目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
バンドって最高だ
新堂路務
現実世界現代ドラマ
2024年11月21日
公開日
3,353文字
完結
マセマティックスというバンドが解散を発表。ベーシストのジャーンは会議を欠席し、突然の解散に戸惑う。他のメンバーは各々の道を歩み始めるが、ジャーンは孤独感に苦しむ。10年後、プロレスラーとなったジャーンは、バンド再結成の話を受け、かつての仲間と再び音楽の道を歩む事になる。「バンドって最高だな」という言葉が物語を象徴的に彩る青春群像劇。

第1話

 汗が飛び散る。マスクがずれる。コードを間違いそうになる。ドームツアーも終盤戦、年末の大東京ドームがオーラス、それに向けてラストスパートだ。

 バンドって最高だ。

 アンコールを経て、次が最後の曲。「悲しみの破壊」だったはず。悲しい曲を最後にするなとは思ったが、最近会議に出てないのでわからない。そういえば会議では、何か重大な話があったらしい。

 ボーカルのキンジがMCを入れる。

「最後の曲の前に、伝えたい事がある」

 意味深な発言に観客がざわつく。

 俺は、残りのメンバー、ギターのサンディ、ドラムのセバっちゃんを見るが、驚いた素振りは無い。

 メンバーで俺だけが上半身裸で、プロレスラーの着用するマスクをかぶってベースを演奏している。トレーニングとプロレス好きから始まった、冗談みたいなデビューがここまで続いていた。

「俺たち、マセマティックス。デビューして15年駆け抜けてきました」

 キンジは情感たっぷり話す。

「年末、大東京ドーム公演を持って、解散します」

 えーーーー!

 悲鳴がドームにこだまする。

 俺もマスクの内側から、同じ声を出す。何にも聞いてない。

 最近メンバーだけの会議が、数度開かれた。マスクを新調するため採寸の時間と重なって、欠席した。その前は、トレーニング雑誌からの取材と重なって欠席した。もう一つ前は、下半身のトレーニングの直後で、パンプアップして行けなかった。

「メンバーで話合いをしました」

 キンジが、左手を広げて言う。キンジの左手側にはサンディ、セバっちゃんといる。俺だけ右側。

 俺ってメンバーだよな? 

 キンジとは高校の同級生で、サンディと三人でバンド結成。大学でセバっちゃんが入って今の体制になった。

 キンジは前向いたまま涙を流し、サンディは下を、セバっちゃんは上を向いている。

 こっち見ろよ! 俺は聞いてないぞ!

「辞めないでーー」

 マセマティックスファンの事を『マセガキ』と呼ぶ。そのマセガキの声が響く。

 俺も気持ちは同じだ。

 会議に出れば良かった。トレーニングばかりしてて・・・

 キンジは、作詞作曲を手がけていて、ソロになってもキンジが歌えば、マセマティックスだ。こいつは解散しても大丈夫。

 サンディは、金髪ロン毛でイケメン、ファッション誌の表紙を飾ったりもしている。高校時代、タンクトップで二の腕にバンダナを巻いたセンスを、暴露してやりたい。しかしこいつも食っていける。

 セバっちゃんは、大学の頃にドラムスを探していて入ってきた。ドラムの腕は普通だが、去年から動画投稿を始めた。料理にDIYと多彩な内容に、フォロアー数はうなぎ登りだ。外車に乗るようにもなった。こいつもやっていける。

 問題は俺だ。

 トレーニング以外、何も行動していない。俺はやっていけない。

 最後の曲『悲しみの破壊』、どうやって演奏したのか覚えていない。来年からどうやって生きていこう? 曲通り、悲しみが、バンドとしての俺の人生を、破壊した。

「俺たち、約束する。絶対また戻ってくるから、待ってて。戻ってくるからなーーーー」

 キンジの絶叫に、観客が声援で応える。

 俺も『絶対だぞーー』と大きな声を出した。


 その後、年末までは淡々としたものであった。俺が「聞いてない」と主張しても、決まった事だの一点張りで、話にならなかった。バンド内の空気は冷え切っていた。皆の気持ちは、その後の活動に気が行っているようだ。俺はそれに気がつかないくらい、トレーニングをしていたようだ。


 解散コンサートも滞りなく終わり、マセマティックスは解散した。


 俺はこうなる事をずっと恐れていた。

「やっぱバンドって最高だよな」

 メンバーだけの飲み会では、良くこういう事を言った。特にキンジには、バンドはいいぞと言い聞かせてきた。

 年明け、キンジはボーカリストとして新バンドに参加する事が、発表された。同じように活動休止中の他バンドの有名メンバーが参加するとの事。

 そういう事じゃない。

 サンディは、四月からドラマに主演する事が発表され、有名女優との熱愛も報道された。 どうやったら、出会うんだよ! 

