ディアラの言葉で冷静になり、いつものセレスティアが戻ってきた。とはいえ、震える手を見る限り完全に、というわけではないのだろう。
ただ、それでももう同じ過ちは犯さないと必死に動揺する心を押さえつけているのだ。
「あ、そうだ。一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「なんだキソラ」
「あのヴァリアントとかいう奴の行動パターン?っていうのかな。パッと見た感じだけど私が攻撃に移った時、アイツらが取った行動って自分を守るみたいなものじゃなかったんだよね。逃げてないのは勿論なんだけど、攻撃している私に向かってくるとかもそういうのはなくて、炎の中でみんなに向かって歩いてたんだ。多分、動いていたものに反応するんじゃないかな」
炎の攻撃を行った時のヴァリアントの反応。どんな生物であれ、死の危険があると分かれば死に抗う行動を取るものだ。
それが無かったということはヴァリアントは『生物』というよりも、行動がプログラミングされた『機械』と言った方が正しいかもしれない。
「ってことは……目標設定は無差別ではあるけど行動には法則性があるって感じか……」
「少なくともここを普段から通っているC機関は奴らをどうにか出来る術があるんでしょうね。じゃないと、一々犠牲が出る可能性を考慮してこの中に入っていかなきゃならないんだし」
「ちなみにキョウカ。アナタがいた頃にヴァリアントは……」
「いなかったわ。それどころか、実験の草案すらなかったわね。アイツがなんなのかは不明だけど、後発的に生まれたのは明らかよ」
キョウカも知らない自立型の腐蝕兵器。分からないことだらけではあるが、情報を少しずつ読み解けば見えてくる光はある。
「とにかく、ナイスだキソラ。その情報があるだけでも値千金だ。気休めでも対処法があるなかいかじゃ、心の持ち様がまるで違うからな」
「それじゃあ、まず体制を整えましょう。この先に進むのは私とキソラ、そしてキョウカの三人。ディアラ達はここで防御陣営を構築。他の隊とも報告を取り合って門の死守をお願い」
「了解だ。んじゃ、俺は残りの火炎放射器を持ってくるからちょっと待ってな」
そう言ってディアラはキソラ達から離れ、他の隊員に持たせていた火炎放射器を二丁。燃料タンクを四つ持ってくる。
それらを全てキソラに渡し、使い方を教えていく。
「使い方は単純だ。燃料タンクをぶっ刺して引き金を引くだけ。そしたら五mの火炎が放射される。連発可能回数は大体四回。クールタイムは一セットで一分くらいだ。考えて使え」
「うん、分かった。ありがとう」
燃料タンクを装着し、一丁を肩にかける。もう一つは手に持ち、グリップの感覚を確かめていた。
その様子を見て、ポツリとディアラがキソラにだけ聞こえる様に口を開く。
「……新人のお前にお願いするのは申し訳ないが、頼む。セレスを支えてやってくれ」
「支える……?」
「お前さんは、セレスにとって初めて出来たいわば同類だからな。適合者だからって負担を押し付けることしかできなかった情けない俺たちの代わりに支えてやってくれ。アイツは仲間の死に慣れてないし、多分、この先も慣れそうにない。だからいつも我先にと危険な任務を引き受けてたんだが……」
「あの時の単独行動はそういう……」
それは治安部隊がコロージョンをまき散らしたあの日。援護部隊を配置していたとはいえ、罠と知って対象そのものを追いかけていたのはセレスティアだけ。
動ける者全員で動いた方が合理的だというのに、それをしなかったのは彼女の仲間を想うエゴだった。
そして今も……。
キョウカと話ながら毅然と振る舞おうとしているセレスティアを見つめ、キソラは彼女の心根に思い至る。
「うん、任せてよディアラ! 手の届く範囲なら絶対に助けるのが私の
そう誓い、作戦行動が再開される——。
☆
風を切って薙がれる黒く太い右豪腕を、キソラは思いっきり上半身を逸らして躱す。眼前を通り過ぎた豪腕をその目にしっかりと収めると、二足歩行たるヴァリアントの行動パターンを予測。
