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5-4 「ファイナルフェーズ④」

「ふぅぅぅぅぅ……。さ、これでお守りはいなくなったわ。後はアンタだけ――」

「そうですか、では次です」


 そう言ってミステリオが人差し指を軽く傾ける。


「は……?」


 思わず、ここが戦場だということも忘れてしまうほどにセレスティアは呆気に取られてしまった。

 それも当然だ。なにせ、ミステリオの傍に現れたのは新たなノーマルタイプのヴァリアント。

 それが、五体、十体、二十体と増えていき……、最終的にはのヴァリアントがセレスティアと対峙したのだ。


「な、なによこの数……」

「さぁ、これならばどうですか? いかにL・A・Rに適合し、覚醒に至ろうと貴女はK―3641号ではありません。アレの存在は自然物から発生するようなモノではないですからね。ただの人間である貴女がソレを使うのは、身体に見合わない義手を強制的に接続するようなモノです。であれば、そこに強烈な負荷が生じるのは自明の理。――果たして、貴女はあとどれくらい持ちますか?」


 セレスティアの動揺も完全に無視して、ミステリオはヴァリアントを差し向ける。三百六十度、完全に囲まれることとなったセレスティア。抜け出せる隙はどこにもない。

 一体、また一体と電光で消し飛ばしていくが、焼け石に水。生まれた空間を、また一体のヴァリアントが埋めていく。

 その理外の光景にキョウカはキーボードを叩く手を止めてしまった。


「なに、あの数……。どう考えたっておかしいでしょ……。あんなに数がいるのにどうして——」


 ——どうして、灰塵都市スクルータの人たちは気付かなかった?


 一部の隙すら見せてはならないコロージョンの処置に思考を割きすぎて、熱が籠る脳にそんな疑問がよぎる。

 ヴァリアントの素体は灰塵都市スクルータに住む人間とミステリオは言った。だが、数名程度ならまだしも、数十体のヴァリアント分を攫ってきたのなら誰かがいなくなったことに気付くはずだ。

 そんな疑問に、ミステリオは軽い口調で返す。


「別にそこまで考えるまでもないことですよキョウカさん。単にあれはってだけの話です」

「は、博士のクローン……!?」

「えぇ。人を攫うのにも手間がかかりますからね。ある程度を集め終わったら、そのデータを利用して今度は一つの場所で済ませられるクローン体で実験していたんですよ。まぁ、この研究は我が輩の趣味みたいなモノですからほとんど一人でやることになったのは面倒でしたがね」

「しょ、正気の沙汰じゃないわ……」


 クローンを実験体に使う。それ自体はなんら不思議ではない。だが、自らの意志で薬品を投与しクローンが腐蝕に侵され、自分と同じ顔・形が化け物になる光景を見ながらの行いだ。

 正気を保てる方がおかしく、そんな人間は最初から狂っているとしか言いようがない。


「これはおかしなことを言いますね。貴女もやっていることは同じじゃないですか。K-3641号——自分のクローンを数千体傷つけあの様な化け物にした貴女と我が輩。そこに違いなんてないでしょうに」

「——ッ! 私はあくまで……」

「命令だったとでも言いますか? 関係ないですよそんなモノは、貴女がやったという事実は消えません」

「————」


 キョウカの脳裏に今もなお鮮明に思い出される、空気を割るほどの甲高い絶叫。

 言い返す言葉もなく目線を逸らしてしまったキョウカに、ミステリオは心を砕きにかかる。


「それと比べたら我が輩のモノは人道的ですよ。人攫いをやめさせ、我が輩の記憶を転写したうえで実験を再開したのですから。流石は我が輩。説明したらすんなり受け入れて実験に参加してくれましたよ」

「そ、そんなの……」


 吐き気を催すほどの、邪気のないミステリオの純粋すぎる好奇心。ここまで精神構造が普通の人間からかけ離れていると、筆舌に尽くし難い強烈な嫌悪感が全身を駆け巡る。


「それよりも、貴女は我が輩のことを気にかけている暇はあるんですか?」

「え?」

「彼女、もう動いていませんよ」


 指を差された方を咄嗟に見ると、セレスティアを覆い尽くす数十体のヴァリアントは既に蠕動を止めていた。


「うそ……」


 完全な沈黙状態。中にいるはずのセレスティアからの動きは一切見られなかった。


「これで安心して彼女をお持ち帰りできますね。えっと——」


 そこで言葉を切ると、ミステリオは顎を上げて一瞬だけ思案顔になると恥ずかしそうに笑み浮かべた。


「彼女の名前、なんでしたっけ?」

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