めるなんて許されないわよね。ましてや命も賭けずに成し遂げようだなんて甘いこと……。二人はこんなにも頑張ってるのにね」

「お母さん?」


 キーボードから少しだけ手を離し、優しく微笑むキョウカが二人を軽く抱きしめる。胸の中にある二つの確かな命の鼓動。自分の娘と、信頼するクリスの娘。二人を守る責任がキョウカ自分にある。


「今から私がやることをやれば、私自身がどうなるかは分からない。もしかしたら、そのまま死んじゃうかもしれない。でも、確実にこの状況をなんとかしてみせるわ。信じてくれる?」 


 抱きしめながら、優しい口調で二人に問いかける。

 答えは決まっていた。


「当たり前でしょう。アナタを信じない択なんて存在しないわ」

「私も! お母さんを信じるよ! でも――」

「「――絶対に死んだらダメだから!」」


 それだけは許さないと、キョウカに訴える二人。それを見て、キョウカの心に再び火が灯る。


「ありがとう、二人とも。元気が出たわ。それじゃあ、やるわね――」

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