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TR-02 - The Kids are Alright [take 1]

 俺が暮らしている此処プラハに、レノン・ウォールという壁がある。ジョン・レノンの似顔絵やピースマーク、ビートルズの歌詞や平和を願う落書きでいっぱいなその壁のある広場には、いつも観光客など溢れんばかりの人がいる。


 今日もアルバイトの帰りに立ち寄ると、丸眼鏡をかけたジョンに似た風貌の男がアコースティックギターを抱えて〝Loveラヴ〟を弾き語りしていた。その周りには大勢の人々が輪をつくっている。金髪、亜麻色、栗色に、真っ直ぐな黒い髪と真っ黒な強い癖毛。何本もの細い三つ編みの先にカラフルな髪留めをつけている、可愛らしい少女もいた。白い肌を持つものも、自分のような褐色の肌も。きめ細やかな象牙色の肌も黒い瞳も、青い瞳も榛色はしばみいろも。この場所ではみんなジョンを想い、平和を願いながら音楽に聴き入っている。

 ここは俺にとってパワースポットのようなものだ――ここへ来ると、世の中棄てたものじゃない、希望は其処彼処そこかしこにあるのだという気分になる。まるで光が満ちるように、勇気と力が湧いてくるのだ。

 〝Love〟が終わり、続けて男が弾き始めたのは〝Stand By Meスタンド バイ ミー〟のイントロだった。この曲はジョンのオリジナルではなくリーバーアンドストーラーという伝説のソングライターコンビの作品で、ベン・E・キングのカバーだが、やはり人気があるらしくわっと周囲が沸いた。

 俺は初めのほうを少し聴いたあと、大合唱を始めた輪から離れ、広場を後にした。


 しばらく歩くと、妙に低い位置に窓が並ぶ建物が見えてくる。細めの路地へと入り、俺はだらだらと続く坂道を登る。連なる建物は坂道に呑みこまれるようにして、少しずつ埋もれていく。地面を這う位置にある窓はもう地下室の明かり採りにしか見えない。坂の中ほどで振り返る――遠目に眺めてみればわかるが、建物はそのままに舗道だけが後から高くされ、一階の半分が地下に沈んだようになっているのだ。聞いた話では、ヴルタヴァ川が氾濫したときの対策としてこうなったらしい。

 半地下に埋もれた空間の有効利用なのだろうか、この辺りと川向こうにはホスポダやライヴハウスが多い。やがて坂を上がりきった角に黄色い建物が見えてきた。俺はその角を曲がり、幅のわりには高さのない両開きの扉を開けた。

 途端に大きな音が漏れてきて、口許に自然と笑みが浮かぶ。

「よお。遅かったなドリュー」

「おつかれさん、先に始めてたぞ」

「ああ、ちょっと寄り道をしてた……遅くなってすまない」

 まるで隠れ家のようなその空間を覗くと仲間たちは楽器を演奏していた手を止め、一斉にこっちを向いた。



 小ぢんまりとした店の真ん中より少し奥のあたり、テーブルを取っ払って空けた場所にはユーリのドラムセット、その脇には俺のギターアンプと愛用しているストラトキャスターが置いてある。カウンターにはルネのターンテーブルとポータブルキーボードが並べられていて、その反対側の壁際にはまだ真新しいベースアンプとテディの――フェンダーを模しているがフェンダーではない、ヴィンテージでもないただ塗装が剥げているだけの――ジャズベース、そしてルカが使うマイクスタンドが立ててある。

 ユーリがバンドをやりたいと云ったとき、俺はすぐにこの場所のことを思いだした。ここは、この店舗付き住宅の主であるオルガばあさんの夫がやっていたホスポダの跡だそうだ。

 もともと細々とふたりでやっていた店は、夫に先立たれ独りになると料理人を雇ってまで続ける利益も気力もなく、ばあさんは独りで住むには広い家の二階部分を人に貸し、のんびりと暮らし始めたのだと聞いた。

