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その後、トラックの列は廃墟と化した街並みを縫うように走り続けていた。
左右の建物は軒並み壁がえぐられ、砕けたコンクリートとガラス片が路上に散らばっている。
ときおり奥まった路地にモンスターらしき影が見え隠れするが、そのどれもがこちらに近づいてくる様子はなかった。
隊列の先頭を行くトラックの荷台に乗せられた三崎と麗奈は、若い自衛隊員との会話を続けている。
幌越しに吹き込む外気は粉塵と煤煙を含んでいて、鼻を刺すような刺激臭が漂っていた。
「……こんな惨状になる前に、もっと手立てがあったんじゃないかって思ってしまいますよね」
自衛隊員が低い声で呟く。
先ほどまで軽い雰囲気を漂わせていた若い自衛隊員だが、今は憂いを帯びた目で外の光景を眺めている。
周囲を見渡せば半ば崩壊したビルや放置された車両が延々と続き、三崎は思わず黙り込んだ。
明日の命も保証されていないというのは別にこんな状況に限った話ではないが、それでも三崎はこれまで自分がどれほど平和な世界で暮らせていたのかを痛感する。
車列は広めの交差点を右折し、再び山手通りの大きな路面へと合流する。
そのとき、トラックの後部に取り付けられた無線機から緊張をはらんだ声が響いた。
「こちら第四車両、前方からの爆音を確認! ヘリだ……攻撃ヘリが……急に、衝突!? 墜落するぞッ!」
途端に隊列全体が大きくブレーキを踏んだ。
三崎や麗奈は荷台の鉄枠につかまって、放り出されないように踏ん張る。
駆動音が低く唸りを上げるなか、自衛隊員の表情が一気に険しくなっていった。
「ヘリが撃墜……だと?」
指揮官である松浦がトラックの助手席から飛び降り、
後方車両へ向けて何事かを指示している。
三崎も荷台から身を乗り出し、遠方に視線を向けてみるが、建物の向こうにわずかに火の手が上がっているのが見えるだけで詳細は分からない。
「ヘリは今この地域で唯一、索敵と機動攻撃が可能な戦力でした。それが落とされたとなると、よほど強力なモンスターが潜んでいるか……あるいは、別の要因があるのか」
隊員の声は震えている。
「……各車両、無線を保持したまま安全なルートを模索しろ! 上空からの支援は当分見込めない。生存者はまだいるはずだが……」
指揮官の松浦が喉を詰まらせるように言った。
──何かに攻撃された、と考えるのが普通なのかもしれないけど
三崎は先ほど聞こえてきた声で、ふと思う所があった。
衝突?
何に?
ビルか何かだろう。
操縦ミスか何かでビルに衝突をした──それは筋が通ってはいる。
「ぶつかった……ビルに、ビル……。そんなミスするのかな」
こういう状況だからこそパイロットも注意して操縦しているだろう。
だのにビルに衝突というのは余りに凡ミスに思えてしまう。
そのときふと、頭の中に "あの声" が過ぎった。
──『覚醒者よ、魔樹を壊せ。これより3600粒もの砂が零れ落ちた時、ナカノとよばれる地は切り離されるだろう。その他の地もそれに続く。もう一度告げる。覚醒者よ、生き残りたければ魔樹を破壊せよ』
「切り離される……?」
三崎の脳裏で、謎の声が告げた言葉が反芻される──「ナカノとよばれる地は切り離される」。それが何を意味するのかは分かっていなかったが、今ここでヘリコプターが「不可視の壁」に衝突して墜落したという事実が、その不穏な予言を嫌でも思い起こさせる。
「……もしかして、これって結界か何か……? ちょっとゲーム的過ぎる考えかな……。いや、でももう今の状況がまるでゲームか映画みたいなものだし」
三崎は荷台から前方を凝視したまま呟き、指揮官の松浦に声をかけようとする。
だが、松浦自身も無線機でやり取りをしながら混乱のただ中にあるようで、視線は鋭く前方のビル群を睨んだままだ。
「こちら東南ルートの第三車両! 中野新宿の区境付近に何かおかしな壁がある! 何を撃ち込んでも弾かれてしまう!」
やはり結界めいたものが出現している──そう結論づける他なかった。
自衛隊の面々は皆緊迫した面持ちで武器を携え、可能な限り壁を突破する手段を探らんと動き始める。
松浦は三崎と麗奈を振り返って言った。
「君たちは何か知らないか? 思い当たる事なら何でもいい。今は少しでも情報が欲しい」
どう話せばいいのか──あの、脳内に直接響いた「声」のことをそっくり伝えるべきなのか。
いつの間にか銀座にいたことも、 "あの石碑" のことも話すべきだろうか?
もし受け入れてもらえなければ、ただの妄想扱いになるかもしれない。
けれど、いまは少しでも手がかりを共有したほうが良いのだろう。
そう考えた三崎は、ちらりと麗奈に視線をやってから口を開いた。
「実は……変な "声" を聞いたんです。僕だけじゃなく、麗奈……妹も。『ナカノと呼ばれる地は切り離される』とか、『魔樹を壊せ』とか」
そう言って三崎はあの石碑から聞こえてきた事を松浦に話す。
松浦は思わず眉を上げた。
隣に立っている若い自衛隊員は「声、ですか……?」と困惑の色を浮かべている。
三崎はそんな彼らの様子をうかがいつつ、衝突したヘリコプターのことと結びつけるように話を続ける。
「どうやら "壁" というか……不可視の結界みたいなものが発生してるんじゃないかと思うんです。それで、中野区全体が隔離されてしまうかもしれないっていう話を、その "声" から聞かされて……。他の地も、と言っていたので、新宿だけじゃないかもしれません。──本当かどうかは分かりません。けど、今の状況を見ると……信じざるを得ないのかなって」
「なるほど、結界か……」
松浦は下唇を噛みしめながら、ヘリの墜落地点へと鋭い視線を投げる。
無線での報告は「何かにぶつかった」「攻撃を受けた形跡はない」というものだった。
そこに「切り離される」という言葉。
──まるでゲームだな
そんな事を思う松浦ではあるが、こんな状況である以上は信じるべき周辺地域も同様に隔離される危険があると考えるのが自然だろう。
「指揮官──」
別の隊員が声を上げる。
「報告が上がりました。新宿方面へのルートを試し撃ちしたら、やはり弾が壁のようなもので弾かれたそうです。かなり広い範囲で展開しているらしく、我々の装備では破れそうにありません。いまのところ攻撃しても無駄撃ちになるばかりで……」
「そうか。生き残った市民がそこに閉じ込められている可能性もあるが、突破の手段がない以上……仕方ない。いったんここで態勢を立て直すぞ」
松浦はそう結論づけると、トラック隊列を路肩に寄せて停止させ、部隊を小休止させることにした。
もっとも、周囲にはまだ薄っすらと霧が漂い、モンスターが現れる危険も拭えないため、警戒は続けたままだ。
大半の隊員たちは銃を手に周囲を警備しながら、ひっきりなしに無線でやり取りを続けている。
その合間、松浦は再び三崎たちに向き直る。
「声の言う『魔樹を壊せ』というのは……何か心当たりあるか? 見たことがあるのか?」
三崎は頷き、山本の家で見た奇妙な樹木の事を話した。
「あれが魔樹だという保証はないですけど……」
三崎がそう付け加えると、松浦は顎に指を当て何事かを思案する。