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「やったぁ!」
麗奈の喜びの声が響く。山本も「よっしゃ!」とガッツポーズを決める。
三崎も二人に笑顔を返しながら、ナハシュの巨体が末端から光の粒子となって、朝もやの中へ溶けていくのを見つめていた。
危なかったな、と三崎は思う。
もしナハシュが眠っていなければ。もし麗奈とアーマード・ベア、山本とイエロー・パイソンがいなければ。
全てが噛み合ったからこそ勝てた戦いだった。
これらの条件のどれか一つでも欠けていれば、勝利などおぼつかなかったはずだ。
「それにしても」
三崎は周囲を見渡す。
「どうしたのお兄ちゃん?」
麗奈の問いかけに、三崎は「いや、この辺りには灰色の霧が広がっていないんだなって」と答えた。
そして麗奈と山本に灰色の霧と、そこから出現するモンスターたちの関係について推測を述べる。
「確かになぁ」
山本が頷く。
「学校はあの霧にぐるっと覆われていたもんな」
そう言いながら、ふと我に返ったように「おっと、母さんたち大丈夫かな……」と半壊した自宅へと足早に向かっていった。
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「お兄ちゃん、あれ……」
麗奈が地面を指差した先には、紫色の魔石が落ちていた。
「多分魔石っていうやつだよね? なんかすごいよ、ぼんやり光ってて……宝石とかより全然高く売れそう!」
この状況でどこに売るんだよ、と思いながら、三崎は紫色の魔石を拾い上げた。
透明度が非常に高く、かといって安価なクリスタルのように安っぽい感じはしない。
魔石全体が薄ぼんやりとした紫の光を放っている。
その光がどうにも誘う様で、 "堪らない気分" になるのだ。
三崎は軽く頭を振ると、魔石を素早くポーチにしまった。
その時、風に乗って甘い香りが漂って来る。
「何かいい匂いがするね」
麗奈の言葉に頷きながら、三崎は視線を上げた。
先ほどまでの戦いで気付く余裕がなかったが、山本の家の庭には奇妙な木が生えていた。
「何の木だと思う?」
三崎は麗奈に尋ねるが、答えはうーんという唸り声のみ。
何かと色々知っている麗奈も心当たりがないようだ。
ただ、無理もないかもしれない。
樹皮からして、青みがかった銀色をしていて見たこともないものだった。
枝振りも普通の木とは違い、まるで彫刻のように計算されたような均整の取れた広がり方をしている。
更にその枝々には、子どもの頭ほどもある大きな実がいくつも実っていた。
赤い果皮は半透明で、その内部では何かが渦を巻くように流れている様に見える。
三崎はそれを見て水風船を連想するが、ふと地面を見ればいくつか実が落ちていた。
ごくり、と喉がなった。
赤く、艶のある果皮がどうにも美味そうで、美味そうで。
「お兄ちゃん、辞めときなよ……」
え? と三崎が振り返ると、そこには心配そうな麗奈の顔。
「なんか、急にふらふら~……って……」
見れば、麗奈が三崎の服の袖を掴んで、それ以上進ませまいとしている。
三崎は大きく息を吸い、そして吐いて、ゆっくりと後退った。
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「麗奈は……何ともないの?」
少し離れた場所で、三崎は紫色の魔石、そしてこの謎の実が "物凄く" 魅力的に見えるという事を麗奈に話した。
「うーん、なんかイイなとは思うけど。でもお兄ちゃんみたいにふらふら~っていう風にはならないよ?」
自分と麗奈の違いは一体なんだろうか、と三崎が考えていると──
「おーい! 三崎! 麗奈ちゃん!」
山本が玄関のドアを開けて、明るい表情を浮かべてこちらを見ている。
「母さんたち無事だったよ!」
山本の嬉しそうな笑顔を見て、三崎もふと口元が緩んだ。
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「っていうか──……」
山本は庭を見回し、次に二階部分が吹き飛んだ自宅を見て苦笑を浮かべる。
命があった事はなによりだが……と言った所だろう。
「まあでも、家は建て直したり、修理したりすればいいだけだしな。命はそうもいかないわけで……って、パイ! 袖の中に入ってくるなよ!」
山本のイエロー・パイソンが自分の事も忘れるなとばかりに、袖口から内部へ入り込もうとしていた。
「仲良しなんだね」
三崎が言うと、山本は照れくさそうに笑う。
「蛇ってなんだか何考えるかわからないよな~……でも、普通の蛇じゃないし、こっちの言った事を理解してくれるような節もあるし。やっぱり普通の蛇とは違うんだなって思う事もあるよ」
──何を考えているかわからない、か
三崎は話を聞きながら、山本は召喚モンスターとの意思疎通には至っていない事を察した。
──何がどう違うんだろう
すぐに答えが出なければどうこうという問題ではない、とは思うものの、三崎にはどうにも引っかかる。
だが、すぐにその答えに繋がるヒントを受け取る事になった。
それも最悪の形で。
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「そうそう、あの木なんだけど近寄らないほうがいいよ。特に実だ。僕、さっき近づいて──」
三崎が庭の片隅に生えている奇妙な木を指さしながら、近づくとどうにも危ない作用がありそうだということを説明しようとすると──
木の方を向いた山本の表情が、すっぽりと抜け落ちたようになって。
まるで短距離走者がスタート台を使って走り出す時のような勢いで走り出し。
止める間もなく地面に落ちた奇妙な果実を口にした。
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がりり
ぐちゃり
山本は凄い勢いで果実にかぶりつき、咀嚼している。
その異様な姿に、三崎も麗奈も声を掛ける事ができなかった。