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第39話 渋谷へ④

 ◆


 ──どうしたものかな。一階のドアが破られてもまあ時間は稼げるとおもうけど


 三崎は窓の外から屋内を覗き込むが人気はない。


 住人の姿は見られなかった。


 恐らくは逃げ出したのだろう。


「悪い気がするけどとりあえず中に入ろうか。麗奈、この辺だけ割ってもらうことって出来る?」


 三崎がそういうと、麗奈が「ここね、ここ!」と言いながら鍵のある部分を指さして、アーマード・ベアに指示を出す。


 アーマード・ベアは爪の先で慎重に鍵周辺のガラスを割り、三崎はその穴に手を突っ込んで鍵を開けた。


 ガラスを全て割らなかったのは、あるいは長期の立て籠もりになるかもしれないと考えたからだ。


 それに、空を飛ぶモンスターも存在する以上、窓ガラス一枚が命を救ってくれる事になるかもしれない。


「……広いね」


 麗奈が呟く。


 高級マンションの一室らしくリビング、ダイニングは広々としている。


 大きな窓からは本来ならば素晴らしい眺望が望めたはずだ──今は、ただ灰色の霧が立ち込めているだけだが。


「……ちょっと、お借りしまーす」


 三崎は、誰に言うでもなくそう呟くとキッチンへと向かった。


 シンクの横に置かれたグラスを手に取り、蛇口をひねる。


 そして勢いよく流れ出る水を注ぎ、一気に飲み干した。


 緊張感で乾ききった喉が、冷たい水で潤っていく。


「……プハーッ」


 三崎は大きく息をつくと、もう一杯水を飲んだ。


 そして、麗奈にも水を渡す。


「……不法侵入した上に、水まで飲んじゃったね」


 グラスを手にしながら、麗奈が申し訳なさそうに言った。


「まあね……」


 三崎もどこか居心地が悪そうだが、どうしようもないと割り切る。


「……ええと、これだけ広くても、くまっちにはやっぱり狭そうだね」


 三崎が話題を変えるように言うと、麗奈もリビングを見て少し笑った。


 アーマード・ベアにはこの部屋でも少し狭いようだ。窮屈そうにその場に蹲っている。


 一方ゴブリン・キャスターは、物珍しそうに室内を見回していた。


 置時計を手に持ち、ヒッヒッヒと笑ったりしている。


「会話が出来ればいいんだけれど」


 何とはなしに三崎が言う。モンスターとの会話は試してみたことはあるが、何を喋っているのかわからなかった。


「何を考えているかは何となくわかるんだけどなあ」


 麗奈が答え、「あ、でも……」と何かを言いかけた所で──


 突然、ガシャン! という大きな音が響き渡った。


 モンスターたちが、ついにエントランスのドアを破ったらしい。


「……っ!」


 麗奈が肩をびくりと震わせる。


「大丈夫。まだドアがあるからね」


 三崎は麗奈を落ち着かせるように「それにもしドアも破られそうになったら、今度はベランダから三階に行けばいいんだし」と、大した事でもないように続ける。


 ──そうやって何度も逃げる先を変えていけば時間を稼げる。まあ、稼いだところでどうするという問題もあるけど


 三崎は窓の外を見つめ、思考を巡らせる。


 ──霧の中を強引に突っ切る事は難しそうだ。かといって霧が晴れる保証もない……


 このままでは、ジリ貧だ。


 何か、打開策はないだろうか……。


 そんな事を考えていると、麗奈が突然、「お兄ちゃん! 外!」と叫んだ。


 三崎が麗奈の声に導かれるように視線を向けると、なんと、遠くにヘリコプターの姿が見えた。


「ヘリだ……!」


 三崎と麗奈は、大急ぎでベランダに駆け寄り、ヘリに向かって大きく手を振った。


「ここだ! 気づいてくれ!」


 三崎は大声で叫びながら、力いっぱい手を振る。


 麗奈も三崎に倣って、ヘリに向かって叫び声を上げるが。


「あ、そうだ!」


 麗奈が目ざとく部屋の隅にあるクローゼットを見つけ、駆け寄った。


 そして勢いよくクローゼットの扉を開けると、中には色とりどりの派手な衣装がかけられている。


「これなら、目立つかも!」


 麗奈はその中からひときわ鮮やかな赤い色のドレスのような服を取り出した。


 そしてそれを旗代わりにベランダで大きく振り始める。


 しかしヘリはなかなか気づいてくれない。


 その代わり、ヘリから拡声器を使っているのか、大きな声が聞こえてきた。


 ──『繰り返します。こちらは陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地特別攻撃隊。現在、この地域一帯にモンスターが多数出現しています。当部隊はこれよりこの排除を敢行します。攻撃対象は、公道、私道、あらゆる街道──生存者は、決して屋外に出ないようにしてください。繰り返します……』


 ◆


「見境なくってわけでもないのか。ここへ逃げ込んで正解だったね」


 それにしても、と三崎は自衛隊からの警告について考える。


 ──市ヶ谷駐屯所……


 三崎は市ヶ谷駐屯所がどこにあるかは知らない。


 しかし今いる場所、中野から近い事は知っている。


 その市ヶ谷駐屯所からの部隊が出張っているということは──


「モンスターが出るのはこの辺に限った話じゃないってことか……」


 もし "これ" が災害の一種だとするならば、局所的な災害というわけではないということだ。


 どこまで範囲が広がっているのか? 


 都内全域? 


 それとも東京都を越えて他府県にまでも広がっているのだろうか。


「……大丈夫。自衛隊まで出てきたんだから何とかなるよ」


 不安そうに窓の外を見つめる麗奈に、三崎は出来るだけ明るい声で言った。


「……うん」


 麗奈は小さく頷いたものの、その表情は強張ったままだ。


 何か他にかけられる言葉がないかと考えていると──


 突如として、轟音が響き渡った。


「な、なんだ!?」


 三崎は思わず身を竦め、窓の外を見た。


 先程のヘリコプターが攻撃を開始していた。


 ダダダダダダダダダダダッ! 


 機関砲が火を噴き、無数の銃弾が地上へと降り注ぐ。


 一発一発が火器管制によって制御された銃弾はモンスターたちを正確に捉え、肉体を貫き、引き裂いていく。


 銃弾が命中するたびに、モンスターたちは断末魔の叫びを上げ、あるいは声もなく霧の中へと崩れ落ちていった。


 だがヘリコプターは攻撃の手を緩めない。


 そしてさらなる轟音──爆発音だ。


 今度は対戦車ミサイルが放たれたようだ。


 強烈な爆発が道路や周囲の建物の一部を吹き飛ばし、黒煙と土煙が立ち込める。


 爆発の衝撃波は離れた場所にいる三崎たちの体にも生ぬるい風となって感じられた。


 辺り一帯はまるで地獄絵図のような光景へと変貌していた。


 先ほどまでうごめいていたモンスターたちの姿は、ほとんど見当たらない。


 代わりに肉片や体液、そして破壊された建物の残骸が散乱し、火薬と血と焼けた肉の臭いが、濃厚な霧と混ざり合って鼻を突く。


 三崎たちはその光景をただ呆然と見つめることしかできなかった。


 召喚モンスターであるゴブリン・キャスターやアーマード・ベアの力も、確かに目を見張るものがある。


 しかし今、目の前で繰り広げられた現代兵器の力はそれとは比較にならないほどの圧倒的なものに見えた。


「す、すごい……」


 麗奈が震える声で呟く。


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