 俺はその二階の、三部屋あるうちの一部屋を借りて住んでいる。ここなら練習場所に最適だと思いつき、早速尋ねてみるとばあさんは二つ返事で使っていいと云ってくれた。

 ユーリに報告し、ルネも呼んで、俺たちは嬉々として楽器などの機材を運びこんだ。そのとき顔をだしたばあさんに、俺とユーリはあらためて礼を云ったのだが――かえってきた言葉は、ちょっと想像と違っていた。


「なに云ってんだい。もちろんここも家賃は払ってもらうからね。ああ、置いてあるもんを動かすのはかまわないけど、壊したり傷つけたら弁償だからね。あと、使うんだからちゃんと掃除はしておくれね。ほら、見ておくれ、あの天井の隅。蜘蛛の巣が張ってるだろ、でもあたしゃあんなところに手は届かないからね。あんたら背が高いくらいしか取り柄ないんだから、なんとかしておくれ。そこの便所も使ってくれていいけど、掃除はちゃんとやるんだよ。紙なんかも自分で買っておくれ、あたしゃ補充なんかしないよ。厨房は入っちゃだめだよ、偶にあたしが使うからね。小便臭い手で触るんじゃないよ。火もだめだよ、バカな若いもんが火なんか使って火事になったら困る。まあ、煙草くらいは勘弁してやるけどね。それさえ守ってくれるんなら、あとはバンドでもチンドン屋でも好きにやんな。でかいヘタクソな音だして騒いでりゃあ、鼠が出ていってくれていいわい。餌やらなくていいぶん、猫よりましさね」


 そう。毎月家賃を遅らせたこともない俺は忘れていたのだが――ずっと独り気儘に暮らしているオルガばあさんは、凄まじく口が悪かった。





「ルネ!! いいかげんにおし! あんただろ、また階段に吸い殻棄てて! 火事になったらどうすんだい、それともあたしを焼き殺したいのかい!」

「うるせーばばあ!! ちゃんと火は消えてんだろ、火ぃつけようたってこんな湿気た家、そうそう燃えるもんか!」

「なんだってぇ!?」

 また始まった、と俺がカウンターに腰掛けているルネのほうを見やると、目を吊りあげたオルガばあさんが厨房の隅に立て掛けてあったほうきを手にするところだった。

 この不良坊主が! とばあさんは、その箒を逆さに掲げて攻撃態勢をとり、ルネの頭に振り下ろそうとする。

「わっ、なにしやがるばばあ!」

「ばあさん、ばあさん――」

 ルネがすばしっこくチェアから降りて避ける。俺は慌てて手にしていたギターを置き、ふたりの間に入って止めようとした。

 オルガばあさんの口の悪さにも困ったものだが、それに輪を掛けてルネの行儀の悪さには閉口していた。煙草の吸い殻は灰皿に、飲み終えた缶はせめてカウンターの上に、と俺とユーリが口を酸っぱくして何度云っても、ルネはまったく気にせず改めようとしなかった。ばあさんが怒るのも無理はない。しかも――

「箒が折れるよ。ばあさんの血圧も上がりそうだ、もうそのへんにしたほうが……」

「ばあさん、すまない。俺がきちんと云っておくから勘弁してやってくれ」

 俺とユーリがそんなふうに庇っているのに、ルネときたら――

「そうだそうだ! 頭の血管が切れてお陀仏したくなかったら、ガミガミ云うのはやめるこったな!」

 と、こうだ。俺とユーリは顔を見合わせ、揃って溜息をついた。

 ふんっ、と鼻を鳴らしつつ、オルガばあさんは箒を構えた手を降ろしはしたが、まだ云い足りないようだった。

「あんたたち、甘すぎるんじゃないのかい!? こんな不良坊主、もっとちゃんと根性たたき直してやらなきゃ、そのうちろくでもないことしでかすんだよ。へらへらと友達ごっこしてんじゃないよまったく。……ああそうだ、ところで、そんなヘタクソな音だして遊んでる暇があるんなら、ちょっと頼まれてくれないかい? 部屋のランプがガタついててね、倒れちまいそうなんだよ」

