「——ねぇティア。さっきは君たちに協力するって言ってたけどさ、こんな訳のわからないヒトを求めてまで結局君たちはなにするつもりなの?」
「んー、今言っても良いんだけど本題に入る前にはまだ片付けておかないといけない問題があるの。話を聞かせるのはソレが終わってからね」
二人が出て行ってからおよそ一時間半後。
保健室のそばまで戻ってきたキソラとセレスティアの声は、どこか距離が近づいているように感じさせた。
向かってくる二つの足音は軽く弾んでいる様にも聞こえ、少なくともそこに重々しさはない。
「——ッ!!」
その声の持ち主に真っ先に気付いたユウリ。急いで駆け、キソラが保健室の扉を開けるよりも早く開け放った。
「キソラッ!!」
「っとと……。」
「—————」
胸の中で飛び込んできたユウリを抱き留めると、ユウリは無言でキソラの身体を抱きしめる。
何も言わないことに不思議に思うと、キソラはユウリの小さな体が震えていることに気付いた。けれど、それはキソラに対する恐怖心ではない。
「ごめん……! ごめんキソラ……! わたし……!!」
苦しむ様に吐き出された懺悔の言葉。
あの時、キソラの真実にほんの少しだけとはいえユウリは恐怖を抱いてしまった。
立ち去るキソラの手を掴めず、キソラがこうして帰って来るまで彼女の心の中は罪悪感と謝罪の気持ちでいっぱいだった。
キソラの胸元がユウリの涙で濡れていく。
「ユウリ……。うん、謝らなくていいよ。私はもう、大丈夫だから」
「キソラぁ……」
「私も、無理に逃げ出したりしてごめんね。手、痛くない」
「全然、痛くないよぉ……! 痛いのはキソラの心でしょぉ……!!」
キソラを心の底から想うその涙。キソラは優しく微笑み、安心させる様にユウリの頭を優しく撫でる。
先ほどまでは、抱き着かれてもただの『重り』としか感じられなかったユウリの体だったが、今ではそんなことはない。
全身で感じる命の暖かさが自分の行いを肯定してくれているかの様にキソラは感じていた。
「私のこと、大事にしてくれてありがとね。変な産まれ方してるのに」
「そんなの関係ない……! わたしにとってキソラはキソラだから……! 昔いじめられてた時も、二日前の時も……! キソラがいなかったらわたしはここにいなかったんだよ……!」
「そうだぜキソラ。お前がいてくれたから、オレもこうして歩けてるし妹を失わずに済んでるんだ。感謝してもしたりねぇくらいなんだぜ?」
「ユウリ……ヨシハル……」
ぎゅっと力を入れて抱き着くユウリとニッと笑うヨシハルを見て、キソラの心はぽかぽかと温まっていく。
——居場所は今でもある。こんな私を受け入れてくれる人がいるんだ……と。
「んまぁ、ちょっとは驚いたけどよ。よくよく考えれば
「あははっ! 確かにそうだね。ちょっと考えすぎちゃったかー」
明るく笑い合える雰囲気。ユウリもそれにつられて泣き止み、キソラに笑顔を向けられるようになっていた。
「——もう、大丈夫そうだな」
「えぇ、なんとかね。あの子が強い子で良かったわ。支えてくれる人も多いみたいだし。あぁいうのを人徳があるって呼ぶんでしょうね」
「薬品漬けの中で産まれた人工物が、一番大きく育てたのは優しい天然の心ってか。微笑ましいねぇ」
「……ディアラ、それ皮肉? それとも褒めてるの?」
「ん? どう考えても褒めてるだろ」
三人の仲睦まじい姿を見ながら、セレスティアとディアラが話す。
少しばかりディアラのズレた言葉に溜息を吐きつつ、彼女は三人から視線をキョウカへと向ける。
「さて、あとの問題はこっちね」
「——ッ!!」
小さく呟かれたその声だったが、保健室内ではやけに通り、キソラ達は会話を止めてキョウカの方を向く。
五人からの視線を浴び、キョウカが怯えた様に後ずさった。
「あ……、え……と」
「お母さん、私はもう覚悟は出来たよ。どれだけひどい過去があっても、もう揺らがない。だから教えて、私のこの身体の真実を。どうやって私がここまで生きてきたのかを」
ユウリを離し、自分の胸に手を添えながら力強い表情で言い放つ。
「そ、それは……。セレスティアさんが説明した通りで……」
「ううん、それだけじゃないよね。だってティアの話じゃ、私がお母さんのクローンってことと、腐蝕を抑える『免疫力』を獲得したっていう『結果』だけしか言ってない。私がその力を手に入れた過程の説明はなかったよ」
「そうね。あくまで私が知ってるのは、パパが残した研究データの一部とK番台の生き残りリストだけ。そこで消されてなかったのがアナタだったから、そこに当てはめたにすぎないわ。推察は出来るけど、アナタがどういう過程でその体を手に入れたかまでは分からない」
キソラの言葉を補足し、真実を促そうとする。
けれど、そこまで言っても目線すら合わせようとしないキョウカにセレスティアが遂に苛立った。
「いい加減、現実から目を背けるのは止めなさいよ。自分の子が過去と向き合おうとしてるのに親のアナタがそんな様子でどうするの?」
「—————はぁぁぁ……」
大きく深呼吸し、一瞬だけ瞼を閉じると開いたその瞳は冷たく凍り付いていた。
初めて見る
「……分かったわ。話してあげる……。でも、話すからにはもうあなた達は元には戻れないわ。関係性とかじゃなく、これからの生き方がね——」