◆
そして翌朝──
ラジオがジッと音を立てた。
その音で三崎は飛び上がるように目を覚ます。
三崎が朝に強いというのもあるが、それだけ気が張り詰めているのだ。
「なぁに……お兄ちゃん」
麗奈が三崎の腕に抱き着いたまま、眠そうに言う。
「しっ! 静かに。今ラジオが……」
昨晩はどこの周波数もうんともすんとも言わなかったラジオだが、今は確かに砂が強く擦れた様な電子音をたてている。
──『ただいまより政府緊急放送を開始します。ただいまより政府緊急放送を開始します』
くぐもったがラジオから流れ出す。
三崎と麗奈はベッドの上で身を起こし、ラジオの声に耳を傾けた。
──『現在、東京都全域で未確認生物による被害が確認されています。姿形は多岐に渡り、これまで創作の中だけの存在だと思われていた生物などが多数確認されています。この生物は非常に攻撃的で、大型肉食獣などよりも遙かに高い危険性を持つものもいるため、もし見かけても、決して近づかないでください』
──『陸上自衛隊による制圧作戦が展開されていますが、被害の拡大が懸念されており──』
──『現在、東京タワーおよびスカイツリーを避難所として開放しています。自衛隊の保護下にありますので──』
──『さらに重要な報告があります。都民の一部に特殊な能力に目覚めた者たちがいることが判明しました。まるでゲームの様に先ほど申し上げました未確認生物を呼び出すといった事が出来るとのことです。そう言った "目覚めた存在" を、政府は便宜上 "覚醒者" と名づけ── 』
三崎は表情を変えずに麗奈を見る。妹は僅かに頷き返した。
──『 "覚醒者" は "魔石"と呼ばれる鉱石からエネルギーを抽出することで "目覚める" 事が確認されています。この "魔石"は、 見た目はただの石に見えますが、現在、白、青、紫の三種類が確認されており、他にも種類があると見られています』
三崎はポケットの魔石に触れる。
──『ただし、必ず "目覚める" ことが出来るわけではありません。さらに人体への影響も不明です。危急の場合を除き、むやみな使用は控えてください。なお、魔石は各避難所で生活物資と交換することが可能です』
──『また、政府は覚醒者の支援による未確認生物鎮圧案の一環として、東京都覚醒者防衛協同組合を設立し、覚醒者の一元的な管理を目指すと発表しました』
放送は淡々と続く。
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「お兄ちゃん、私たちこれからどうするの?」
麗奈の声には不安よりも、どこか期待のような響きがあった。
どうしたものかな、と三崎は窓の外を見る。
空は明るい──晴れているようだ。
僕らの未来もそうであってほしいけど、と三崎は小さくため息をついた。
◆
麗奈と朝食──カレーのルーのみを摂りながら、三崎は今後の事を考えていた。
ラジオから得た情報を頭の中で整理していく。
覚醒者、魔石、未確認生物──そして、東京タワーとスカイツリーをはじめとしたランドマーク各所に設置されているという避難所。
──避難所、か……
避難所と銘打たれたからには、他の者たちもきっと集まっているのだろう。
数は力で、一人でいるよりは圧倒的に良い。
「ねぇ、お兄ちゃん。私たち、覚醒者防衛協同……ええとなんだっけ、とにかくそれって、私たちも入らないといけないの?」
麗奈の声が思考を中断させる。
「そうだな.組織に属することで得られる情報や支援は魅力的だけど」
組織に属するメリットは大きい。しかしデメリットがないわけではない。
言葉を濁す三崎の耳に、突然の呼びかけが飛び込んでくる。
「三崎! なあ! いないのか!?」
声は外からの様だ。
「あの声は、山本?」
山本 信二。三崎の同級生で、覚醒者。『レア度1/痺れ牙のイエロー・パイソン/レベル1』の召喚者である。
三枚目気質の何かと貧乏くじを引く事の多い男だが、悪い男ではない。
三崎は立ち上がり、玄関へと向かう。麗奈がその後に続いた。
扉を開けると、そこにはやはり山本の姿があった。ただ、外門で足止めを喰らっているようだ。
「あー、そっか。熊さんが」
麗奈が納得したように呟く。
アーマード・ベアが警戒するように低いうなり声を上げて山本を睨みつけており、そのせいで入ってこられないのだろう。
傍らには自転車が倒れていた。
「ごめん、この熊は妹の麗奈の召喚モンスターなんだ」
そう言いながら三崎が姿を見せると、山本の顔に安堵の色が広がる。
「よかった.無事だったんだ。まああの熊はなんだか他の奴らとは違う感じがしたしな。なんていうか、 "オマエマルカジリ! " みたいな感じをうけないし……。ああ、そうだ! ええと、頼む、助けてくれ!」 」
「どうしたんだ?」
「昨日の夜、家が襲われたんだ。巨大な蛇に! やばいんだって! でかいんだよ!」
山本は落ち着きがない。
三崎はそんな山本をなだめ、詳しく聞いてみる事にした。
そして──
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山本の家はどうやらモンスターに襲われたようだ。
『レア度5、絞り奏でる長蛇ナハシュ、レベル3』という表示を確認したらしい。
そして地下室に避難した家族のこと、限られた食料のこと、そして蛇の隙を見て助けを呼ぶために逃げ出したことも山本は話した。
「イエロー・パイソンが囮になってくれたんだ。それにしてもずっこいよな……俺も蛇を召喚したけど、もう名前からして格が違うっていうかさ。まあでも頼りになる奴なのは間違いないけど。って、とにかくこのままじゃみんなやばいんだよ! やられちまう! 幸い、大蛇野郎は地下室にまでは入ってこれないみたいだけどさ……その気になれば家ごとめちゃくちゃにできそうなのに、あんまり暴れたりはしないんだよ。だから逃げられたっていうか……」
三崎は山本の話を聞いて、頭の中でナハシュをどうするか色々と考えてを巡らせる。
だがとにかく現場を見てみなければ話にならない。
「じゃあ行こうか、自転車、二人乗りできる?」
そんな三崎の言葉に、山本は大きく頷いた。