 天井に蜘蛛の巣が、ドアの建て付けが、バスルームに黴が……と、オルガばあさんは事あるごとに俺たちに用を言い付けた。

 大きな音をだすバンドの練習場所を格安で借りているので文句も云えず、そのたびに俺たちはばあさんの指示どおり、ちょっとした仕事をこなした。階段の掃除、窓拭き、家具の移動。たいていひとりかふたりいれば足りることばかりだった。

 今日はランプか、スタンド部分のネジでも緩んでいるのだろうか。どうやらひとりで充分そうだが――

「あ……じゃあ、今日は俺がやるよ。まだほとんど役に立ってないし……」

 殊勝な態度でそう云いながらテディが立ちあがると、ばあさんはなんともいえないがっかりとした顔をした。

「あんたかい? まあねえ……たぶんネジ締めくらいだとは思うんだけどね、なんだか不安だねえ……。あんた、ちゃんと食べてるかい? なんだい、その痩せっぽちな躰は。病気持ちじゃないだろうね、ぶっ倒れてランプの下敷きにならないでおくれよ?」

 黙ってそれを聞いていたルカが、やれやれといった様子で俺を見た。

 ルカはまだチェコ語を猛勉強中なのだが、もう聞き取るほうはほぼ問題ないそうだ。普段、この五人でいるときには英語で話しているが、ばあさんは英語を話さないのでチェコ語を使わなければならない。

 俺が目を少し伏せて、すまん、と声にはださずに伝えると、ルカはばあさんに向かって云った。

「じゃあ俺も一緒に手伝うよ。そのほうが早く終わるだろうしね。そのぶん、なにか他にもやることがあるなら云ってよ、オルガさん」

 ルカはばあさんのことをオルガさんと呼ぶ。明るく感じのいい好青年そのもののルカの言葉に、しかしばあさんの反応はこうだった。

「なんだって? 今のはなんだい、チェコ語かい? あたしゃまた馬が山羊の鳴き真似でもしてるのかと思ったよ」

 ルネがぷっと吹きだす。ユーリがそれを睨む。テディはひやひやとした表情でルカを見つめている。さすがに好青年たるルカもむっとした顔になり、俺は額に手を当てて顔を伏せた。だが。

「……俺も、テディと、一緒に、やります。そう云ったんだよ、オルガさん」

 ……ルカは偉い。よく堪らえたと俺は感心した。しかし、これでもばあさんの減らず口はとまらない。

「そりゃあまあいいけどね。それにしてもルカ、あんたはいつもそう感じが良すぎて、まるで詐欺師みたいだね。あたしゃあんたがそのうちその愛想のいいにこにこした顔で妙な紙きれ持ってきて、ここにサインしろとか云うんじゃないかってびくびくしてるよ」

 ルネはとうとう声をあげて笑いだした。それを睨んでいたユーリももう匙を投げたという様子でくるくるとドラムスティックを回し、外方を向いた。ルカはなにを云われてももう慣れたというように、ただ黙って視線を動かしている。テディも立ちあがったまま、どうしたらいいのかと途惑っているようだ。

 俺は、心の底から申し訳ない気持ちで、他に練習場所を探したほうがいいのだろうかと頭を抱えた。




       * * *




 ある日の午後。ルカとテディが来るのを待ちながら、俺とユーリとルネはいつもの場所で練習がてら好きな曲を演奏して遊んでいた。

 俺たちは多少のズレこそあるが、音楽の趣味はかなり似通っていると云える。ジミ・ヘンドリックスやクリームあたりを中心に、ユーリはそこからややハードロック寄り、俺はそれらよりも旧いロックンロールと、オールディーズのポップスやリズム&ブルース、ルネはグラムロックの有名どころを少しとハードロック、あとは最近のオルタナティヴメタルを好んで聴く。

 ユーリがルカとテディを連れてきて、初めて音楽の話をしたときはかなり驚いた――ルカとテディのふたりもレッドツェッペリンやクリームなど、六〇年代、七〇年代のロックが好きだと云ったからだ。ロックの歴史に名を残す名バンドばかりとはいえ、俺たちの世代でただ知っている、という程度ではなく普段から好んで聴くのがそのあたりという奴はめずらしい。

