「ここで強個体の発生……!? ふざけんじゃないわよ……!」
「これはちょっと……本気を出さないとキツそうだね……」
対峙するヴァリアントはこれまで戦ってきた個体と比べて一回り大きい。地に付きそうなほどの巨大な腕。それよりも目を引くのは、この屋上までワンアクション、しかも屋上へと飛び移るキソラよりも速いスピードで襲い掛かることを可能とした、キソラを飲み込んでしまえそうな太く巨大な脚。
遮るモノが何もないこの屋上であのスピードを自由自在に発揮できるとしたら、まずキョウカは助からないだろう。
「キソラはキョウカの後ろに。挟む形でキョウカを守るわよ」
「なら、前に出るのは私が——」
「私はキソラほど力のコントロールが出来ないの分かってるでしょ? 護衛対象を巻き込むかもしれない力は使えないの」
「でも……」
「分かってる。あくまで私は隙を作るだけ。ちゃんと分別はつけてるから。トドメは任せたわ」
「……分かった」
「無理はしないのよ」
「ええ」
簡易的に作戦会議が終了。この間、三人が動いていなかったことからヴァリアントが動く者に反応していることにほぼ間違いない。
火炎放射器をキョウカに渡し、バチリッと電気をセレスティアが瞬かせた瞬間、ヴァリアントが即座に行動を開始。
ここで三人は勘違いに気付く。
ヴァリアントが有するその豪腕・豪脚はあくまでその形を成しているだけで、本質は腐蝕という流動的なモノであるということを。
「——ッ!? ティア!!」
「二人はその場で絶対に待機! 私の後ろから出ちゃダメよ!!」
大木を思わせるその脚が急激にやせ細ったかと思えば、その分の質量が両腕へと移行。体格のバランスを崩壊させながら、何倍にも膨れ上がった両腕を思いっきり振るうと、飛び散る形で腐蝕の弾幕が出来上がった。
逃げ場は無い。
「逃げ場がないなら作るまで……ってね!!」
弾幕の前に右手を翳し、発生させた電気を蜘蛛の巣状に広げて、電気の網が完成。そこに飛んできた無数の腐蝕が引っ掛かると、そのことごとくを跡形もなく焼き散らした。
「まさか、こんな人を殺すためだけの動きを取ってくるなんて……。二人とも怪我は!?」
「私はどこも!」
「問題ないわ! ありがとう!」
「どう、いたしまして!!」
攻撃を防げても一息は吐けない。弾幕が防がれたのを見て、ヴァリアントは腐蝕を流動させて豪脚を再構築。 消費したことで一回り小さくなっているが、それでもまだ大きい。
その豪脚をもって、セレスティアに向かって急接近。
だが、いくら速くとも単純なスピードでは彼女に適うモノはいない——
「その程度の速さで、私に勝てると思って!?」
電気を全身に迸らせ、超高速移動。キソラ達は動かず、セレスティアだけが超スピードで動くことでヴァリアントの攻撃対象を分散。
避けると同時に、人差し指と中指を揃えてヴァリアントに照準を合わせる。
「お返しよ。これでも食らいなさい!」
ヴァリアントが行ったのと同じように、全身に猛っていた電気を指へと一点集中。
指向性の鋭い電撃がヴァリアントを貫くと、刺激臭と共にヴァリアントの動きが一瞬だけ停止した。
その隙をキソラも見逃さない。
「キソラ、合わせるわよ!」
「うん!! お母さん!」
「ええっ!」
即座にキソラがキョウカから火炎放射器を受け取ると、セレスティアの隣へと移動。力を切ったセレスティアに火炎放射器を渡すと、自身も二丁の火炎放射器の銃口をヴァリアントに向ける。
合計三丁の火炎放射器。
その威力は、『コール:
「これで、トドメ!!」
全てを燃やし尽くさんとする劫火が強個体のヴァリアントを跡形もなく消し飛ばした。
「ふぅ……。とりあえずどうにかなったわね……」
「もうイレギュラーはこりごりだよ……。もう燃料タンクだってほとんど残ってないし……。これ以上、交戦することになる前に早く行こう……」
「そうね。キョウカの疲労も重なってるだろうし」
「まだ大丈夫……って言いたくはあるけど、正直このペースはね……」
力に余裕はあるが、繰り返された突発的な戦闘によって精神的な疲労が蓄積されている。キョウカにとってはこれからが本番なのだ。これ以上、交戦して良いことはなにもない。
そうして慎重に、それでいてなるべく迅速に動いていると幸運なことにキソラ達がヴァリアントに遭遇することはなかった。
やはり、あの強個体がイレギュラー中のイレギュラー。たまに地上を覗くと、そこには何体かのヴァリアントがいたが襲い掛かって来ることはなかった。
「私たちに反応はしてるみたいだけど、こっちに向かってくる気配はないみたいだね」
「物理的な問題はいかに奴らでも解決できないってことでしょう。さっきのアイツが平均レベルじゃなくて助かったわね」
それから、屋上を伝っていくこと十分。
遂に三人はそこに辿り着いた——。
「ここが、秘匿研究所。パパが死んだ場所か……」
「帰って……来ちゃったわね……」
「……私の産まれた場所」
三者三様、それぞれの想いで研究所を見やる。
抉り取られた様な形で前面の壁が崩壊し、内部構造がハッキリと見えているその研究所。どう見ても自然崩壊ではないソレは第一次腐蝕事変が齎した惨劇を形として残していた。
それでもC機関によって利用されていることから、設備そのものは機能しているのだろう。
「あまり見ない方がいいわよキソラ。私が言う権利はないけど、あなたにとってここは良い思い出の場所じゃないんだから」
「ううん、お母さん。そんなのは関係ないよ。自分のルーツから目を逸らして前に進むなんて出来ないから。記憶もないんだし、見るべきモノはちゃんと見ないと——」