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テイラー侯爵は甘やかしたい
葵ひかり
異世界恋愛ロマファン
2024年11月21日
公開日
13,443文字
連載中
※魔法のiらんどさんにて、編集部ピックアップに選ばれた作品です。(当時は別名義で掲載していました)

 都会に住む貴族の末娘、ヴィオレッタ。家の繁栄に熱心な両親は出来の良い兄と容姿端麗な姉を溺愛し、平凡なヴィオレッタを侍女のように扱っていた。ある日、ヴィオレッタの家に一通の手紙が届く。それは田舎町を領地に持つ侯爵、アリスからの婚姻の申し入れだった。『ご令嬢さま』と書かれた手紙は誰もが姉へ宛てられたものであると思ったが、姉はよく分からないアリスとは結婚しないと言う。運よく名指しされていないのだから、それはヴィオレッタが受けたらどうだと兄が提案し、ヴィオレッタがアリスの元へ嫁ぐことになった。すべてが劣る自分でいいのだろうかと不安な気持ちのままテイラー家の門を叩く。相手が拒むのであれば、この縁談はなかったことにして帰ろうと決めていた。しかしアリスは喜々として彼女を迎え入れる。流されるままにアリスとの生活が始まるヴィオレッタ。自由奔放、のどかな暮らしを満喫するアリス。身の回りの世話をしてくれる優しい使用人。甘え方を知らない彼女をアリスは温かく甘やかし、愛される意味を教えていく。『何もしない』という慣れない生活に困惑していたヴィオレッタも徐々に田舎暮らしを楽しみ、穏やかなアリスに惹かれていく。

第1話 可愛いヴィオ

「昨晩の舞踏会は、本当に最悪だったわ」


 シエナお姉さまは退屈そうに頬杖をついて、血色のいい唇を尖らせた。

 洗った苺を皿に盛り、お姉さまの前に置く。ピカピカに磨いたシルバーのフォークは、テーブルに置く前にひったくられて、乱暴に苺に突き刺された。


「何かお気に召さないことがあったのですか?」

「お気に召すも何もありはしないわ。年齢もうんと上のものばかり。小太りで、顔も頭も油まみれでテカテカ。地位だけしか誇るものもないくせに、偉そうに気取っちゃって」


 思い出しただけで恐ろしい、とその小さな口に苺が放り込まれる。


「そんな者にダンスを申し込まれるのよ。あー、やだやだ」

「それは……とても、大変でしたわね」


シエナお姉さまの、端麗な眉がぴくりと動く。宝石のようなグリーンの瞳がじろりと私を捉えるから、背筋が伸びた。ごくんと苺を飲み込んだ彼女は、フォークの先を私に向ける。


「舞踏会一つ出たことのないヴィオに一体何が分かるというの?」

「あ……ええ、そうね。私には、分からないわ」

「そうよ、あなたには分かりっこない世界なのよ。私の大変さも分からない」


 鼻を鳴らすように笑うお姉さまは、まだ寝間着で、ウェーブのかかった長いブラウンの髪には寝癖までついているというのに、美しさが崩れない。昨晩、新調した深紅のドレスに身を包んだお姉さまは、注目の的だったと容易く想像できる。王家の繁栄と共に栄えたこの街『マディラ』は都会で、お姉さまはその象徴のような人だ。春が訪れ、役目を終えた暖炉の上に飾られた鏡に映る私。着飾らなくても綺麗なお姉さまとは違う、地味な私がいる。とても同じ血が流れているとは思えない。薄汚れたエプロンがよく似合う私は、なぜこうも垢抜けないのか。今朝整えたばかりの髪は、いつの間にかボサボサになっていて、手でそれを撫で付けた。


「まぁ、私の本命は次の舞踏会だからいいのだけれど」

「次は……確か、王宮で行われる……」

「ええ。皇子さまとお近づきになれる、絶好の機会。皇子さまのお妃探しとも噂されているの」

「お姉さまならきっと、皇子さまの目に留まりますわ」

「そうかしら」


 ふふふ、とシエナお姉さまは長い睫毛を伏せるようにして笑う。ご機嫌そうな声に戻り、ホッと胸を撫で下ろす。


「ああ、そうだ。その舞踏会には、ヴィオ、あなたも一緒に行きましょうよ」

「えっ」

「私がお父さまに頼んであげるわ。ああ、ドレスがないことが気掛かり? 大丈夫よ。私のを貸してあげる」

「でも、いいのかしら……私なんかが、そんな素敵な場所に参加して、」

「いいに決まってるじゃない。きっといい経験ができるわよ」


 シエナお姉さまは私の手を取る。お姉さまの真っ白で長い指が、かさつく私の手の甲に触れた。


「楽しみね、可愛いヴィオ」


 優しく細められる瞳。その奥に、本当の慈しみがあると信じて、私は頷いた。

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