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4-8  「サードフェーズ③」

「出来、損ない……? この子、たち?」


 その言葉で、キソラの歩みが止まる。


「アナタの歓迎すべき同胞たちですよ! いえ、弟や妹と言い換えてもいいかもしれませんね。なにせ、コイツ等はアナタがいなければ生まれなかった代物ですから! せっかくなんですからもっと仲良くしてあげてくださいよ!」

「——ッ!!」


 完全にキソラの思考停止する。

 あのミステリオの言葉で、気付きたくないことに気付いてしまったのだ。


「? なんです? もしかして気付いていなかったのですか? ここに来るまで何度か遭遇したでしょうに、随分と薄情なことですね」

「なにを……言って……!」

「仕方ありませんね。教えてあげましょうか」

「いや……やめて……!」


 思わず足が引いてしまう。戦う覚悟も守る決意もした。

 だが、この言葉を受け入れる覚悟はしていなかった——。


「コイツ等は我が輩がコロージョンの理論を元にL・A・Rによって活性化させた微生物腐蝕と人体を組み合わせた新たな『リバース・アクト』の産物です。机上ならK-3641号と同等のモノが産まれるはずだったのですが、結果は御覧の通り。腐蝕を纏い、身体を維持するために生物を取り込まんとするただの出来損ないに成り果ててしまいました。まぁこれはこれで使い道がありますが」

「はっ、はっ、はっ……!」

「なんて、ことを……!」


 言葉の一つ一つがナイフとなってキソラの心を切り裂いていく。

 人間と腐蝕の融合体。人体の構造を保ちながら、多少なりとも炎の中でも生き延びられるその耐久性。

 劣化版だが、考えれば考えるほどにヴァリアント=キソラの公式が成り立とうとしていた。

 そして、問題なのは元となった人体はどこから来たのかということだ——


「ミス……テリオ……! キミ、もしかしてヴァリアントの調達源は……!」

「ヴァリアント? あぁコイツ等のことですか。ただの一号、二号とかとしか呼んでいなかったので気付きませんでしたね。せっかくなので使わせてもらいましょうか。——えぇ、そうですよ。アナタの想像通り、コレの元は灰塵都市スクルータの人間です。良かったですね、クズが役に立てて。これぞ自然に優しいリサイクル!」

「——ッ!」

「ただまぁ、アナタという唯一の成功例でロクなデータを取れなかったせいで、結構な数を攫ってくるのも苦労しましたよ。ですが、そこは流石の我が輩! ヴァリアントの制御を可能としたことで実験と実践を同時に行うことが出来たのです!」


 愉悦に浸ったミステリオが喜々として自分の成果を話す。それはまるでテストで良い点を報告する様な子供のごとき姿だった。


「知っていますか? 腐蝕の大元は微生物によるものですが、活性化させると僅かながらに意思の様なモノを持つようになるんです。そして元の人間の脳を生きたまま弄り、特別な信号のみで身体が動くようにすると、憑りついた活性化微生物もそれに従うようになるのです」

「アナタ……人間を何だと思って……!」

灰塵都市スクルータの人間なんて、この世のモノを食らって生きる害獣みたいなものでしょう? なにを言っているんですかアナタは」

「害……獣……?」


 目を見開き、体を震わせたキソラが静かに呟く。


「ですが、実際に従わせるようになるまでに何体ものモルモットや同僚が廃棄になったことは我ながら反省していますよ。せっかくの材料と人材を無駄に消費しましたからね。ちなみに、本当なら我が輩は灰塵都市を消したくないんですよ? 上の意向で言われたから仕方なくやるだけであり、我が輩としては貴重なモルモットが消えることは——」

「——もういい。キミはもう、それ以上喋るな」


 静かに、それでいて燃え滾る瞋恚の炎がミステリオの言葉を遮った。

 その炎を見てミステリオはまた目を輝かせるが、それを完全にキソラは無視する。猛々しく燃え上がる右手とは違い、彼女の双眸は凍えるように冷たかった。


「キソラ……?」

「なんだろうね、この気持ち。私が実は人間を消していたとか、申し訳なさで心がぐちゃぐちゃになっててさ。その一方で、今すぐにでもあの男を消したいって叫んでいてさ。でも——」


 そこでキソラはヴァリアントを見やる。

 炎を見て完全に停止しているヴァリアントたちだが、今の『彼ら』はキソラにとって怯えている様にしか見えなかった。

 ミステリオの手によって歪められ、既に人としての意識はないとしても、ヴァリアントの個体に意思があるのなら——


「——まずは、今すぐ解放してあげないとね」


 火炎放射器を持たない左腕から瞋恚の炎が猛々しく燃え上がり、暗い研究所を明るく照らす。

 キソラの感情に合わせて昂る炎は空気中の水分を吹き飛ばし、余剰の熱が地面を焦がしていく。


「キ、キソラ……? 大丈夫なの……?」


 訓練課程ではセレスティア見たことのない炎の質量。タガが外れた様にしか思えないそれは、キソラが初めて覚醒した時をどうしても思い出させる。

 あの時のキソラはロクな思考能力を持たず、本能に従うのみだったが——


「うん、大丈夫だよティア。自分でも驚くくらい頭はスッキリしてるから。キミはお母さんを守ってて」


 ミステリオの所業に燃え滾る心は思考までも燃やし尽くしている。

 それでも訓練のたまものか、逆にクリアになった思考に炎の制御を任せ、それを向けるべき対象をきちんと定めていた。

 鋭くなった空色の双眸がミステリオとヴァリアントを睨みつけている。

 けれど、そんなキソラとは真逆にミステリオの表情は満面の笑みを浮かべていた。


「素晴らしい……、素晴らしい……!! よもや、再会が叶うばかりでなく覚醒状態の完成体に出会えるとは!! こんなにも嬉しい日を迎えたのは、貴女が誕生した時以来ですよ!!」

「それはどうも。キミに嬉しく思ってもらっても、こっちは鳥肌が立つだけだけどね」


 わなわなと体を震わせるミステリオの姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供の様だった。

 それを冷徹な視線でキソラは返す。炎によって熱されたこの空間で寒気を感じる様に肌をさするその動きは、ミステリオに対する心からの不快感によるものだった。


「そう邪険にしなくてもいいではありませんか。貴女は我輩がいなければ生まれなかった存在。いわば我が輩は貴女の親で——」

「キミが親? ふざけないで! 私の親はお母さんだけだ!!」


 キソラは膨れ上がった炎をミステリオに向かって放射。

 地を焦がしながら流れる炎は、その熱だけで焼き焦がす勢いだがミステリオの歓喜の表情は変わらない。

 寸前でヴァリアントの一体が盾の様に割り込み、目の前でヴァリアントの命が削れるところを見てもその視線に恐怖はない。


「まったく……。創造主に反抗するなんて、一体どんな調教しつけをされたらそんなことをするのでしょうね。よろしい、研究ついでです。貴女は我が輩の最大の駒として再調教してあげましょう」


 呆れた様にかぶりを振ると、ミステリオは眦を鋭くさせて指示を放つ。


「二号、四号、そして九号。いつまでも無様な姿を見せていないで、今すぐ彼女を生きたまま捕えなさい。生きてさえいればそれでいいので、それ以外は自由にやって問題ないです」


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