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第72話「陣内」

 ◆


 三崎は瞬時に頭の中に一本の線を引いた。


 その線は“何をどこまで許容して頑張るか”を意味する線だ。


 まず優先順位は麗奈と自分自身。


 軽傷までは許容する。


 しかしそれ以上は許容できない。


 死亡なんてもってのほかだし、後遺症が残りそうな重傷もアウトだ。


 最悪、麗奈以外の全員を見捨てて逃げ出すという選択肢もアリだった。


 ──とはいえ、まだ何とか出来そうだけど


 三崎は思念でゴブリン・キャスターに包囲の弱い部分──つまり、レア度やレベルが低いモンスターがいる囲いを“火花”で恋撃しろと命じる。


 どこまでも冷静な三崎だが──転がる城田と坂上を見ながら、一瞬だけ立ち止まった。


 その姿は酷い有様だったが、まだ呼吸はある。


 そして、彼らの召喚モンスターも光の粒子へと還ってはいない。


 ──『まだ戦力になるかもしれない。どうする』


 頭の中で声が告げる。


 何の感情も感じさせない平坦な声だ。


 純粋な情だけではなく、三崎はごく自然に全体の生存率を上げるためにも救出の意義があるかどうかを量っていた。


 ──『連中は見捨てろ』


 と促す別の声が脳裏に木霊する。


 三崎は唇を噛み、思考の天秤を何度も揺らしていた。


 ──助ければ、負傷者を抱え込みさらに危険が増す。


 ──でもうまくすれば、彼らのモンスターがまた戦列に加わる可能性もある


 この隙にも周囲のモンスターが吠え声を上げている。


 ──『やれるうちに救うんだ。仲間を見捨てるな』


 そう訴える自分がいる。


 だが、もう一方で冷たい声が聞こえる。


 ──『潔く諦めろ。麗奈を連れて撤退しろ』


 反論するように、三崎は荒い呼吸を整えながら踏みとどまった。


 ここで見捨ててしまえば、自分の中の何かが決定的に変質してしまう──そんな予感があったのだ。


 ゴブリン・キャスターに火花の準備を命じる。


 限界ぎりぎりの状況であった。


「吉村さん! どうするんだい!」


 英子が叫び、ブレイカー・ロックを暴れさせる。


 鈍重だが一撃の威力は強力で、モンスターを一時的にせよ遠ざける事に成功してはいた。


 しかしモンスターが増援を呼び、森のような変容樹の奥から続々と湧いてくる。


 城田と坂上まであと数メートル。


 麗奈のアーマード・ベアを先行させても、十分な時間を稼げるかは微妙だった。


 ──『ここが限界だ。もう見捨てるべきだ』


 冷たい声が最後通告のように囁く。


 ──いや、諦めたら取り返しがつかない


 そう思い、必死に粘るが敵の囲いは厚くなるばかりだ。


 ゴブリン・ジェネラルを出す事も考えたが、三崎はゴブリン・ジェネラルが何を出来るのか、何を苦手とするのかがよく分かっている。


 護る戦いをゴブリン・ジェネラルは決定的に苦手としている。


 ──“増幅”を使って、全員で逃げるしかない


 三崎はそう決めた。


 もちろんそうしたからといって逃げられるかといえば分からない。


 魔石の消耗は痛いが、死んだり、仲間を見捨てた罪悪感に苛まされるよりはマシだ。


 ただ、作戦は失敗だろう……


「よし、キャスター。増幅を──」


 そう呟きかけた瞬間、正面の樹木が音を立てて崩れ、モンスターの陣形が一気に乱れた。


「おいおい、こんなに苦戦してんのか?」


 聞いた事がある声が響く。


 霧の中から躍り出たのは、短く刈った髪と鋭い目つきが特徴的な男。


 陣内 竜二──その背後には、巨大な鬼のようなモンスターが控えている。


 ──『レア度5/剛腕を振るうアングリー・オーガ/レベル2』。


 その隣には、全身鎧をまとった二体の人型モンスターが続いていた。


 召喚者はそっくりの──双子だろうか? ──男女で、まだ若い。


 ──『レア度4/剣王麾下の左騎士 シニストラ/レベル1』


 ──『レア度4/剣王麾下の右騎士 デクストラ/レベル1』


 共にレア度4の強力なモンスターだ。


「久しぶりじゃねえか三崎。お前が焦っている面は中々見物だぜ」


「陣内!」


 にやりと嗤う陣内は、いかにも悪童面といった風情だ。


 陣内のアングリー・オーガが一喝すると、周囲のモンスターがたじろいだ。


 シニストラとデクストラは左右に走り込み、鋭い剣捌きで群がる敵を薙ぎ払う。


 獣の唸りや金属が砕ける音が血臭混じりの空気を震わせた。


「助かった……」


 思わずそう漏らした三崎の腕の中で、城田が意識を取り戻しつつある。


 坂上も何とか英子の支えで立ち上がっている。


「学校から出るとき、こいつらみたいなのがいなくて良かったよなァ三崎」


 陣内は笑みを浮かべながらも、二人の怪我を素早くチェックする。


「死にはしねぇな。おう、こいつらは下げとけよ、足手まといはごめんだ。それと俺らだけでどうにかなるもんじゃねえ。三崎もあのでかいのを出せよ」


 三崎は心の奥にあった張り詰めた糸が切れる感覚を味わい、肩の力を抜いた。


 もう見捨てると決めかけた矢先の援軍。


 胃の底がじわりと熱くなる。


「……ありがとう」


 そう呟いた三崎の胸中では、冷徹な声が一旦かき消されるように遠ざかっていった。


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