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──頭から七寸
三崎は静かに息を吐きながら、巨大な蛇の体を見上げた。
巨蛇の大きさを改めて目に焼き付ける。
普通の蛇で頭部から七寸の位置の心臓があるとすれば──
──大体、あの辺かな? というか、あの蛇の体の構造が普通の蛇と同じだとは限らないんだけど
まあでも仕方ない、と三崎は口を開いた
「いいかな」
「まず、麗奈のアーマード・ベアが囮になる。山本のイエロー・パイソンは巨蛇が襲いかかった瞬間を狙って腹に噛みつく。麻痺すれば一番いい。でも、それは期待できない前提で動くよ」
山本が無言で頷く。賭けに全てを託すわけにはいかない。
「アーマード・ベアが巨蛇の注意を引いている間、タイガー・ゴブリンはここを狙う」
三崎は頭部から約3メートル下の位置を指差す。
「くまっち、大丈夫そう?」
麗奈が尋ねると、アーマード・ベアは喉から低い唸り声を上げた。
「うおお……迫力あるな……」
山本が完全にビビり散らしながら言うと、自分の事も忘れるなとばかりにイエロー・パイソンが山本の腕を少し強く締め付けた。
「分かってる、分かってるって! 役立たずだなんて思ってないよ」
山本は言い訳めいた事を言うが、三崎はそんな山本の様子に少し引っかかるものがある。
「もしかして、山本。イエロー・パイソンと意思疎通ができてたりする?」
三崎はオーク・ロードとの戦いを思い出す。
戦いを重ねていくにつれ、三崎はモンスターの意思が何となく分かる様になってきたのだ。
抽象的にだが相手の考えている事が何となく分かり、自分の考えを伝える事も出来る様になっている。
さらに言えば敵対するモンスターについても同様で、何をされるのがいやがってるかとか、表面的な事が少しずつ分かる様になってきていた。
「あ、うん! そうなんだよ、まあでもあんまりよくわかんないけどな。喜んでるとか怒ってるとか、それくらいなんだけど」
「敵……っていうか、戦っている相手はどう?」
三崎が尋ねると、山本は「え?」という顔をする。
「いや、流石にそれはわからないけど……」
それを聞いて……
──個人差があるのか
と思う三崎。
「ゲームみたいなシステムだよね、ほんと……まあいいや、とにかくそんな感じでがんばろっか」
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イエローパイソンが静かに地を這い、ゆっくりと『絞り奏でる長蛇ナハシュ』へ近づいていく。
眠りこけているナハシュは気付かない。
そしてイエロー・パイソンはナハシュの長大な体に取りついて、しゅるしゅると白く柔らかそうな腹部へ向かっていった。
それでも気付かない。
ナハシュのサイズに対して、イエロー・パイソンは余りにも矮小に過ぎるのだ。
ただ、その小さい体に仕込まれた毒は話が別だった。
イエロー・パイソンはゆっくりと鎌首をもたげ口を大きく開く。
鋭い牙の先端から透明な毒液が滴り──噛みついた。
途端、ナハシュの蛇体がうねる。
──毒が効いたかな、でも……
サイズ差を考えると、毒液の量はナハシュの体全てに回るほど十分ではないだろう。
三崎は無言で麗奈を見て、麗奈も三崎の意思を察して頷き──次瞬、アーマード・ベアが銀毛をたなびかせて飛び出した。
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一般的なヒグマ(グリズリーベア)やアメリカクロクマといった大型種は、時速40~50km程度まで加速可能だとされている。
そして重要なのは、これらの速度へ非常に短い距離、短時間で到達する高い加速力を持っている点だ。
そんな熊だが、アーマード・ベアは自然界に存在する熊の大型種より更に大きく、身体能力も優れていた。
10m近い距離を凡そ0.5秒で走り切り、勢いそのままにチャージ(体当たり)を仕掛けるアーマード・ベア。
金属と金属がぶつかり合うような音が鋭く響き渡る。
アーマード・ベアの両椀が容赦なく振り回され、ナハシュの鱗を削ぎ落としていく。
抉られた肉片が飛び散り、巨大な蛇体が激しくのたうち回る。
その余波で山本の家が揺さぶられ、壁が崩れ落ちていった。
「うわっ……」
山本などは不安そうに家の様子を眺めている。
三崎は地下室なら大丈夫だろうと踏んでいたが、それでも不安はあった。
──余り長引かせられない……
そう思った矢先である。
ナハシュの頭飾りにも似た襟がぶわりと広がり、両側の側頭部に複数の孔が開く。
三崎はその配置を見て、不意に笛を連想した。
──なんだ……? 笛? ……音?
そしてナハシュの "名前" を思い出す。
正確には『絞り奏でる』という部分を。
──絞り、奏でる……?
ぞわりと背筋に、悪寒。
「麗奈! あいつの頭をカチ上げろ!」
理由を問う暇もなく、麗奈は即座にアーマード・ベアに思念を送った。
思念といっても、具体的に〇〇をしてほしいというようなものではなく、簡単なイメージのようなものだ。
アーマード・ベアが低く唸り、ナハシュの顎下にアッパーを叩き込む。
直後、ナハシュの頭部から放たれた不可視の何かが山本の家の二階部分を丸ごと吹き飛ばした。