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陣内のアングリー・オーガが吼えると、その咆哮は燃えるような怒りの波動となり、周囲のモンスターたちを一瞬たじろがせた。
これは学校脱出の際には見られなかった技である。
三崎は血を流している城田を抱きかかえながら、「新しい技を使えるようになったのかな」などと思いながら、陣内へ視線を向ける。
陣内は頼りになる──が、それを込みで考えても油断は出来ない状況だ。
公園内部には、赤黒い蔦が縦横無尽にうごめいている。
まるでここへ誘い込む罠のようだと三崎は思った。
「へっ、礼なら後でいい。こっちはまだ忙しいんでな」
陣内は額の汗をぬぐうように髪を払いつつ、アングリー・オーガをけしかける。
すると鬼のようなその怪物は低く唸りながら、ずしりと地面を踏んで前へにじり寄った。
陣内が連れてきた双子が操るシニストラとデクストラ子が、互いの意思を肩の動きだけで読み取り、森のように鬱蒼と生い茂る変容樹を切り払っていく。
ブレイカー・ロックはその動きに続く形で、獣型のモンスターを蹴散らしていく。
一方で、城田と坂上は痛みと失血で身動きがままならない。
三崎は手持ちの札──スキルなど──で何とかならないか考えるが、少なくとも今は難しいと判断した。
「いまは放っておけ! すぐには死にはしねえよ! それより手を貸せ!」
陣内の言葉に三崎は頷き、その意思に呼応したかの様にゴブリン・キャスターが火花を周囲にまき散らす。
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自衛隊も周囲の掃討に尽力していた。
とはいえモンスターの湧きは次々と増しており、全滅させる見通しは立たない。
ただ、際限なく次から次へと湧いてくるわけではなく、一定の数を掃討すれば次の群れが現れるまで多少の時間はあるようだ。
──ウェーブ、ってやつかな
三崎はそんなことを思う。
ゲームにおいて、複数の敵が襲ってくることを「ウェーブ」と呼ぶことがある。
要するに第一波、第二波……というやつだ。
そして、三崎らと自衛隊の面々は第何ウェーブか分からない敵の襲撃を一旦は退け、多少の余裕を得る事ができた。
「隊長、やはりここは一度退避を──」
部下の自衛隊員が吉村に進言するが、吉村は唇を噛んで首を横に振る。
「任務は魔樹の破壊だ。南北ルートの連携が崩れたらどうなる? ……引き返せば北ルートも危ない」
「しかし……」
「くそっ、無線は電波妨害を受けないはずだが……あちらと繫がらないな」
吉村は無線機を握りしめ、歯ぎしりの音を立てる。
時間がないのは承知しているが、どうすることもできない苛立ちが募るばかりだ。
「あの二人、どうしたもんかねぇ」
英子が低く息をつきながら三崎に声をかける。
城田と坂上を放置すれば、見殺しにしてしまう可能性がある。
陣内はすぐには死なないと言ったが、時間が経てば危うい。
だが引き返しては得るものがないどころか、これまで費やしてきた準備がフイになってしまう。
何より、魔樹の破壊に時間をかけること自体が良くない。
魔樹が実らせる果実がモンスターを進化させてしまうからだ。
「……僕らには二つの選択肢しかない。合流を優先して負傷者の事を度外視するか、それとも退いて安全な場所を確保して二人を休ませるか……」
三崎が苦い面持ちでそう言いかけると、陣内が鼻で笑う。
「ったく。お前は妙に頭が固いな。両方やればいいだろ、おい!」
陣内が双子に声をかける。
。
「あの連中を運んでやれ。俺は三崎たちと公園の中心へ行く。お前らは医療施設なりどこなりに連れていってやれ」
「うん」
そう応じた双子の一人が騎士──シニストラに指示を出して坂上と城田を抱え上げる。
吉村はそんなやり取りを見届け、深く安堵の息をつく。
「助かる。隊員も何名かそっちに付ける。負傷者を守りながら撤退路を確保してほしい」
こうして、二手に分かれる段取りが決まった。
◆
城田と坂上、さらに負傷した隊員数名は施設へと搬送されることになる。
陣内、三崎、麗奈、英子、沙理、そして吉村を中心にした小隊が、改めて公園の中心へと足を進めた。
倒れた樹木と変異した蔓が邪魔をする道を抜け、枯れた噴水跡を回り込む。
道中、小競り合いは絶えない。
だが陣内が加わった事で火力任せに短期決戦で敵を圧倒していった。
「お前らだけでも結構やれんじゃねぇか。──つうか、三崎、ありゃあお前の妹だろ? いいのか? こんな所へ連れてきて」
陣内が尋ねると三崎は頷く。
「多分、家においてきたほうが心配でいてもたってもいられなかっただろうから。それに、あのまま引きこもっていても多分もっと良くない状況になったんじゃないかな」
「ああ、まあそれはそうか。俺もそう思う。誰がこんな事を始めたかは知らねえが、ゲーム感覚で次から次にやらかしてくるからな。魔樹を壊せってのも、あれだろ? ゲームでいうクエストみたいな奴だろ? 参加しないとペナルティを出してきそうだよな」
」
「だね、僕もそう思った。底意地の悪さみたいなものを感じるよ。っていうか、陣内もゲームとかするんだね」
「は? 俺がゲームするような顔に見えるかよ?」
陣内は鼻で笑うように言った。
「そこは顔とか関係ないと思うけど……意外だったって話だよ」
三崎が言うと、陣内は「ガキの頃にな」とぶっきらぼうに続ける。
「昔はちょっとだけハマってたんだよ。だけど、いまはこうして現実のほうがよっぽどゲームじみてるからな。皮肉なもんだ」
そう言う陣内の背後では、アングリー・オーガが警戒するように肩を上下させている。
「確かにそうだね。まるでゲームのクエストみたいに、『この街をクリアしろ』って言われてるような気がする」
三崎は視線を上げ、灰色の空を見つめた。
「僕たちは否応なく参加させられてる。麗奈も僕も、家にいたらじきに詰んでたかもしれないし」
「それじゃあ、今こうして私たちが揃ったのは、ある意味必然なのかも知れないですね」
そう口を挟んだのは沙理だった。
ルミナス・ソウルの淡い光が、彼女の手元でゆらゆらと揺れている。
「私だって、最初はこんな危険な所へ行くなんて思ってもみなかったのに……今は気づけば、こうしてみんなと一緒に魔樹を壊そうとしてるから」
「まあ、ともかく先に進むしかねえってことだろ」
陣内はアングリー・オーガの腕を軽く叩く。
そうして陣内は周囲を見渡した。
自信ありげな言葉とは裏腹に、陣内の目には濃い警戒の色が浮かんでいる。
そんな陣内を見ながら、三崎は──
──陣内はただ気が強いだけじゃなくて、実はちょっと憶病だったりするんだよね。そこが面白いんだけど
などと考えていた。
馬鹿にしているわけではなく、むしろ評価しているのだ。
「まあ、ちんたらやってたら追い詰められるだけだ。まだ他にも魔樹はあるんだろ?」
陣内が言うと、英子は「そうだね」と頷いてブレイカー・ロックを見やる。
麗奈はアーマード・ベアの頬を軽く撫で、「お兄ちゃん、行こうか」と小さく声をかける。
三崎はゴブリン・キャスターの杖先を確かめ、わずかに深呼吸した。
「うん……進もう。あんまり時間は残ってないはずだから。魔樹の果実をモンスターたちが食べ出したら目も当てられないよ」
会話を聞いていた吉村らも頷き──
「よし、このまま突破して、中心部で北ルートのチームと合流しよう」