 そんな稀少な音楽仲間が、偶々五人も集結したのだ。俺は運命のようなものを感じ、きっとこのバンドは成功すると思った。

 とはいえ、肝心の演奏はまだまだだった。俺たち三人は共通して好きなディープパープルの〝Highway Starハイウェイ スター〟を、練習するともなく演奏していた。間奏部分まできて、ルネがジョン・ロードよろしくキーボードソロを弾いていたときのことだ。

 扉が開いて、ようやくルカとテディが顔を見せた。ルカはすぐにおっ、という表情になって、キーボードを弾いているルネを見た。ユーリはルカたちのほうを見はしたがリズムを刻む手足は止めず、俺たちはそのまま〝Highway Star〟の演奏を続けていた。が――

「ちょっと待った。ルネ、ちょっと替わろう」

 ルネの傍に近づいたルカがとんとんと肩を叩き、ルネが手を止めると横から手を伸ばした。

 ディープパープルの曲のなかでもベスト3に入るであろう名曲の名演部分である。ルネもはなからまともに弾けはしないとわかっていて遊び半分でやっていたので、別に邪魔されて怒ることもなくすぐルカに席を譲ったのだろう。しかし――

「うおっ!?」

「えっ――」

「……すごい」

 なんとルカは、ジョン・ロードのあの転がるように速いアルペジオを、難無く弾きこなしてみせたのだ。これには皆驚いた――テディは彼が弾けることを知っていたのか、楽しげに笑みを浮かべてそれを見つめている。

 おもしろくないのはルネだった。演奏が終わると、彼は拗ねた子供が自分はなにも傷ついてないよと主張しているような惚けた顔で、こう云った。

「……ふぅーん、オーケイ、いいよ。俺は鍵盤、降りた。キーボードはルカ、おまえが弾けよ」

 ……これだ。俺はユーリと視線を交わし、溜息をついた。たぶんルネは、もうキーボードに指一本触れることはないだろう。そういう奴だ。

「えっ、そんな、そんなつもりはないよ。俺は歌うだけで精一杯だし。子供の頃からピアノを習ってたってだけで、別にキーボードをやりたいわけでもないし」

 好きな曲だから弾きたかっただけだよ、と云うルカに、いや、それにしてもすごいなとユーリは感心していたが――ルネはビールを片手にふいと外へ出たっきり、その日はもう戻らなかった。





 そして、またある日の午後。

「ルネ!! またあんたかい! 裏にかじしのコラーチKoláčなんか放っぽいたのは! 蟻がたかってどこまでが芥子の実マークだかわかりゃしないよ!」

「きめえこと云うんじゃねえよばばあ!! マークが食えなくなっちまうだろうが! それにそりゃ悪気があったわけじゃねえよ、落としたとき暗くてみつけられなかったんだよ、しょうがねえだろ!」

 いつものようになにかやらかしたルネと、それに対して小言をくれるオルガばあさんの声にいったん演奏を中断する。ルネはやはりあれからキーボードにはまったく触れず、ギターを弾いてみたり、ターンテーブルを回して遊んだりしていた。が、俺たちがやるような曲でスクラッチやサンプリングなど、そもそも入るところがない。

 それを抜きにしても、どうもただなんとなく音をだしているだけで練習らしい感じにはなっていなかった。好きな曲を誰かが挙げる、適当にやってみる、うまくいかず中断し、曲を変える――その繰り返しで、演奏力の向上なんて欠片もない。……テディを除いては、だ。


 テディは初め、ヴォーカルとして誘われたルカについてきただけだったのだが、そのルカがこいつはギターが弾ける、こいつも一緒じゃないとバンドには入らないと云いだし、加入が決まった。だが本人は弾けるってほどじゃないと云ってギターをやりたがらず、そのくせベースがまだいないと知ると、じゃあ自分がやってもいいかと訊いてきた。

 空いているパートが埋まるのはありがたいのでユーリは二つ返事でOKしたが、あとからテディが実はベースにまったく触ったこともないと知って嘘だろ、とぼやいていた。ゼロから練習するような奴をバンドに入れるつもりなどなかったのに、と。

