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3-2 「ほとんど一目惚れですね」

「——本当に良いんですか……? こんなに丁寧に教えてもらって……。ヨシハルは入団試験ってのをやってるんじゃ……」

「ん? あぁ良いのよ良いのよ~。背後関係がないのが分かってたら、別にする必要のないやつだし~。あの人がやりたいからやってるだけなのよ実は~。あたし的には、ユウリちゃん可愛いからなんの問題もな~し」

「は、はぁ……」


 スペルビアの基地にある医務室。そこでは、ほわほわ~っとした柔らかな雰囲気のエステルがベッドに置かれた人体模型を相手に、応急処置のやり方をユウリに教えていた。

 怪訝な表情をするユウリのすぐ傍にある机には医療関係の本が積み重ねられており、段階的に高度な技術を教えようとしているのが見て取れる。


「まっ、真面目な話をするとこんな世界だもの~。人を治療できる人が多いにこしたことはないでしょ~? あたしの知識をあげるだけで一人でも多くの人が助けられるのなら、全然教えるよ~」

「ありがとうございます……。これでわたしも……!」


 はいっと、今度はユウリの番と、エステルが包帯を渡す。

 ユウリは座り込み、模型の腕を持つと教えられながら腕に包帯を丁寧に巻いていった。

 慎重に、たるみなく、それでいてスピーディに。基礎の基礎を背後で見ているエステルには、ユウリの本気度がひしひしと伝わっていた。


「ねぇユウリちゃん~。なんでそんなに頑張るの~? いきなり常識が壊されて、裏の世界に放り込まれたんだよ~? お兄ちゃんがいるとはいえ、普通なら怯えて知らないふりしてるものだと思うんだけど~」


 口調は変わらないが、柔らかな雰囲気が嘘の様にエステルが声色を少し硬くさせて尋ねる。

 腕から目を離さずユウリは答えていく。


「……ヨシハル——兄もですけど、わたし達はもうキソラを一人にしないって決めたんです。——知ってます? 二番街って元々あんな風にみんながみんな前を向いている様な街じゃなかったんですよ」

「まぁ……灰塵都市スクルータだものね~。活気がある方が珍しいでしょ~」

「えぇ、そうです。わたしがもっと幼い頃はどうしようもない人たちの集まりでしかありませんでした。建物は喧嘩でボロボロだし、物資の奪い合いは日常。力が無かったら生きていけなくて、両親がいないわたし達はそれはそれはイジメられました」


 自嘲気味に、想いが溢れる様に言葉が零れる。


「わたしが小さな女の子だったから色々と『都合』が良かったんでしょうね。沢山の人たちの標的になって、ヨシハルはそんなわたしを守るために何度も殴られ続けました。ごはんもまともに食べられなくて、もう毎日が苦しくて死にたくなってた時に——キソラが現れたんです」

「キソラちゃんが……?」

「今思えば、キョウカさんが連れて来てすぐのことだったんでしょうね。その頃のキソラは今みたいに笑ってなくて、でも人を思いやる気持ちは誰よりもあったんです」


 それはキソラが上手く街に溶け込めるようにとキョウカが課したルール。

 『困っている人を助ける。けれど、助けるなら手の届く範囲まで』

 それに則ったキソラは大人顔負けの力を振るって、ユウリたちを助けたのだ。


「あの時のキソラはわたしに覆いかぶさっていた大人をバッタバッタとなぎ倒していって本当にかっこよかったんです。もう、ほとんど一目惚れですね」


 照れたユウリが顔を赤らめ微笑む。


「そこからわたし達はキソラと一緒に行動する様になって、街がキソラのおかげで変わっていったんです」

「キソラちゃんの、おかげ……?」


 キソラがやったことは単純。まず、『元気』が有り余っている子供たちを腕っぷしでまとめ上げてリーダーになると、『助けられる範囲』を広げて困っている大人たちを助ける。それを繰り返しただけ。

 勿論、子供の言うことを誰が聞くかと暴力に訴えられたこともあった。その度にキソラが矢面に立って傷ついていく。それでもキソラは諦めない。


 それが遂に腐っていた大人たちの心に届いたのだ。いくら腐っていても、子供の純粋な行動に大人が動かないなんてプライドが許さない。次第に手を貸す様になり、範囲は広がって、やれることも増えていく。


 気付けば街は息を吹き返し、その頃には周りの人たちの笑顔につられてキソラの顔にも笑顔が生まれていた。


「はぁ~凄い子なのね~キソラちゃんは」

「はい、凄いんです。キソラはずっと街の人たちが受け入れてくれた——と思っているんですけど、順序が逆。キソラのおかげで、前を向いて他人を想って受け入れる余裕が生まれたんです」


 でも……と、微笑んでいた顔を豹変させてユウリは思いの丈を叫ぶ。


「そうなるまでに何度もキソラは傷ついてきました! 今回の一件もこれからもきっとそう! あの子は助ける人の中に自分を入れていないんです! それが分かっているのに、わたしが出来ることといったらただ待つことだけ! 昔も、黒い胞子が襲ってきた時も、自分がクローンだって知った時も! キソラは傷ついたのに、わたしは何もしてあげられませんでした! そんなの悔しいじゃないですか……! 親友なのに、大好きなのにただ待っているだけなんて……!」


 涙が溢れ、震える手が包帯を歪ませた。

 それに気付くと、ユウリは涙を力強く拭って包帯を直していく。


「だから、わたしはもう待つだけなのは嫌なんです。キソラが傷つくなら、それ以上に癒してあげるだけ! わたしにはキソラやヨシハルみたいに戦う力はないけど、癒すことならしてあげられるから……!」

「そう……。分かるよ〜その気持ち。うちのリーダーもそういう性格だからさ〜。ああいう人たちは、あたし達の気持ちを分かった上で進んでいくんだから困っちゃうよね〜」


 エステルが優しく、まるで子を抱きしめる様にユウリを胸の内に収めた。


「一緒に頑張ろうね〜ユウリちゃん。分からないことがあったらなんでも聞いてね〜。あたしがあげるこの力は絶対にキソラちゃんの役に立つはずだから〜」

「はいッッ!!」


 力強くユウリは返事する。

 それにまた一つエステルが微笑むと、頭を撫でてからユウリから離れる。

 真剣に模型と向き合うユウリに背を向け、太ももの『ホルダー』からソレを取り出してポツリと呟く。


「癒す力の後は、護れる力もちゃんと教えてあげないとね〜……。本音を言うなら子どもにこんなの持たせたくないんだけど〜……」


 『拳銃』を優しく一撫で。

 セレスティアとキソラ、そしてキョウカに向かって思いを馳せる。


「……タイムリミットまで残り一ヶ月半か」

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