身体を捻って左に動くと、腕が通り過ぎて隙だらけになった右半身が。そこに向けって火炎放射器の引き金を引く。
発射された猛火がヴァリアントを燃やし尽くし、キソラは一息ついた。
「これ……で、五体目……! もぅ……! どれだけいるの!!」
「まさか、ここまで交戦することになるなんてね……。流石に予想外すぎるわ……」
「どうする? こんなペースで戦ってたらいつまで経っても目的地に辿り着かないよ。燃料だって限りがあるわけだし……」
進む度に足止めと言わんばかりにやってくるヴァリアント。【黒い胞子】とは違って、塊になって動いていることで対処そのものはやりやすいが、交戦回数が増えても良いことは何もない。
まだ燃料は残っているとはいえ、この交戦回数が変わらないのなら確実に途中で尽きてしまう。
戦っている二人が唸っていると、キョウカが人差し指を上に差して提案を出した。
「それなら『上』に行くのはどう? 奴らが人間っぽい『肉体』を有しているのなら、その調達源は地上に限られるんじゃないかしら?」
「上……。建物の屋上を伝ってのルートってことね」
「それ、私も賛成。見る限り、翼みたいな飛びそうな部位もなさそうだし。地上よりかは遭遇確率が減るんじゃない?」
第一次腐蝕事変の影響で所々がグズグズになり、穴だらけになっている建物もあるが建物としての形状は保たれている。
キソラ達の身体能力があれば、外から屋上に向かって飛びあがることは簡単にできるだろう。
「……そうね、分かったわ。ならキョウカは私の背に乗って。地上にいるであろう屋上を伝って、研究所まで最速ルートで行きましょう」
「了解。なら、戦闘が起きた時は引き続き私が戦うってことで」
「お願いね」
キソラより力のリミットが早いセレスティアだ。温存出来るところは極力温存しておく。
アステリアが火炎放射器の取り回しに邪魔にならない様にキョウカを背負い、行動再開。
路地に入り、三角跳びの要領で壁を蹴って屋上へと飛び上がる。そこから秘匿研究所まで宙のルート一直線だ。
宙を走っていく空気の重さなどを感じると、作戦行動中にもかかわらずキソラは懐かしむ様に目を細めて思わず笑ってしまっていた。
「ははっ」
「なに笑ってるの?」
「あ、いや、ごめん。ほら、二番街にいた頃私ってよくこんな宙のルートを走ってたからさ。ちょっと懐かしくなっちゃって笑っちゃったんだよね」
キソラがスペルビアに加入してまだ二か月も経っていない。それなのにこの妙な懐かしさは、キソラの時間経過の濃さを物語っていた。
「まったく……。気持ちは分かるけど、気を引き締めなさい。いつ奴らが襲い掛かって来るか分からないんだから」
「うん——」
——と、意識を切り替え、次の屋上へとキソラが飛び移ったその瞬間。
地上の地下の地下。巨大に裂けた穴の中から、ナニカがキソラに向かって超高速で飛び上がって来た。
それに真っ先にキソラが気付く。
「——ッ! ティア、そこで停止! ヴァリアントだ!」
「キソラ!?」
予想外の攻撃。空中で方向転換は出来ず、屋上に着地するよりもヴァリアントがキソラを強襲する方が速い。
腐蝕に全身を飲み込まれたら、いかにキソラだとしても絶体絶命だ。
それを——
「こ、な、く、そぉぉぉぉぉ!!」
左腕から炎を勢いよく前に向かって噴射し、後方への推進力に。その慣性によってキソラは間一髪後ろへと下がることが出来、同時にヴァリアントを炎の中に収めることに成功した。
キソラがセレスティア達がいる屋上へと着地する。
「はっはっはっ……! さ、流石に今のは焦った……!」
「大丈夫、キソラ!?」
「怪我はない!?」
「う、うん……。ギリギリね。ありがとうティア、お母さん。それよりも——」
ガシャンと、キソラの言葉をかき消す様にヴァリアントが三人に対峙する様に降り立つ。
炎に包まれながらも全く気にせず動くその姿は、これまでの個体とはレベルが違うようだった。