昼食は、テラスに出した席で食べようと侯爵さまは言った。
白い丸テーブルに、白い椅子が二脚。私たちは向かい合うように座って、侯爵さまはサンドイッチを一つ、ペロリと気持ちよく平らげた。その隙間を見て、話したかった話題をようやく切り出すことができた。
「テイラー侯爵さまは、本当に私との婚姻を望まれているのですか?」
その問いかけに、彼は手を止めてジッと私を見た。侯爵さまは、もう一つお皿に置かれていたサンドイッチのパンを開いて、あまり上品とは言えない、中にあるベーコンを指でつまんでいる途中だった。
「どうして、そんなことを聞くの?」
「思い描いていた人とは違って、ガッカリされているのではないかと、思って……」
「それじゃあ、君はどうなの?」
「え、」
ぱくりと、つままれていたベーコンが侯爵さまの口の中に消えていく。親指と人差し指についたソースをぺろりと舐めとってから、今度はパンを掴み上げた。中には、もうレタスしか入っていない。
「君は僕のことを知らなかっただろう。ここに来て、初めて僕を認識した」
「ええ……」
「どんな僕を想像していた? 思ったよりも若かった? 変なやつだと思った? 君は、僕にガッカリしていない?」
「ガッカリなんて、そんな……」
「『私がガッカリしたなんて言うのはおこがましい』なんて思っているだろう」
思わず言葉が口の中でまごつく。図星かな、と侯爵さまは、私の様子を見てくすくすと肩を揺らして笑った。そして、レタスが挟まれたサンドイッチをかじる。もぐもぐと口を動かして、ゆっくりと飲み込んだ彼は、真っ白なシルクのナフキンで口元を拭った。
「まぁ、君が僕にガッカリしているかどうかは分からないけれど、」
「た、確かに、私が誰かを評価できるような人間だとは思っていません。でも……侯爵さまには昨日お会いしたばかりで、よく……知らないので」
侯爵さまは一度、二度、少し丸くした目を瞬かせると、すぐに「ふふ」と可笑しそうに笑った。それから、頬杖をついて「そうだなぁ」と考え込む。その口元は穏やかに弧を描き、どこか楽しそうに見えた。
「一年くらい、籍は入れずに一緒に暮らしてみるっていうのはどうだろう」
「えぇ?」
「僕は別に、結婚に焦っているわけではないから。一年後、互いにガッカリしていなかったら、籍を入れることにしよう」
それなら君も安心だろう、と言って、それでこの話は終わりだと、侯爵さまは席を立ってしまった。私の目の前にはまだ、手つかずのままのサンドイッチが二つ残っている。
何だか私は言いたいことのほとんども言えず、よく分からないうちに丸め込まれてしまったように思う。テイラー侯爵さまは、お姉さまとの婚姻を望んでいたわけではなかったのだろうか。彼から届いた手紙の『ご令嬢さま』は一体、誰を指していた言葉だったのだろう。
「ああ、そうだ。ヴィオレッタ」
「はい」
部屋の中へ戻ろうとしていた侯爵さまが私を振り返る。
「侯爵さまなんて堅苦しいから、アリスって気軽に呼んで。そのほうが、きっと、うんと仲良くなれるよ」
柔らかく細められる瞳。思わず見惚れてしまうほど美しく、慌てて視線を逸らした。
私の返事はどんなものでもきっと良かったのだろう。満足そうな侯爵さまは、近くにいた使用人に「ごちそうさま」と告げて、鼻歌を歌いながら去って行ってしまった。ようやくサンドイッチを一口齧る。「おいしい」と呟いた声は、小鳥の囀りと共に溶けていった。誰かが作った料理を食べるのは、何年ぶりだろう。