 しかし、彼は誰よりも熱心だった。左利きのテディは、ユーリがどこかから勝手に持ってきた古い右利き用のジャズベースをふつうに右利きの持ち方で抱え、ルネのラップトップで動画サイトにあがっているベースギターのお手本ビデオを視ながら、懸命に練習した。本人は謙遜していただけでギターが弾けるというのは本当らしく、左手の運指のほうはすぐに覚えたようだった。

 苦戦していたのは右手のほうだ――テディは初めのうちこそピックを使っていたが、途中から指弾きにこだわるようになったのだ。そしてほんの二週間ほどで彼はツーフィンガーピッキングをそれなりにものにし、一ヶ月くらい経った頃にはタッピングやスラッピングの練習に夢中になっていた。

 だんだん弾けるようになってきたなと皆が感心し始めた頃、ルカの助言でぼろぼろのフェンダーもどきを楽器屋にメンテナンスにだした。弦や一部の部品を交換し、ついでにベースアンプも新調すると格段に音が良くなり、思っていた以上に上達しているとわかって驚いた――本人も、俺たちもだ。

 そして、蓋を開けてみれば――テディは頗るリズム感が良く、ベースを任せるにうってつけの人材だった。


 ルネが臍を曲げてしまい空いてしまったキーボードのほうは、ルカは得意ではあるものの、歌いながら弾くのは難しい、フレディ・マーキュリーみたいに曲によってところどころ弾いたりするのはいいけれど、パートとして担当するのは無理だと云った。

 まあ、キーボードは必ずしもいないと困るというわけではないし、必要なところだけルカが弾くのならそれでいいかという話になったのだが――数日後、突然「来年の八月くらいに鍵盤弾きキーボーディストが来るかも」とルカが云い、またもやみんな驚いた。

 なんでも、ルカとテディがいたロンドンの学校の後輩が、自分たちがバンドを始めたと知ってぜひ自分も入りたい、キーボードがいないなら誰も入れずに自分が行くまで空けておいてくれ、と必死に頼んできたらしい。技量はルカと同程度というので、俺たちは半信半疑のままそれを了承した。……本当に来るんだろうか。


 話を戻すとしよう。そんな感じでテディは短期間でかなり弾けるようになったし、ルカはもともと良い声をしていて歌も巧い。ユーリは前にもバンドをやっていた経験があるし、俺は巧いかどうかはわからないが、何度も練習すれば大抵の曲はそれなりに弾ける。

 問題は、ちゃんと腰を据えて練習すればできるはずなのにやろうとしないルネと、どうも思うように捗らないバンドの練習方法自体だった。

 さて次は? という視線を交わしあい、ユーリが〝Sunshineサンシャイン of Your Loveオブ ユア ラヴ〟やろうぜ、と提案する。皆が好きなので、既に何度かやっている曲である――とはいえ、まだまだレパートリーと云えるほどの演奏はできていない。頷いて、俺はギターを弾き始めた。

 そして、ユーリが彼の尊敬するジンジャー・ベイカーよろしく水平にセッティングしたタムを叩きこむのを見やり、俺はやっとわかった気がした。

 ――ユーリもルカもテディも、みんな旧いロックが大好きだ。それもロックの黄金時代に燦然と輝く伝説的なバンドの、凄腕のミュージシャンの曲ばかりだ。

 そのあたりで趣味が合っているものだから、俺たちはついついいつもそういう、皆が好きな曲を演奏して練習しようとしていた――が、そんなことは無理なのだ。できるわけがなかったのだ。俺たちはジンジャー・ベイカーでもジョン・エントウィッスルでも、ジミ・ヘンドリックスでもない。昨日今日集まってボールを蹴り始めたような坊やどもが、ジネディーヌ・ジダンやフランチェスコ・トッティと戦えるわけがないではないか。そういうことだ。

 なら、どうしたらいいか――簡単なことだ。俺はその答えを知っていた。

「――ストップ。すまんユーリ、みんな。ちょっと聞いてくれ」

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