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第42話 陸上自衛隊

 ◆


 山手通りを南下する道は、かつては都内でも有数の交通量を誇っていた。


 だが今、その広い車道にひしめくのは砕け散ったコンクリート片やひしゃげた看板、そして血の跡と人の死骸ばかりだった。


 モンスターの死骸がないのは、モンスターは死ねば魔石を残して光の粒子となってしまうからだろう。


 三崎と麗奈は歩く速度を落とし、常に警戒を怠らないようにして進む。


 空気には硝煙が混ざり、どこか焼けたような臭いが鼻をつく。


 おそらく先の自衛隊の攻撃が残した痕跡だろう。


「……まだ出てくるかもしれないね、モンスター」


 麗奈が落ち着かない調子で呟くと、アーマード・ベアが低く唸り、まるで「任せておけ」と言わんばかりに胸を張る。


 その背後ではゴブリン・キャスターの老人が、杖をつえ代わりにつきながらちょこちょこと足早に付いてきている。


「霧が大分薄くなっているから、多分数も減っているとおもうけど……。まあでも霧があるって時点で、どこかにいるんだろうね」


 三崎の言葉に麗奈は小さく頷いた。


 二人と二体は静かに周囲を窺いながら前進を続ける。


 すると、はるか前方の曲がり角の向こうで、大きなエンジン音が聞こえた。


 トラックらしき車が数台、隊列を組んでこちらに向かってくるような……。


「車だ……! 動いてる車、ひさしぶりに見た」


 麗奈が少し興奮気味にそう言う。


 見れば迷彩色の頑丈な車体をした軍用トラックのようだ。


 荷台に幌がついているところから、自衛隊の輸送車両かもしれない。


 ごうごうというエンジン音が近づいてきたかと思うと、トラックは急ブレーキをかけるようにして二人の前方で止まった。


 運転席から迷彩服姿の男性が身を乗り出し、周囲の警戒を怠らぬまま声を張り上げる。


「そこの二人! 大丈夫か!? 怪我はないか!」


 トラックの後方にも同じような車両が二台ほど続いていて、いずれも隊列を組んでいる。どうやら巡回の真っ最中らしい。


 麗奈はアーマード・ベアとゴブリン・キャスターをどう説明したものかと戸惑い顔だったが、三崎はすぐに状況を察してアーマード・ベアに「大丈夫、落ち着いて」と声をかける。


 幸いアーマード・ベアは大人しく背を丸め、敵意のない動きでこちらを見ている。


 ゴブリン・キャスターも杖を両手で持ったまま、特に攻撃のそぶりは見せない。


「怪我はありません。避難所を目指して歩いていました」


 三崎が答えると、隊列の先頭にいたらしい指揮官風の男がトラックの荷台から飛び降りてきた。


 ざっと三十代後半くらいの精悍な面差しで、迷彩服の胸には「松浦」という名札が縫い付けられている。


「……君たちは覚醒者か」


 松浦はアーマード・ベアとゴブリン・キャスターを見て言う。


「はい。僕たちを守ってくれています」


 自衛隊にも覚醒者の情報は共有されているのだろう、松浦の視線に含むようなものはない。


 互いの沈黙が数秒続く。やがて松浦は口を開いた。


「悪いがモンスターはひっこめてくれ、他の市民もいるのでね。混乱を招いてしまう」


 三崎は何度もうんうんと頷き、アーマード・ベアとゴブリン・キャスターに「またあとでね」と話しかける。


 アーマード・ベアはゴロゴロと喉を鳴らすような音を立て、ゴブリン・キャスターの老人はヒッヒッと笑いを漏らした。特に異論はなさそうだ。


「我々は他にも生き残った市民を探している。同時に周辺地域を巡回し、モンスターが居ればそれを排除するつもりだ。場合によっては大規模な攻撃も行われる。君は他に生き残った人たちを見ていないか?」


 三崎が件の集団の事を話すと松浦は頷き、「情報提供感謝する」と言って、部下たちに何事かを指示していた。


 ・

 ・

 ・


「よし、じゃあ君たちは中野の避難所へと送り届けよう」


 松浦の言葉に、三崎は首を振る。


「途中までで大丈夫です。実は渋谷の避難所へ向かいたくって。多分、そっちに友人がいると思うんです」


 三崎の言葉に松浦は眉を顰める。


「渋谷……? ふむ、そうか……だがあいにく、君たちを渋谷まで送り届ける事はできないが……。あくまでも直近の避難所へしか送れないんだ」


「それはそれで構いません。中野の避難所で物資を補充して、その後渋谷に向かおうと思っています」


「そう言う事なら構わない。だが物資は魔石との交換になるが──」


 三崎はポケットから幾つかの魔石を取り出して松浦に見せた。


「問題なさそうだな。良し分かった、トラックに乗ってくれ」


 ◆


 こうして三崎と麗奈は、自衛隊のトラック荷台に乗せてもらうこととなった。


 荷台には同じように保護された市民らが数名乗っているが、皆怯えきっている。


 無理もないだろう。


 そうして無言のまま道中を進んでいると、隣の席で警護をしているらしい若い自衛隊員が興味深そうに話しかけてきた。


「覚醒者はうちの隊にもいるんですけどね、みんな呼べるモンスターが違うって言うのは興味深いなって思いますよ。あれってどういう基準で決まってるんでしょうかねえ」


「僕らが聞きたいくらいですよ。学校が襲われて、友達が死んで……気づいたらモンスターが呼べるようになっただけです。みんなが呼べてたらまた違ってたと思うんですが……」


 三崎が苦い顔で応えると、自衛隊員は声を落とすようにして言った。


「その辺の情報公開も急いでほしいですよねぇ。何が起きてるのか、どこまで広がってるのか、上の人からの指示が少なくて。生き残った市民がいれば拾って、避難所へ送り届けろって言われているだけで他には何も知らないんですよ」


 三崎は何だか口が軽い人だなとおもいつつも、少しでも情報を得られればと思い会話を続ける。


「……モンスターへの攻撃の範囲をさらに広げる予定って聞きましたけど」


 麗奈が不安げに問いかけると、若い自衛隊員は苦渋の表情を浮かべる。


「そうですね。数が多すぎる場合、街ごと吹き飛ばすような命令が下る可能性だってあります。現に、何箇所かはもう制圧を諦めてるらしいんです」


 その言葉を聞き、三崎と麗奈は顔を見合わせる。


「いずれにせよ、今は市民の安全を確保するのが最優先って上の人間に言われてるんで、こうして巡回してるんです。どこまで効果があるのか正直わかりませんけどね」


 そう言って、自衛隊員は苦笑交じりに肩をすくめた。


 トラックは前後の車両との車間を大きく取りながら隊列を組み、突発的なモンスターの出現や市街地の瓦礫を避けて慎重に進んでいる。


 車外を見ると、壊れ果てたビル群や無残な姿をさらす車たちが点在している。


 時折、ビルの陰や路地裏で小さな影が蠢くのが見えたが、自衛隊の兵器の威圧か、人が大勢乗ったトラックに近寄ってくることはなかった。



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