しばらくして、立ち止まった先は廃墟となった高層建築群。あの日、人を殺し自分という存在が揺らいだ場所だ。
その様子はまるで、居場所を失いどこへ帰ればいいかも分からない迷子。雲一つない空とは裏腹に、キソラの心はどんよりと今にも雨が降りそうなほど曇っている。
「——ここにいたのね」
「……」
そんな時、背後から聞こえてきたセレスティアの優しい声。キソラは俯き、なにも聞かないと言わんばかりの姿勢を取る。
そんな拗ねた子供の様なキソラに苦笑しながら、彼女は構わず風を感じながら、キソラの隣に立った。
「良い街よね、ここあんな大きな被害があって、悲しむようなことがいくつも起きたのにもういつもと変わらない日常を送ってる。立ち直ってる……とはまた違うんでしょうけど、彼らは知っているのね。前を向きつづけなきゃ生きていけないってことを」
生きようとする意志を街全体から感じる
みんながみんな、他人を気遣いながら街の復興に勤しんでいる。
災害に襲われたのだ。悔しくないわけがない、悲しくないわけがない。
それでも、彼らは生き続けることを諦めていなかった。
「……そう、だね。この街じゃ理不尽なことは日常だから……。
「ふ~ん。随分と他人事みたいに言うのね。ずっとここで暮らして、今までその理不尽から多くの人を守って来たっていうのに」
「え……?」
セレスティアのその言葉に、思わずキソラは振り返った。
見つめる金色の瞳には尊敬の念が宿っていた。
「どういう……?」
「私たちがこの学校に来れたのは街の人たちに聞いたからだけど、その時にアナタの名前を出したら皆真っ先に心配の声が上がっていたわ。よっぽど街の人達から愛されてるのね」
「…………」
キソラの脳裏に露店通りにいた人たちの安堵の表情がよぎった。
皆、自分たちも酷い目にあったというのにそれに構わず
「普通、人はどうでもいい人のことを心配したりしないわ。ましてやあんなことが起きた後なら猶更ね。自分の事で手一杯でしょうに、それでも他人を想えるなんて中々できることじゃないわ。日頃の行いってやつかしらね」
お互いに支え合うのが当たり前という街とはいえ、この場にいない人間を心の底から気遣える人が一体どれだけいるか。
一人二人いればマシレベルのそれを、ここでは何人もの人がキソラを心配していた。
それもそのはずだ。これまでキソラは、記憶のない自分を優しく迎え入れてくれたこの街に恩返しする様に何人もの人の役に立っていた。
高い身体能力や気立てのいい性格で、小さなことから大きなことまで街の人たちの悩みを解決する。腐蝕が起これば率先して救助に行き、失われるはずだった命を救って来た。
何もしてくれない人に、人はそう懐いたりしない。
だからこそ、純粋に自分の『能力』を活かして助けてくれるキソラを街の人は心の底から信頼するのだ。
「アナタがまともな生まれをしていなかったとしても、彼らがアナタのおかげで救われたって事実は変わらない。そもそもね、どこから産まれたなんて気にしても仕方ないの。産まれてからどう生きていくかが重要なのよ」
「どう、生きていくか……」
「よっぽど聖人君主みたいな親だったとしても、生き方を間違えたら悪人に墜ちる。逆に極悪人の親を持っても、そうはならないと正しい生き方をすれば善人になる。同じお腹から生まれた兄妹でも、経験や感じ方が違えば違う人間になる。それが人間。
たとえ生まれが異質であっても、心が感じる想いのままに生きていくのなら、どんな力を持っていようとアナタは正しく『人間』よ。あんなことを言った私が言うのもなんだけどね」
言葉を切り、セレスティアは申し訳なさそうに苦笑する。
「でも、そう考えればアナタがその力を持って生まれてきた意味はあったわ。アナタがいなけりゃ少なくともあの兄妹も、助けた二人も二日前に確実に死んでいたんだから」
「————」
過去を見つめ直し、セレスティアの言葉で心が少し晴れたキソラがようやくその事実に目を向ける。
そうだ、咄嗟に四人を一瞬で家屋に押し込むことが出来たからあの四人は腐蝕にほとんど巻き込まれることなく生きている。
人と違う力を持ったキソラがいなければ、彼らは間違いなくそのまま息絶えていた。
「だから、ごめんなさい。私も最初に会った時にこう言うべきだったわね。——ありがとう、キソラ。あの時、アナタが来なかったら私はあの男に殺されてたわ。アナタがいたから、私はこうして生きて、私のやりたいことを続けることが出来るの」
本当にありがとう——と、この空の様に晴れやかな笑みを浮かべるセレスティア。
誰もが見惚れるその満面の笑顔。
キソラだけがその温かな笑みを独り占め出来ていた。
「あ———」
セレスティアの柔らかな微笑みを見た時、そしてワカナとヤマトの心からの感謝を思い出し、キソラは自分を自覚した。
なぜ、自分が人を最優先に助ける様になったのか。
優しくしてくれた恩返し——もあるが、一番は人を助けた時に見られる感謝の笑顔。
かつて空っぽだったキソラの心を満たしたその温かな気持ちを何度も味わいたいがために、人を助けるのだ。
「なんだ……、私ってこんなに我がままな子だったんだ」
そんな自分に思わず笑ってしまうが、それは自嘲じゃない。
曇っていた心が晴れ、青空色の瞳には力が宿る。重たく感じていた身体も今は軽くなり、全身に血が回っていくのを感じていた。
未だ全てを吹っ切れたわけではないけれど、見失っていた自分を見つけることは出来た。
「どうやら立ち直れたみたいね」
「……まぁ、完全じゃないけどこうやって前を向けるくらいにはね。君のおかげだよ、ありがとう。色々と思い出させてくれて。私は、これからも人を助けるよ。気持ち悪いこの力を使ってでもね」
人が喜んでくれる顔が見たいから。
血塗られていた左手を見つめ、瞼を閉じると共に拳も閉じる。
そして、命を奪ったその手に誓うのだ。
——その過程でどんなことが起きようとも、その我がままを貫くと。
瞼を開き、左手を開くとキソラはその左腕に『炎』を宿す。
そのままキソラは立ち上がり、力強い表情と共にセレスティアに向き直った。
炎を宿したままの腕をセレスティアに差し出す。
「それで、君はこんな私に何を望むの? 君がやりたいことの為に、私が必要なんでしょ?」
炎に包まれたこの手を取れば、その手は確実に焼けるだろう。だが、その痛みを怖がり、取らないのなら従うつもりはない。
そんなキソラの決意を示す行動に、セレスティアの笑顔が獰猛なモノに変化する。
「ええ、その通りよ。アナタがそのつもりなら話が早いわ」
バッと、躊躇いなくセレスティアはその手を握った。左手に巻かれた包帯が炎で焼け落ち、その下の皮膚を肉を焼いていく。
それでもセレスティアは苦悶の表情一つ浮かべることはない。
手を強く握りしめ、妖艶な笑みを浮かべて彼女は言い放った。
「改めて、私の名前はセレスティア・A・S・ウォーカー。今の私の願いはただ一つ。——等々力キソラ、アナタを私にくれないかしら」