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三崎たちは公園の外縁部から先へ進んでいた。
荒れ果てた街の区画から公園内部へと入るにつれ、赤黒いツタや不気味な植物の変容がいよいよ目立ち始める。
車両の残骸やひしゃげた鉄柵が変容した植物に取り込まれ、植物と金属の融合体の様なサマを見せていた。
生命に対する冒涜のような姿に、三崎らは顔を顰める。
「私、この前読んだホラーで似たような話を見たことあるんだよね」
何とはなしに麗奈がそんなことを言うと、三崎もそれに応じた。
「ああ、山田 洋二の新作?」
「うんうん」
「あれってホラーっていうよりはSFだよね」
細胞レベルで金属と植物を“完全に融合”させるのは現状の科学技術ではほぼ不可能に近い。
それを可能にした──というのが、三崎と麗奈の話している本の内容である。
「なんだか何が現実で何が空想なのかよくわからなくなってくるよ」
三崎はそう答えながら、ゴブリン・キャスターを呼び出して周囲の警戒を続けた。
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「いやあ、ほとんど抵抗がないな」
城田も警戒に当たってはいるのだが、気楽な口調で言う。
普段ならモンスターが飛び出してきそうな場所だが、霧の加減か、あるいは北ルートへモンスターが集まりすぎているのか、南ルートの進行は思ったより順調だ。
「このまま行けちゃうんじゃないか?」
そう答えるのは坂上という若い覚醒者の青年だ。
『レア度2/葉隠れのキバザル/レベル1』という、細身の猿の召喚者である。
「油断はしない方がいいよ」
緩みを見せる城田と坂上に、英子が注意を促した。
「分かってるって」
「モンスターが出てきたらちゃんと対応しますよ」
城田と坂上が揃って言う。
英子は「だといいけどね」と懸念を隠そうともせずに答える。
やがて、一行は公園のフェンスが大きく湾曲した場所へ出る。
その先に広がる敷地内は、既に赤黒い植物が支配していた。
幹がひび割れ、そこから赤い液のようなものが滲んでいる樹もある。
「魔樹そのものじゃないと思うけど──……」
麗奈が息を飲む。
横に立った吉村が言う。
「放置して良いものじゃないな。変容した植物はある意味でモンスターより脅威だ。我々の調べでは、モンスターを呼び寄せるある種のフェロモンを発している可能性もある。だから少なくとも進行ルート上の“これ”は排除していかなくてはならない。モンスターが現れる可能性もある。しっかりと緊張を保ってくれ」
吉村の言葉に、三崎たちは頷く。
ただ、その反応はそれぞれ異なっていた。
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城田と坂上は吉村の言葉を聞いても、その表情にはどこか気楽さが残っていた。
一方、三崎や麗奈、沙理らの目には緊張の色が宿る。
「どうせ今まで倒したモンスターと同じようなもんでしょ。俺のドールが返り討ちにしてやるよ」
城田の言葉に坂上も同調するように頷いた。
「そうそう、キバザルだってあんなゾンビとか虫とかには負けないぜ」
そんな二人に三崎は危ういものを感じる。
三崎はこれまで、死と隣り合わせの戦いをくぐり抜けてきた。
シムルグ、ブレイズ・ビートルとの激闘。
松浦隊長の死、山本の犠牲。
それらを目の当たりにしてきた者と、そうでない者との間には埋めがたい溝があった。
「あんたらは……これまでどんなモンスターと戦ってきたの?」
見かねたように英子が問うと、城田は得意げに胸を張る。
「いや、結構やったぜ。コウモリみたいなのとか、デカい蟻とか、まあ色々」
「俺もね」
坂上も続けて自慢げに話す。
だがその言葉の端々に、三崎は何かが欠けているのを感じた。
本当の恐怖を知らない者特有の、軽さだった。
沙理が三崎と目を合わせ、小さく首を振る。
彼女もまた、似たようなことを考えているのだろう。
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赤黒い木々の根を慎重にかき分けながら、一行は公園の奥へ分け入っていった。
枝葉からは腐敗臭とも薬品臭ともつかない嫌な空気が漏れ、折れ曲がった枝が触手のようにうねる。
その一角で、一際大きく変容した樹を見つける。
「見た目はさっきのよりやばそうだね」
英子が顔をしかめる。
彼女のブレイカー・ロックが大きく拳を振り上げ、幹を思い切り叩くと、重々しい音を立てて樹皮が裂けた。
しかしその樹皮の先がまるで刃物の様にブレイカー・ロックの腕へと食い込む。
変容した植物には自衛能力のようなものもあるため、召喚モンスターといえど無傷では居られない。
そこを現代兵器で──と出来れば楽なのだが、どういう理屈かは誰にも分らないが、変容した植物を火器のみで破壊するというのは困難なのだ。
だが一切傷つけられないわけではない。
露出した内部へ自衛隊員が爆薬を仕込んでいき──起爆。
「……おおっ」
自衛隊員の一人が声をあげる。
変容した樹木は半ばからへし折られ、光の粒子へと変わっていく。
後には白い石──魔石が遺された。
──魔石に変わるっていうことは、モンスターとして判定されているってことなのかな?
三崎はそんなことを思う。
ただの気味の悪い植物ではなくモンスターだということなら、これは脅威度が数段上がる。
が、脅威とは捉えない者たちもいた。
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「おい、魔石だ! 収穫だな!」
城田は目を輝かせながら、変容した樹木が崩れ落ちた場所へと駆け寄った。
「おーい、勝手に動くな!」
吉村の声が響いたが、城田は聞く耳を持たない。
彼は白く光る魔石を手に取り、嬉しそうに掲げた。
「見ろよ、けっこう大きいぞ!」
その声に呼応するように、坂上も興奮した様子で前に出る。
「俺も欲しいな。この先もっとあるんじゃね?」
吉村は厳しい表情で二人を睨みつけた。
「おい、命令は集団行動だろう! 勝手に動くな、危険だ!」
しかし二人はその警告を真剣に受け止めていない。
城田は肩をすくめて、ヘイト・ドールを手招きした。
「大丈夫だって! こいつがいれば何とかなるよ」
坂上も同調する。
「そうそう。ここまで来て何の抵抗もないんだから、きっとこの先も余裕でしょ」
そう言いながら、二人は周囲を見回すこともなく、次の生い茂った植物の方へ足を向けた。
「待て! 連携を崩すな!」
吉村の声が再び響くが、既に二人は公園の奥へ姿を消してしまった。
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「……強引にでも止めたほうがよかったかな?」
三崎が麗奈にたずねると──
「どうだろうね、ああいうのって痛い目に遭わないと分からないと思うよ。それにあっちだって覚醒者なんだから、変に険悪になって同士討ちなんて事になる可能性も……」
麗奈の言葉に三崎を始め、他の者たちも同意を示す。
「覚醒者ってのもいいやつばかりじゃないからねぇ……力が手に入ったからっていって暴れる奴もいるし」
英子が実体験を思い出すかのように言うと、吉村も苦り切った表情を浮かべる。
「確かに……そういう覚醒者も少数ながらいる、というのは本部から聞いている……」
そうなのだ、覚醒者同士で仲たがいというのが一番不味い。
ましてやこの状況ならなおさらである。
「少し痛い目に遭って、少し怖い思いをして。それで心を入れ替えてくれるなら良いんですけど」
沙理が、“決してはそうはならないだろう”という様な声色でぽつりと言った。