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「お兄ちゃん! 数が多すぎるよ! このままじゃ……」
モンスターの数はどんどん増えていき、戦況は次第に悪化していく。
麗奈の叫びを聞きながら、三崎は再びかく乱役のゴブリン2体との"繋がり"が断たれたのを感じた。
──またやられたか。
再召喚はすぐにできるとはいえ、先ほどからそのサイクルが短くなってきているのを感じていた。
──どうする? ここで魔石を使ってゴブリン・ジェネラルかもしくはタイガー・ゴブリンを出すべきか?
三崎が決断しきれないのは継戦能力を気にしてのことだ。
渋谷まではまだ距離があり、これが最後の襲撃というわけでもない。
魔石はなるべくとっておきたいという思いがある。
それにそもそもだが、タイガー・ゴブリンやゴブリン・ジェネラルは多対1の戦闘には向いていないのだ。
タイガー・ゴブリンは、その名の通り虎の特性を色濃く受け継いだ強力なモンスターだ。
強靭な肉体と鋭い爪、そして牙を持ち、その動きは俊敏。
単体相手であれば格上相手でも善戦できるだろう。
しかし、その反面、一度に複数の敵の攻撃を受け止めるような芸当は得意ではない。
一方、ゴブリン・ジェネラルは、タイガー・ゴブリンよりも更に圧倒的な戦闘力を誇るモンスターだ。
しかし、多くの敵を一気に攻撃する手段というものは持たない。
大勢の敵を相手取ってもやってやれないことはないだろうが、魔石の事を考えると簡単に切れる手札ではない。
だが悩んでいる暇は余りないようで、霧に紛れる黒い影の数が増えてきた。
「くまっち! 囲まれないように気をつけて! 私の近くを離れちゃだめだよ。円を描くように動いて、あいつらを薙ぎ払って!」
麗奈がアーマード・ベアに叫ぶ。
アーマード・ベアは唸り声を上げ、その巨体を揺らしながら指示通りに動き始める。
鋭い爪が空を切り、周囲のモンスターたちを切り裂いていく。
しかし、敵の数はあまりにも多く、アーマード・ベアの奮闘も焼け石に水だった。
──範囲攻撃が出来るモンスターが喚べればいいんだけど
三崎の中で、状況を打破するための "解答" は既に出ているが、それを手繰り寄せる手段がない。
今必要なのは、多数の敵を一度に攻撃できる範囲攻撃能力を持ったモンスターだ。
三崎は必死に思考を巡らせる。
だが、思考の迷宮に囚われかけた三崎の意識を、突如として響いた声が引き戻した。
──『レア度3/卑術を紡ぐ者ゴブリン・キャスター/レベル1の召喚が解除(アンロック)されました』
それは三崎の脳内に直接響く、無機質で感情を一切感じさせない声だった。
「……え?」
三崎は思わず呆けた声を漏らす。
アンロック? ゴブリン・キャスター?
それは三崎がまさに求めていた、範囲攻撃の能力を持つモンスターに違いない。
だが、なぜ今になって?
