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第44話 陸上自衛隊⓷

 ◆


「……魔樹か。確証はないにせよ、それも目標の一つと考えても良さそうだな」


 松浦は唸る様な声を漏らし、ポケットから小さなメモ帳を取り出して何事かを書き留め始める。


 遠くでは部下たちが手際よく警戒線を張り、幾台もの車両が路肩に寄せられていた。


 行き場を失った人々が頼るように寄ってきてはいるが、それらの保護や誘導にお当たる余裕が自衛隊にもどれだけあるのかは怪しい状況だ。


「実際に何が起こっているのか、こっちにも情報が少なすぎる。だが結界が出現してヘリがぶつかって墜落した以上、何とか突破口を見出さなければならん。──そこで、君たちに協力を要請したい」


「協力……ですか?」


 三崎は眉を寄せながら、松浦を見つめ返す。


 そもそも自衛隊と覚醒者である自分たちとでは目指すものが若干違う。


 こちらは渋谷の避難所へ行きたいだけだ。


 だが、結界により中野区が隔離されているなら、回り道をするにしても別の道がどこまで安全か分からない。


 下手をすると区境付近にも同じような壁が広がり始めているかもしれないのだ。


「私たちも先へ進むために、結界をどうにかしなきゃいけないってことですよね」


 麗奈がぽつりと口にする。


 松浦は頷き、「ああ」と短く答えた。


「とりあえずは結界だ。魔樹とやらは平行して探す。だが結果を壊せるならそれに越したことはない。まずはどんな攻撃が通るのか試してみなければ。こちらも可能な範囲で火器を使用する。戦車も手配中だ。そして君たちが呼び出せるモンスターは、さっき話を聞く限り相当に戦力になるようだからな」


 松浦は一拍置いてから続けた。


「自衛隊単独では情報が足りない。覚醒者である君たちの手も必要だ。頼む」


「分かりました。……やるだけやってみます。ただ、もし僕たちが危険な状況に陥れば──」


「構わない。自分の命を最優先に考えてくれ」


 こうして三崎と麗奈は自衛隊の一隊と合流して結界へ改めて向かうこととなった。


 周囲では霧がまだらに漂い、時折モンスターの姿がちらつく。


 とはいえ、先ほどまでの嵐のような攻撃は一時的にやんでおり、比較的静かな空気が広がっていた。


 部隊は山手通り沿いに進み、やがて新宿区との境界近くに差し掛かる。


 そこで先行していた自衛隊員たちが手招きをしているのが見えた。


 その横にはいかにも堅固な戦車が停車しており、その砲口が何もない空間──いや、例の“壁”があるはずの宙を睨んでいる。


「報告します。すでに数回、砲撃を試みましたがどれも通用しません。着弾と同時に弾が消失するような感触で、破壊の兆候は見られません。通常の弾丸もダメ、榴弾もダメ。近接して切り込もうにも、何か弾かれるような力が働いて近づけないんです」


「そうか……」


 松浦は苦渋の表情を浮かべたまま、三崎たちを振り返る。


「どうだ。試してみるか?」


「はい。……ゴブリン・キャスターに攻撃させてみます」


 三崎は深呼吸をしてからゴブリン・キャスターを見遣った。


 ゴブリン・キャスターは黄ばんだ歯をむき出しにしながら、「ヒッヒッヒ」と含み笑いを漏らす。


「向こうに“火花”を撃ってみてくれる?」


 三崎が思念を飛ばすと、ゴブリン・キャスターは懐から小袋を出し、黒い粉をその場に振りまいた。


 そして杖を掲げると、黒い粉が意思をもったかのように結界があるらしき場所へと向かうがしかし──壁に到達しようとした瞬間、何かに飲み込まれるようにして霧散する。


 粉は炸裂する間もなく消失し、痕跡すら残らない。


「やっぱり……装甲車の砲撃と同じですね」


「アーマード・ベアは……ちょっと危険ですよね?」


 麗奈が松浦に目をやる。


 万が一、アーマード・ベアが消滅したら。


 それは三崎たちにとって痛手どころか、丸腰にされる事態に等しい。


 松浦も「そうだな……」と同意している。


「となると、こちらで準備している戦車砲を当ててみるくらいしか手段はないということか。よし、二、三発だけ試してみろ。周辺警戒を厳重にしろよ」


 周囲に散開していた兵士たちが一斉に動き出し、装甲車の射線上を整理し始める。


 遠くから戦車らしき重厚な車両がゆっくりと進んでくるのが見え、地面が低く振動している。


「これほどの装備を都市部で運用するのは異例中の異例だな……」


 松浦の独り言が、今の事態の深刻さを物語っていた。


 しかし結界をどうにかしない限り、この先どれだけ部隊や民間人を動かしても安全は保証されない。


 三崎としても、もし渋谷への別ルートが全滅していたなら結局は足止めを食らうほかないのだ。


 戦車がゆっくりと砲口を結界の方向へ向ける。


「撃ち方用意……!」


 凍りついたような空気を断ち切るように、隊員の号令が飛ぶ。


 次の瞬間、凄まじい轟音とともに戦車砲が火を噴いた。

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