時はキソラが研究所の外に吹き飛ばされた瞬間まで戻る。
電光を身体から迸らせているセレスティアは、じっとミステリオを見据えていた。
「キョウカ、アイツは私に任せて。アナタは今すぐ本来の仕事に取り掛かってちょうだい」
「……大丈夫なの?」
「さぁ、どうかしらね。でも、あっちじゃキソラが一人で戦っているんだし、私が踏ん張らないわけにはいかないでしょ。それはアナタも同じよキョウカ」
犠牲を払いながらここに来たのは全て、キョウカを連れてくる為。彼女一人さえ生きていれば任務は八割達成している。
だがそれも、コロージョンを止められなければ結局意味がない。
強靭なヴァリアント対峙するキソラよりも、敵の首魁たるミステリオと対峙するセレスティアよりも、その身にかかるプレッシャーはキョウカが一番重い。
「分かったわ。私は私のやるべきことに専念するわね。そっちのことはもう見ないから」
「安心してちょうだい。絶対にそっちに敵は送らせないから」
「お願いねッ!」
覚悟は定まっていると言わんばかりに力強く頷くと、キョウカは急いで【コロージョン】の発生装置の所へと向かい、自前の端末とコンソールを繋ぐ。
大地を再生するファイナルフェーズの始まりだ。
端末のディスプレイに無数の数列が並んでいくのを遠目で確認すると、セレスティアはファイナルフェーズを成功させるべく彼女は二本目のL・A・Rを打ち込んだ。
二本分のL・A・Rによる力の増幅。顔にビキリと血管が走ると同時に、電光が夥しく瞬く。
今のセレスティアの姿は、まるで雷になった様。一条の光に触れた瞬間、その対象は焼け焦げ死に至るだろう。
そんな強烈な圧を目の前でも、ミステリオの顔には満面の笑みしか浮かんでいない。
「そんな簡単に通して良かったの?」
「えぇ。貴女たちのやろうとしていることはもう分かっていますからね。成功率0%のモノに時間を割くほど、我が輩の思考は安くないのですよ」
今、ミステリオの
本来ならキョウカを止めなければいけない立場だろうに、そんなのは無意味だと言わんばかりにその行動に興味を示していなかった。
「よもや、真っ当な人の身でありながらL・A・Rに適合し覚醒状態にまで至っているとは思いませんでした。クリス・ウォーカーの娘でしたか? 誇って良いですよ。全てが終わったら特別に貴女の名前を我が輩の脳に刻んであげても良いと思えたくらいなのですから」
「そりゃどうも! じゃあ、セレスティアの名前をアンタの最期の記憶にしてあげるわ!!」
まさに稲妻の如き超々高速移動。ミステリオが瞬きする間もなく、セレスティアは彼の目の前に立っていた。
電光纏う右腕を後ろに引き絞り、絶死の一工程。何物も穿たんとするその雷槍は、ミステリオの心臓目掛けて放たれた。
セレスティアの右手に、肉を貫く気持ち悪い感触が纏わりつく。
「――ッ!?」
しかし、驚愕したのはセレスティアの方。肉を貫きはしたが、その対象はミステリオの心臓ではない。
貫いたのは、ミステリオを守る様に聳え立つ肉の壁。地面からせり上がったソレは、まさしく先程見たヴァリアントの能力だ。
腐蝕を電気で焼いていることで侵食は防げているが、そのままでいるわけにもいかない。咄嗟に右腕を引き抜き、距離を取る。
油断なく見据える金色の瞳には、ニタニタと笑っているミステリオとどこからともなく隣に立っていた強化型ヴァリアントが映っていた。
「危ない危ない。油断したつもりはありませんでしたが、認識は少しばかり甘かったようですね。まさか、覚醒の力がそこまでのモノだとは驚きました」
「顔と言葉が合っていないのよアンタ……。死ぬ寸前だったってのに、子供みたいに笑っちゃって気持ち悪いわね。ヴァリアントも抜け目なく残しちゃってさ」
「大袈裟ですよ。この程度のこと、死に際でもなければ予測不可能なことでもありません」
滔々とミステリオは答え合わせをしていく。
「電気を身体に纏うことから、筋肉への刺激や脳の電気信号の操作による身体能力の強化。強化型ヴァリアントという脅威がいなくなり身体能力を向上させた今、ただの人間相手に貴女が取る攻撃手段は遠距離よりも近距離の可能性が大。
加えて、レジスタンス等の特徴である物資不足に我が輩個人への恨みや怒り。後者を鑑みるなら、顔を消し飛ばして一瞬で殺すよりも、心臓を破壊して一刻でも長く死の苦しみを味わわせるためにと、貴女なら心臓を狙うでしょう。
イコール、超高速接近による一撃必殺。——これが最適解。ならば、逆算して対処するまでのこと。別に我が輩はヴァリアントが全ていなくなったとは言っていませんし」
「チッ。アンタが一番のバケモノじゃない……!」
ミステリオの答え合わせに、セレスティアは歯噛みする。事もなげにミステリオは言っているが、覚醒の力を見せたのはついさっきのこと。
そこから見聞し、思考し、分析し、実行するその最小四工程が、彼女の刹那の攻撃よりも速いなぞ、それこそ人間業じゃない。
素のままで人類よりも遥かに優れた脳を持つのが目の前のマッドサイエンティスト。C機関の最重要計画『リバース・アクト』の第一責任者の肩書は伊達じゃなかった。
「では次はこちらから。貴女という未知のデータを我が輩に取らせてください!」
「誰がッ!!」
指揮者の様にミステリオが腕を振るうと、部屋の奥からノーマル型のヴァリアントが二体追加され、合計三体がセレスティアに襲い掛かる。
「この程度……! 舐めないでくれる……!?」
強化型による、床も壁も使った空間を潰す様な縦横無尽の遠距離攻撃。そこに直接攻撃と二体のヴァリアントの損傷を厭わない攻撃一辺倒の行動。それらは確かに厄介だ。
だが、それでも今の彼女の敵にはなり得ない。
「アンタらなんて、今更前座にもならないのよッ! さっさと消えなさい!」
腕を振るい、ヴァリアント達の足元に向けて電光を散らす。それによって両脚を消し飛ばすと、動けなくなった三体に最大出力の電撃を浴びせた。
完全に沈黙。焦げつく嫌な臭いが鼻孔を突き刺し、疲れがにじみ出る顔が歪んでしまった。