ヴァリアントの群体がセレスティアを飲み込み、ぐじゅぐじゅと気持ち悪く蠢いている。その光景はまるで、屍肉にたかる蟲の様。この場合、生者を貪る
「そ、そんな……。セレスティアが……」
「やれやれ、生きたまま捕らえろという指示でしたのに、アレでは欠片が残っていればいい方ではありませんか。まったく……指示を与えたところで所詮は本能でしか動けない役立たず。最後に新しいデータが取れただけマシと思いますか」
嘲笑し、呆れた様に首を横に振るミステリオを、コンソールを叩く手を止めたキョウカが睨む。
「あ、あなたはいつもそう……! リバース・アクトの時から……、どこまで命を軽く扱ったら気が済むの……!」
「これは異なことを。我が輩は、真っ当な科学者として命に接しているだけですよ。科学者たるもの、やりたい研究がそこにあり、一%でも実行可能であれば倫理観は捨ててでも全力でそれに取り組む。貴女だって昔はそうでしたでしょう? ねぇ、K-3641号の生みの親、キョウカ助手」
「そ、それは……! でも、そうなるのが嫌だから私は……!」
「あの子だけを連れ出して逃げたと? それはご立派でしょうが、その行動に移すのなら貴女は最初から加担しなければよかったのです」
「それは……あの時は命令だったから……」
「命令一つで捨てられる程度の倫理観だったということでしょう? 結局、なにを言おうが貴女と我が輩は同じ穴の狢。我が輩に意見はしても、断罪する資格は貴女にはありませんよ」
「――ッ!」
淡々とまるで世間話をするかの様な口調で突きつけられるキョウカにとっての痛い所。
ただ、その痛みはもう無視しないと決めている。
キョウカは目に力を込めて言い返す。
「そ、その理屈で言うのなら、なぜ私たちに協力しないの? 私たちがやろうとしていることは分かっているんでしょう? 一%でも実行可能であれば、全力で取り組むって言うのなら、灰塵都市を崩壊させるなんていう時期を早めるだけのモノよりも、灰塵都市を蘇らせる研究の方がそそられるんじゃないの……!? 私たちには0%の未来を百%に変えられるだけの仮説があるのよ……!?」
「それは妄想というのですよ。愚かな人間と関わり過ぎて、貴女まで馬鹿になりましたか?」
「んなっ……!」
「あぁいえ、訂正します。理想と奇跡頼りで構成された仮説なんて妄想以下の産物。いいですか? L・A・Rの改良で出来るのは劣化版のみ。完成品たるK-3641号も空想で描かれる様な奇跡の産物であり、二度は生まれません。それは何百何千と繰り返した
絶対に不可能。これまで幾度となく実験を繰り返してきたミステリオが出した結論がそれだ。
ならば、ここに来るまで何人もの人員が命を賭し、甚大な被害を出してきたのも全てが無駄ということになる。今までのキョウカならここで諦めていただろう。
だけど――
「何千と繰り返して、絶対に不可能……? 知的好奇心に塗れて倫理観を捨てたはずのマッドサイエンティストが聞いて呆れるわ」
「……なんですって?」
「分からない様だから教えてあげる。知りたい・仮説を形にしたいっていう欲望に従うのが科学者なんでしょう? なのにあなたは、ちょっと苦労したからって本当に0%なのかも確かめずに諦めてばかり。なにが一%でも実行可能なら——よ。一%未満の可能性に手を伸ばせない臆病者じゃない」
「——ッ! 小娘が……!! 何を知ったような口を……!! 二度は起きない奇跡の産物に目を焼かれ、盲目に妄執することのなにが科学者か! 科学者たるもの、結果を出した時点で研究は終わり! それが『次』の研究のためになる! 科学者は現実と未来を計算することであり、決して奇跡を再現することではないのだ!!」
大きく身振り手振りを行い、ミステリオは声を荒げて反論する。眼はこれでもかとひん剥かれ、血走っていて狂気の沙汰が見えている。
それでも、だからこそ、その崩れた口調が『図星』だと悟ったキョウカは冷静になれた。
「いいえ、違うわ。科学者は、この世の全てを理解して操ることが出来る唯一の資格者であり特権なの。人類最初の発明の『火』や『生命の誕生』だって、最初は奇跡だったけど今じゃ当たり前に使いこなしている。――なら分かるでしょう? 奇跡を諦めることが科学者なんじゃない。奇跡を再現する人のことを科学者と呼ぶのよ!!」
「こ……の……!」
猛々しく宣言されたキョウカの発言に、言葉が出て来ないミステリオ。それどころか、気圧されていつの間にか一歩後ずさってしまっている。
残っていた科学者の矜持のせいか自分の中に反論できる材料がないことを知り、無意識に悟ったのだ。
それを見て、キョウカは畳みかける。
「まぁ、あなたがそんな考えになるのも無理はないわ。だって、どれだけ偉そうぶって狂気じみていたとしても、やっていることはウォーカー・レポートの下位互換でしかないもの。0から一を生み出していないあなたじゃそこが限界ってこと。そんな浅い
「い、言わせておけば……! な、ならば見せてみたまえ! 貴女たちの言う奇跡の再現とやらを! 出来ぬとは言わせませんよ! 【コロージョン】が発動するまであと、十分足らず! その短い時間で灰塵都市全てを救えるというのなら救ってみなさい!! それが出来ないというのなら、貴女の言葉は理想に憑りつかれた子供と同じです!」
激高し、たとえそれが虚勢だったとしても伝えられた言葉は非情の真実。
その現実が分かっているからこそ、キョウカは思わず歯噛みする。
「十分……! あとそれだけの時間しかないの……?」
「この我が輩にあそこまで啖呵を切ったのです。出来ないとは言わせませんよ!」
悔し気なキョウカを見て留飲が下がったのか、再びミステリオが嘲笑を浮かべる。
——やるつもりではある。やれる自信もある。だが、時間がそれを許してくれるかは五分五分だ。
ヴァリアントもミステリオもまだ健在の中、戦う力が無いキョウカがそれらを対処しながら十分で【コロージョン】の発動を止めることはそれこそ不可能だ。
コンソールに表示されている環境データの数列が無常に流れていくのを見たその時――
「――えぇ、そんなに見たいなら見せてあげるわ。私たちの奇跡ってやつを」