「昨晩の舞踏会は、本当に最悪だったわ」
シエナお姉さまは退屈そうに頬杖をついて、血色のいい唇を尖らせた。
洗った苺を皿に盛り、お姉さまの前に置く。ピカピカに磨いたシルバーのフォークは、テーブルに置く前にひったくられて、乱暴に苺に突き刺された。
「何かお気に召さないことがあったのですか?」
「お気に召すも何もありはしないわ。年齢もうんと上のものばかり。小太りで、顔も頭も油まみれでテカテカ。地位だけしか誇るものもないくせに、偉そうに気取っちゃって」
思い出しただけで恐ろしい、とその小さな口に苺が放り込まれる。
「そんな者にダンスを申し込まれるのよ。あー、やだやだ」
「それは……とても、大変でしたわね」
シエナお姉さまの、端麗な眉がぴくりと動く。宝石のようなグリーンの瞳がじろりと私を捉えるから、背筋が伸びた。ごくんと苺を飲み込んだ彼女は、フォークの先を私に向ける。
「舞踏会一つ出たことのないヴィオに一体何が分かるというの?」
「あ……ええ、そうね。私には、分からないわ」
「そうよ、あなたには分かりっこない世界なのよ。私の大変さも分からない」
鼻を鳴らすように笑うお姉さまは、まだ寝間着で、ウェーブのかかった長いブラウンの髪には寝癖までついているというのに、美しさが崩れない。昨晩、新調した深紅のドレスに身を包んだお姉さまは、注目の的だったと容易く想像できる。王家の繁栄と共に栄えたこの街『マディラ』は都会で、お姉さまはその象徴のような人だ。春が訪れ、役目を終えた暖炉の上に飾られた鏡に映る私。着飾らなくても綺麗なお姉さまとは違う、地味な私がいる。とても同じ血が流れているとは思えない。薄汚れたエプロンがよく似合う私は、なぜこうも垢抜けないのか。今朝整えたばかりの髪は、いつの間にかボサボサになっていて、手でそれを撫で付けた。
「まぁ、私の本命は次の舞踏会だからいいのだけれど」
「次は……確か、王宮で行われる……」
「ええ。皇子さまとお近づきになれる、絶好の機会。皇子さまのお妃探しとも噂されているの」
「お姉さまならきっと、皇子さまの目に留まりますわ」
「そうかしら」
ふふふ、とシエナお姉さまは長い睫毛を伏せるようにして笑う。ご機嫌そうな声に戻り、ホッと胸を撫で下ろす。
「ああ、そうだ。その舞踏会には、ヴィオ、あなたも一緒に行きましょうよ」
「えっ」
「私がお父さまに頼んであげるわ。ああ、ドレスがないことが気掛かり? 大丈夫よ。私のを貸してあげる」
「でも、いいのかしら……私なんかが、そんな素敵な場所に参加して、」
「いいに決まってるじゃない。きっといい経験ができるわよ」
シエナお姉さまは私の手を取る。お姉さまの真っ白で長い指が、かさつく私の手の甲に触れた。
「楽しみね、可愛いヴィオ」
優しく細められる瞳。その奥に、本当の慈しみがあると信じて、私は頷いた。