いや、そんなことはどうでもいい。今はこの状況を打開することが先決だ。
三崎は掌を掲げ、頭の中に浮かび上がってくる姿を強く想う。
するといつもの召喚の様に、緑色の光の粒子が舞いはじめ──
やがて眩い光を発したかとおもえば、一体のモンスターが現れた。
身長は他のゴブリンたちとさほど変わらない。
しかしその体つきは明らかに華奢で、手足も細長い。
というより、はっきりと老いていた。
ローブを纏い、ねじくれ曲がった木製の杖を携えている老ゴブリン。
まるでそれは、年老いた魔法使いを思わせる佇まい。
「……ゴブリン・キャスター」
三崎は、目の前のモンスターの名を呟く。
すると老ゴブリンは黄ばみ、汚れた歯をむき出しにしながらヒッヒッヒと嗤った。
◆
ここではないどこかに、卑族と呼ばれる者たちが集まる集落がある。
卑族とは一種の蔑称で、本来の名があったはずなのだが長い年月の間にそれは喪われてしまった。
なぜ卑族と呼ばれるのかといえば、一言で言えば弱く、醜いからである。
"彼ら" は小さく、そして非力だ。
だがそんな卑族の中にも勇士や英雄といったものたちがいないでもない。
自身を獣の化身と見立て、素早く雄々しく戦う者
神鳴る音をその身に宿す卑族の猛将
そういった者たちのほかにも知恵者だっている。
例えばグルコスという名の老人。
老い、腕力こそないが知恵を身に着けた卑族の老賢者。
グルコスは "新たな世界" を見たくはないか、未知なる世界に触れてみたくはないかという "声" に答え──
・
・
・
「ヒッヒッヒ」
老ゴブリンは再び嗤い、懐から小袋を取り出して宙へ舞わせた。
そして手に持つ杖の先で、トンと地面を一突き。
すると──
◆
霧のあちこちで爆竹を鳴らしたような音が連続して響き渡る。
三崎は感覚的に、それが老ゴブリンの "火花" と呼ばれる術であることを理解した。
それはゴブリン・キャスターが操る、魔術の一種だ。
"火花" は音だけではなく威力も相応にある様で、周囲には頭を吹き飛ばされたゾンビやら腕が片方ないバンシィやらが倒れ、あるいは倒れていなくても明らかに動きが鈍っているモンスターが多く見られた。
「おじいちゃんすごーい!」
麗奈が嬉しそうに言う。
無邪気な賞賛の言葉だった。
しかしそれを聞いたからだろうか、アーマード・ベアが不満げに唸り声を上げる。
まるで自分も褒めてほしいとでも言いたげな、拗ねた子供のような声だった。
麗奈は苦笑しながら「くまっちだっていつも頑張ってるよ、ありがとう」と優しく声をかける。
アーマード・ベアはその言葉に満足したのか、先程より幾分か機嫌よく動き始めた。
巨体を揺らし、鋭い爪を振るって周囲のモンスターたちを薙ぎ払っていくが、先ほどよりもダイナミックというか、躍動感があるように思える。
「くまっち、おじいちゃんのサポートよろしくね。あっちから来る敵を優先して、おじいちゃんに近づけちゃだめだよ」
麗奈はアーマード・ベアに指示を飛ばす。
アーマード・ベアはその言葉を理解したのか、力強く一声吠えた。
戦況は持ち直した──しかし、それでも多勢に無勢という状況が覆るには至らない。
「……でも、 "穴" は空いたな」
三崎が呟く。
その言葉通り、三崎達を取り囲む包囲網は歪に乱れている。
何よりも、ビルが立ち並ぶ方向へ逃げる事が出来そうだというのが良かった。
「皆! こっちだ!」
三崎は叫び、先導するように走り出す。
幸い相手はゾンビやバンシィだ。動きはそこまで機敏ではない。
ゴブリン・キャスターの攻撃によって生まれたモンスターの包囲網の "穴" をくぐり抜け、とあるビルの方向へと逃げていく。
三崎の視線の先には、一際目立つ洗練された外観の高級マンションがそびえ立っていた。
「麗奈、あそこの二階部分へよじ登れるかな?」
三崎は走りながら、マンションの二階部分にあるベランダを指差して尋ねた。
「くまっち! あそこへよじ登れる?」
麗奈がアーマード・ベアに尋ねると、アーマード・ベアは力強く吠えた。
一気に速度を上げ、高級マンションへと突進していく。
モンスターたちも追ってはくるが、アーマード・ベアの方が遙かに速い。
アーマード・ベアはマンションの外壁に到達すると、その鋭い爪を壁面に突き立てた。
まるでロッククライマーのように巨体を器用に操り、壁面をよじ登り始める。
そしてあっという間に、アーマードベアは二階のベランダへと到達した。
──不法侵入になるのかな? まあ緊急避難ってことで……
そんな事を思いながら、三崎は一つ大きく息をつく。
下を見るとモンスターたちはマンションの一階部分に殺到し、ガラスを叩き割ろうとしているが──
「……入ってこられないみたいだね」
麗奈が言う。
高級マンションのエントランスは、防犯の観点から通常のガラスより強靭な素材で作られていることが多い。
さらに、オートロックシステムが標準装備されているため、モンスターたちが勝手にドアを開けることはできない。
だがそれもいつまででもとは言えない。
所詮はガラスなので、遠からず破られてしまうだろう。
三崎はぼんやりと空を見上げながら、次はどうするかを考える。