「……」
「そっか、お母さんとリアのお父さんのおかげで私はここにいれるんだ…」
瞳を閉じたキソラが胸に手を当てる。その手にはしっかりと、心臓の鼓動が感じられていた。
自分が多くの愛を受け取って生きていることを再度実感できた。
「まぁそういうことよ。あの大災害の日、アナタはパパの目が無くなった後、キソラを見捨てることだって出来たはずなの。見捨てたってたかがクローン。誰も文句は言えないし、あの大災害じゃ自分の命を最優先にしてもおかしくない。なのに、しっかり生き延びさせたうえに、ここまで育てた。『愛』が無かったらできないことよ」
「そうだよ、お母さん。お母さんは私を守ってくれたんでしょ。だったら私はその想いだけで充分。私はこれからも前を向いて生きていけるよ」
「キソラ……」
自信満々に満面の笑みでキソラは言う。
つい先ほどまで打ちひしがれていた子とは思えない、その『娘』の姿に頑なだったキョウカの心が揺らいだ。
重苦しかった雰囲気が少し和らぐ。
「あと、クローンだってのも気にしなくていいよ。私、みんなのおかげでクローンだからって色々考えるのはもうやめたんだ。お母さんのクローンって言ったって私とお母さんじゃまるっきり別人だし」
「確かに。キョウカさんとキソラじゃ、スタイルも包容力も頭も全然違うわな」
「おいこらそこうるさい。ノンデリ男は黙ってて。——でも、ヨシハルの言う通りだよお母さん」
髪色が違うのは、L・A・Rなどの様々な薬品投与の影響。
ただ、そのおかげか、見た目だけ見てもキソラとキョウカは『似ている親子』としか周りに見られない。
見た目も性格も何もかも違うのだから、キョウカのクローンだって言われても、周りは信じないだろう。
信じたところで、
「それに、『あの子』とか『この子』とかお母さん、一度も私たちを『モノ扱い』しなかったよね。それって最初から私たちのことを娘だって思ってたからなんじゃないの?」
「あ———」
それは無意識のことだったのか、気付かされたキョウカの瞳に光が戻る。
「私たちは別人だし、お母さんから産まれたのなら、私にとって等々力キョウカは間違いなく『お母さん』だ。だから、今の私はこう言うべきなんだろうね」
一拍置いて、キソラはまたキョウカを抱きしめる。
私はここにいる——と言わんばかりに。
「産んでくれてありがとう」
万感の想いが込められた、ありがとう。
その想いに、キョウカの我慢していた感情がついに決壊した。
「ごめん……ごめんなさいキソラ……! ゆ、赦して欲しいとは言わない……! でもこれだけは知っていて……!」
「うん」
「誰が好き好んで自分の子を痛めつけたいと思うの……!? 辛かった……! 苦しかった……!」
キソラを思いっきり抱きしめ、滂沱の涙を流す。
それはまるで、後悔と罪悪感が流れていく様だった。
「ごめんなさいキソラ……! このことは一生かけて償っていくから……!」
「うん、うん。大丈夫、赦すよ。私たちがね」
「——ッ……! ありがとう……! それから……——」
キョウカがキソラを離し、今度はキョウカから目線を合わせる。
お互い涙でぐしゃぐしゃになっているが、そこに浮かぶ笑みはこれまで二人が見せてきた笑顔の中で一番美しかった。
「私をお母さんにしてくれてありがとう……!」
☆
涙を流す親子。それに当てられてヨシハルとユウリも泣いている。全てが清算され、新しい一歩を歩める様になった彼女たち。
尊いその現場を、セレスティアはパンパンと手を叩いて無散させて注目を集めた。いくつもの視線がセレスティアを貫き、思わず、うっとなった彼女だがすぐに表情を真剣なモノへと戻した。
「ごめんなさいね、空気を読まなくて。私自身も、おめでとうって言って感傷に浸らせてあげたいんだけど、こっちにも時間がないの。色々あったけど、本題に入らせてもらえないかしら?」
「本題?」
眦を赤く腫らしたキョウカが問いかける。
「そもそも私たちは、アナタ達の過去話をするためにこんなところにまでわざわざ足を運んだわけじゃないの。っていうか、キソラ。アナタにはもう、『アナタが欲しい』って伝えたわよね?」
「あ、そういえば」
「アナタが欲しい!? どういうことキソラ!?」
思いがけない言葉に動揺したユウリが、キョウカから引き剥がして肩を揺さぶる。
まるで修羅場だ。
「あー、私にもよく分かってないんだよね。一応、私の力が必要だっていうから頷いたけど」
「キソラの力が……?」
キョウカの眦が鋭くなる。娘に対する愛が深まったのだろう。
ユウリからキソラを奪い返したキョウカは、渡さないと言わんばかりに抱きしめる。
「仲が良いようでなにより。えぇ、そうよ。私はキソラが欲しい。人類から抜きんでた能力を持つキソラと、そしてL・A・Rの完成品の知識を持つであろうキョウカさんの頭脳をね」
「私も……?」
怪訝な表情を浮かべるキョウカにセレスティアは口角を釣り上げる。
その美貌を悪魔的に歪め、自分の左胸——赤いスイセンを指して告げた。
「私たちの組織【スペルビア】に来てほしいのよ。——世界を救うためにね」