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5-1 「ファイナルフェーズ①」

「ぐっ……! この……、やってくれたね……!」


 強烈な衝撃をもって研究所の外に吹き飛ばされたキソラは、地面を滑って勢いを殺して着地。膝と手を地に付けたまま、少し離れたところに降り立つ三体のヴァリアントを睨みつける。

 もう既にダメージからは回復済み。ヴァリアントの直接攻撃によって腐蝕が付着し黒くなっていた腕も、再生によって瑞々しい肌へと戻っていた。

 その自分の『人間』とはハッキリと違うところを見せつけられたことに、思うところはあるが、それよりもキソラの思考を真っ先に埋め尽くしたのは、セレスティア達を敵の首魁と対峙させてしまったこと。

 まだヴァリアントが向こうにいないとは限らないのだ。物量に押された時、セレスティアはまだしも作業にかかりっきりになるキョウカを守り切れるかどうかは不透明なところだった。


「いや……、考えるべきところはそこじゃない……。今、私がやらないといけないのはコイツ等をとっとと倒して合流すること……!」


 心配の念を抱くも、すぐに頭を振ってその心配をかき消す。

 能力の扱いも戦闘技術もずっと戦ってきたセレスティアの方が上。キョウカにしてもその頭脳の高さは折り紙付きだ。キソラにおんぶにだっこでい続けるほど、彼女たちは弱くない。

 私よりずっと頼りになる二人だ、とキソラは二人を信頼して立ち上がる。

 それに、ミステリオはキソラ以上に二人にとっても因縁深い相手だ。むしろこの方が都合が良いだろう。


「結局、私の役目は変わらないか」


 口端に垂れた一筋の血を拭い、右腕に炎を宿す。

 火炎放射器を失った今、最大の攻撃手段は自前の炎のみ。稼働時間にはまだ余裕があるが、のんびりしていられる時間はない以上、最大火力の短期決戦しか道は残されていない。

 心を熱く燃やし、行動は冷徹に。


「何かが違っていれば私もそっち側だったんだろうけど、現実はコレだ。同情はしない。だけど、私っていう存在がキミたちを生み出してしまったのなら、その責任の一つや二つは取ってあげないとね!!」


 キソラの攻撃意志を感じ取ったのか、ほぼ同時にヴァリアントも攻撃行動を開始。

 左右のヴァリアントは平行に腕を伸ばして挟撃の形でキソラを掴まんとし、正面のヴァリアントは地に手を付けて先程と同様に『肉の腕』を大量に生やす。

 退路はなく、逃げ道はどこにもない。

 けれど——


「悪いけど、それの対処法はもう分かってるんだ!」


 逃げ道がないのなら前へと進むのみ。いかに無制限に生えてくる『肉の腕』とはいえ、それは同時ではない。

 動くキソラに合わせて次へ次へと断続的に生えている以上、そこには空間が生まれている。その生まれた空間を地を這わんとする勢いで駆け抜けると、目の前にいるのは地面と『接合』して動けなくなっているヴァリアント。

 恰好の的だ。


「まず、一体!」


 目の前まで近づき、ヴァリアントが動くよりも早くキソラは最大火力で炎を放射。一瞬にしてヴァリアントは火だるまになって動けなくなった。

 その攻撃の隙を狙い、動ける二体が火だるまになったヴァリアントごと圧し潰さんと腕を伸ばしてくる。


「ッ!!」


 横目で伸びてくる腕を見たキソラは体を捻りながら宙へと飛ぶ。真下には風を切って通り過ぎた豪腕が左右から二本。

 その重なった部分をめがけて、キソラは着地の際に左手に忍ばせていた地の塊を榴弾のごとく放った。


「うぉりゃっ!!」


 二体のヴァリアントの片腕が衝撃によって千切れると、そこに生じた空間に着地。同時に、右にいたヴァリアントに向かって跳躍し炎を纏った左脚で残った片腕を狙う。

 紅い弧が描かれ、ヴァリアントの両腕が消失。がら空きになった胴体に向かって再び炎を——


「——ッ!!」


 寸前で身体を横へと逸らし、ヴァリアントから距離を取る。

 先程『仲間』がやられたのを学習したのか、はたまた本能のおかげか。仕留める絶好の機会を防いだのは、胴から腕を生やすというまさかの行動だった。


「まぁでも、流動的だもんねキミたちの身体は……」


 ヴァリアントに『肉体』と呼べるモノは実質存在しない。アレは素体となった人間を核とし、模しているだけの腐蝕微生物の集合体だ。どんな奇天烈な動きをされても不思議じゃない。


「ほんと、面倒だよ……!」


 腕を伸ばされ、接近され、そのまま捕まえるかと思えば途中で腕を分断し、一体四本という理不尽な動きで攪乱してくる。それが二方向から来るのだ。直感頼りで躱し続けているが、こちらの規格は人間だ。可動域には限界がある。

 先に燃やした個体もまだ燃え続けていることから、いつまた参戦してくるかも分からない。

 短期決戦にしなければならない焦りと、じわじわと詰めてくるプレッシャーが少しずつキソラを追い込んでいた。


「いい加減、止まってよね……!!」


 全方位からの攻撃を一部分にだけ向かって炎を放ち、そこに飛び込んだ瞬間だった。


「カハッ……!」


 突如、キソラが喀血。顔は青ざめ、飛び込んだ姿勢のままキソラは動けなくなっていた、

 まるで六十兆個の細胞ひとつひとつが全て鉛に変わってしまったかの様に、身体が重く指先一つすら動かすことが出来ない。

 脳を突き刺す頭痛は吐き気をもたらし、視界は割れたガラスを見る様に視点が定まらない。

 覚醒状態の限界——タイムリミットだ。

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