 セバっちゃんは、動画投稿の功績が認められて、アメリカを拠点に活動する事が、自身の動画で発表された。

 お前、全然英語の歌詞読めなくて、俺が教えてただろうが!


 文書で出された解散理由は『それぞれにやりたい事が大きくなってきたから』

 俺は、筋肉を大きくしたいだけだった。


 こういう時はとにかく、スクワットだ。

 1,2,3,・・・

 迷ったら、トレーニング。それが俺を支えてくれてきた。

 続けて俺は、腕立て伏せを始めた。

 1,2,3,・・・

 スクワット500回、腕立ては200回。

 気持ちのモヤが晴れない。俺は、トレーニングを止めた。

 トレーニングは俺を裏切らない。鍛え抜かれた体のおかげで、マセマティックスのベースとして活動できて来た。しかし、今日は俺がトレーニングを裏切ってしまうかもしれない。

 ブィーブィー

 スマホに着信。キンジかサンディ? もしかしたらセバっちゃん?

 画面を見ると、登録外のため数字の羅列が表示されている。

 いたずら電話か? 間違いでもなんでも出てやるよ。

「もしもし? 元マセマティックスのベースのジャーンです」

 俺は大きな声で名乗る。俺の名前はジャーン。普段なら不審な電話にこんな事はしない。もうやけだ。

 相手は英語で話しをしてきた。

「Could you please tell me your name?」

 俺も英語で答えた。一体誰なんだ? 相手はペースを変えずに英語で話してくる。こう見えて英語科を卒業していて、日常会話程度ならなんとかなる。

「What? え? プロレスリングヒューリアス?」


 10年後


 カレンダーの1月4日に丸がつき、文字が書かれている。

『日本凱旋、大東京ドームヘビー級チャンピオンシップ』ついにここまで来た。

 飛び込んだ新しい世界。元バンドマンとして鳴り物入りでデビューも、しょっぱい試合を続けブーイングを浴び。一度ヒールに闇落ちもした。しかしいよいよ初めてのタイトル戦。それも日本、解散コンサートの大東京ドーム。感慨深いものがある。

 ブィーブィー

 スマホが鳴る。

 俺はカレンダーから目を離し、電話に出た。

「Hello my name is マスク・ド・ジャーン」

(ジャーン、元気か?)

 相手はキンジだった。

「おおキンジか、久しぶりだな。10年ぶりくらいか? そっちはどうだ? しばらく日本に帰ってなくてよくわからないんだ」

(いや、全然ダメだ。新バンドは個性が強すぎて、一曲で空中分解。後は、ソロを少しだけ)

「そうか、サンディは?」

(ドラマは演技が大根で、1作品に出ただけ。頭も薄くなってきて、それどころじゃないよ。金髪がダメージの元よ)

「そうか。セバっちゃんは? アメリカを拠点にって。こっちで合ってはないが」

(あいつはお前と違って、英語しゃべれないだろう? 半年も経たずに、ホームシックで帰国)

「皆大変なんだな」

(お前はアメリカで忙しそうだったからな)

「ああ、自分の事で精一杯。皆がどうなったかも全然知らなかったよ」

(それで言いにくいんだけど、俺たちマセマティックス、復活しようと思うんだ。ソロでも曲出したが、やっぱりバンドの方が性に合ってる)

「いいな。久々に俺もベースを持ちたいと思ってた所だ」

(1月4日、東京スーパーコロシアムを抑えた。ただすまん。その日はプロレスの試合なんだってな。さっき知った)

 俺は息を飲んだ。プロレスの試合とバンド再結成コンサートの日が被った。やっと勝ち取ったタイトル戦。これまでの10年間、痛くも嬉しい日々が蘇る。集大成のつもりで挑むつもりだった。

(お前は解散してからアメリカで、プロレスラーになったんだもんな。活躍はよく知ってる)

「俺だけ、方向性が定まらなくて絶望していたときに連絡をもらったんだ」

(何言ってる、皆お前みたいになりたくていろいろやってたんだからな)

「そうなのか?」

(バンドに頼らず、我が道を行く。それぞれにジャーンの背中を見てたんだよ。お前はスーパースターになったんだ。とにかく残りのメンバーで再結成するよ。今日はその許可をとろうと思ってな)

 俺だけが気づいていなかった。捨てられたと思ってたが、皆は俺がバンドを捨てたように思ってた。違う、違うんだ。

「ま、待て、俺も参加する。マセマティックス再結成。参加させてくれ」

(いいのか? 大事な試合なんだろ?)

「何言ってる、バンドって最高だろ?」

(ああ、バンドって最高だ)







コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?