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第8話 贅沢

 侯爵さまに連れられて街まで来れば、赤や緑などカラフルな屋根をつけたテントがたくさん並んでいる。パンや青果、お菓子のお店もあれば、可愛らしく煌めくアクセサリーや、衣服を扱っている店もある。値段も手が出しやすいものが多いためか、多くの人で賑わっていた。


「わ、ぁ……すごいですね」

「好きなものを見ていいよ」

「は、はい」


 そう頷いたものの、あちこちに目線を奪われてしまって情報をうまく整理できない。マディラではよく買い物をしていたけれど、日常生活で必要なものを購入するだけで行く店は決まっていたし、自分の好きなものを見るという感覚がよく分からなかった。


(どうしましょう……何を見たらいいのだろう)


 侯爵さまの顔を伺い見る。彼は、ニコニコと楽しそうな顔のまま、私がどこに行くのかを待っているようだった。どこから見ればいいですか、と訊くのもおかしいだろうし、ぎこちなく一歩を踏み出す。いくつかお店を覗いてみたけれど、緊張しているせいか何も頭に入ってこない。


「ヴィオレッタ?」

「は、はい? なんでしょう、侯爵さま」

「大丈夫かい?」

「えっ、全然、なにもっ。問題ありません」


 衣服屋さんに並んでいる服を一枚手に取ってみる。店主の男性が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれて、笑みで返す。

 平静を装っていたけれど、挙動不審だっただろうか。いっそのことハッキリと、こういう買い物には慣れていないのだと侯爵さまに伝えたほうがいいかもしれない。変に取り繕う必要なんて……。


「あの、侯爵さま、」

「良い色だね」

「え?」

「若草色で、きみによく似合いそうだけど」


 侯爵さまに言われて、視線を手元に落とす。彼の言う通り、私の手には若草色の服が握られていた。おそるおそる、服が壊れてしまうことがないように広げてみる。


「素敵……」


 若草色のワンピースは丁寧な縫製で作り上げられているのが一目で分かる。襟元から三つ並ぶボタンは、種類が違ってユニークだ。


「気に入ったなら、それを買おう」

「え、でも……」

「遠慮することはないよ。それに、ヴィオレッタの荷物が実家から届くまで、服ももう少し増やしておいたほうがいいんじゃないか? 着替えに困ることもあるだろう」


 マディラからとはいえ、少し届くのが遅いけれど……と侯爵さまが怪訝そうに呟く。


「いえ、あの、荷物はもう、全て持ってきています。なので、何も心配していただく必要は……」

「え? でも、君が来てから荷物は届いていないだろう?」

「はい。あの、自分で、持ってきたので」

「……ちょっと待って」


 侯爵さまが手のひらを私のほうへ差し出して、言葉を遮る。素直にそれに従って、唇を閉じれば、彼は「ええと」と難しいことを考えるように皺が寄る眉間に指を当てた。


「君が、僕の家に来たとき、持っていたのは、トランク一つ……だったよね?」

「はい」

「もしかして、それが全部だなんて、言わないよね?」

「あの……それが、全部、です」


 侯爵さまは一瞬、絶句とばかりにその表情を強張らせると、盛大に溜息をついた。そして、とっても真剣な瞳で私を見る。


「ここの服、全部買おう」


 冗談だとはとても思えない、大真面目な声色。


「えっ!? ダ、ダメです、ダメです。そんなの。私、そんなお金もありませんし!」


 若草色のワンピースを慌てて、テーブルの上へと戻す。そういえば、侯爵さまの勢いにつられて出てきてしまったため、自分のお財布すら持ってきていないことに気付く。


「お金なら僕が持っているし、そもそも最初から君に出させるつもりはないよ」

「ええっ? でも、あの、そこまでしていただくなんて、私、とても……」

「僕がしたくてするんだよ」

「だ、だからって、そんな、全部は多すぎます!」


 でも、だって、と押し問答が続いて、最終的には、五着ほど新しく服を選ぶということ。また半分は自分でお金を出すということで話は落ち着いた。しかし、侯爵さまが私へと勧めてくる服はどれも値段が段違いで、その度に驚いた猫のように飛び上がりそうになってしまう。何度もそれを繰り返しながら、なんとか選び終えた服を侯爵さまへと手渡す。


「……本当にこれでいいの?」

「はい。これで、お願いします」

「分かった」


 若草色のワンピースは、自分のお財布事情と相談して今回は諦めることにした。それでも、他にも可愛らしく手頃な値段の服がたくさんあり、選んだ服どれもに心がときめく。

 それと同時に、侯爵さまの家に来てから、何もしていない私が、こんなにも贅沢なことをしていいのかと不安にもなった。

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