スペルビアのブリーフィングルームは、仄暗い光が等間隔に整列された黒いベンチを照らす、広い長方形型の室内。学校の教室の様なその部屋の前方部には教壇があり、壁には横三メートルほどのホワイトボードが。
キソラとヨシハルを含む戦闘員六十一名がそのベンチに緊張感を持って座っている。
そんな彼女たちの視線はスペルビア作戦指揮官である色白の妙齢の女性——フィーリアに注がれていた。
首元まである真紅の髪を低い位置で纏めている彼女はスペルビアの制服を着ているが、それはどこか軍服的。下からブーツに多少のゆとりがある黒のパンツ。上は黒のカッターシャツに細長く剣の様な赤黒のネクタイが結ばれ、その上にタイトなスペルビアの白ジャケットを羽織っている。
鋭い切れ長の眼差しは銀縁の眼鏡越しでも伝わり、硬い表情からは威圧感しか感じさせない。
その隣にボスたるセレスティアが足を組んで座り、フィーリアと話し合っている。
「……相変わらずフィーリアさんの貫禄は半端ないな。知らない人が見たらあの人をボスだと思うぞ」
「だよねー……。何度見ても、エステルとフィーリアが双子だなんて信じられないかも」
緊張感を紛らわす様に、ヨシハルがフィーリアをだしに使うとキソラもそれに合わせる。
ふわふわとして周りを和ませる姉エステル・スノーに、ビシビシと突き刺す様な雰囲気を出す妹フィーリア・スノー。
二人の印象が真逆すぎて、赤髪じゃなければ想像すらしないだろう。
「——総員、傾注」
静かに、それでいて重く呟かれたフィーリアのそれに空気がより一層と引き締まる。
「こらより話すことは調査班からの確定情報です。『C機関によるエイジア・ローシャン区全土の
「——ッ!」
この場にいる誰かが息を呑む。覚悟を決めた笑いを見せる者もいれば、顔を引き攣らせる者、震えを抑える者など三者三様の様相だ。
けれど、全員がしっかりと前を向いている。それは新米のキソラとヨシハルも同じだ。
ここにいないユウリも含めて、あの学校の場面でC機関がやろうとしていることは聞いていた。
戦意を昂らせる構成員たちを見てフィーリアが一つ頷く。
「結構。では、新人もいることですので改めて本計画の調査の始まりから説明致しましょう。——きっかけは、不自然に流れ始めた
「裏市場……?」
「さっきヨシハル、食堂で『こんなのが毎日食べられる』って言ってわよね? あれ、実を言えば毎日食べられるわけではないの。あんな大判振る舞いはここ数か月だけのこと。三ヶ月前のある日を境に、結構な数の『本物』が
言葉を引き継いだセレスティアの言葉でキソラが思い出したのが、一か月前のあの日ヤマトが何気なく渡してきた新鮮なトマト。
その時も疑問には思っていたが、そもそも普通に考えれば、裏ルートとはいえ土や種が
本来なら
見下す権力者が考えそうなことだ。
「そうして
「あの日、C機関の部隊に一杯食わされたのは癪に障るけれどね。でも、私があの日露店で見つけた
「ここまで不自然が過ぎれば、それはもはや異常事態に他ありません。そこで深く調査した結果判明したのが、増える物流に対して減っていく人の流れ。そのいずれもが、C機関に連なる者や
——崩壊する大地から、かれらを一足先に避難させた。
その流れが足りなかった情報に説得力を持たせている。
「いつC機関が動くかは分かってるのか?」
壁に背を付けて立っていたディアラが手を挙げて質問する。
「ボスが殺した治安維持軍の一般兵から回収した端末から深く潜って情報を獲った結果、二日後ということが分かりました」
「情報をまた掴まされたって可能性は?」
「充分あり得るでしょう。我々は一ヶ月前に一つの部隊を消していますからね。組織にそれが伝わっていないわけがありません」
「向こうからすれば、ずっと情報を探る為に何回もちょっかいかけてくる目障りなレジスタンスだもの。ハッキリ言ってこの一ヶ月、報復も対処もなかったのはおかしいわ」
「ってことは……それにかかる時間的余裕がないか、どうせ死ぬ命だから見逃されている?」
「でしょうね。アイツ等基本、
侮蔑の表情でセレスティアが悪態をつき、かつかつと踵で床を鳴らす。それに釣られて、構成員たちの形相が一斉に怒りに変わった。
その昂った熱意をフィーリアが窘める。
「落ち着いてください、まずは冷静に。抜き取った情報によると、C機関が
「……秘匿研究所?」
「人類の運命を背負いながら、災厄をもたらした因縁の地よ。そして、キソラと私たちが交わることになった始まりの場所でもあるわ」
「それって……!!」
スペルビアがC機関の計画を防ぐことは、十年前の因縁に決着をつける戦いでもあった。
「三番街は腐蝕に汚染され、ほぼ死んだ街です。今は封鎖することで腐蝕の拡散は免れていますが、それも完全じゃありません。腐蝕という現象は、腐った箇所からどんどん広がっていくものです」
「それって……大地の寿命の限界が早まっているってこと……?」
「そうですキソラ。三番街以外で頻繁に起こるようになった腐蝕もそれが原因です。そしてこの現状はいずれ、
その間引きの方法こそが、【黒い胞子】——【コロージョン】の散布。腐蝕事変の現象に目を付けたC機関は、三番街の大地を原料に
『露店通り』が壊滅的被害を負ったのは、C機関にとって【コロージョン】の範囲を絞った実証実験でしかない。
かれらが認めている命の範囲に
「あの、C機関がやろうとしてることは分かったんすけど、間引き……した後の大地はどうするつもりなんすか……?」
「簡単なことです。
「加えて、がめつい奴らは新しく生成された大地に人を住まわせて利権を得る為にもう動いているわ。彼らの頭にはもう
大を生かすために小を切る。
人類の生存を考えるだけならC機関の行動は間違っていないだろう。大局的に見たら間違っているのはスペルビアの方かもしれない。
だが、救える可能性があるのに
キソラも自分の手のひらを見つめて思いに耽る。大好きな街と人を救うため、やれることはなんでもやると。
今この手の届く範囲は、これまでより遥かに広いのだ。
「——では、これにてここに至るまでの説明は終了。ここからは、C機関の計画を防ぐための作戦の概要に移らせていただきます。
予想される敵は三番街の閉鎖を守るC機関治安部隊。彼らが放つ腐蝕弾をかいくぐり、三番街内部に侵入して秘匿研究所に突入。散布されるコロージョンを、つい先程キョウカ史が完成させたL・A・Rに変え三番街を『復活』させるのです」
「完成型L・A・R……! 遂にやり遂げたのか……!」
ディアラの喜色を含んだ驚きの声に重くなっていたブリーフィングの雰囲気が活気づいて歓声の声をあげる。
L・A・Rの完成こそ全てを覆す逆転の一手。
「薬の名前はL・A・R改め、再生の輝き『リグロス』。作戦名は『
頼むぞ——と言わんばかりの視線を受け、キソラが大きく頷く。隣にいたヨシハルは黙って拳を出し、そこにコツンとキソラも拳を合わせた。
「実行は二日後の夜
「やるわよ皆。私たちの手で、腐蝕を壊すのよ——」