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第29話 お帰りなさい


 帰路。


 道路の至る所に死体が転がっているというわけではないが、探そうと意識すれば一体、二体は見つける事が出来る。


 そういった遺体は決まって酷く損壊していた。


 家々も震災のように軒並み倒壊しているというわけではないが、玄関のドアが壊されていたり、窓が割れていたり。


 真っ白なシーツの各所に、点々と血が染みているような──三崎はそんなイメージを抱いた。


 幸いにも敵対的な人間、あるいはモンスターとの遭遇はなかった。


 この点三崎は内心で胸を撫でおろしている。


 ゴブリン・ジェネラルは三崎の手札の中で一番強力だが、まずゴブリンを召喚し、それらを合成し、更に魔石を使用して進化させるという手順を踏まねばならない。


 有無を言わさず攻撃されれば、抗う間もなく殺されると言う事も十分にあるのだ。


 そうして警戒しながら家路を急いでいる内に、三崎はある事に気付いた。


 ──そういえば、あの "霧" がないな


 霧。


 学校を覆う様にして立ち込めていた灰色の霧だ。


 脱出の際は霧が晴れていたが、モンスターはその中から現れていた……と三崎は考えている。


 ──もしその考えが正しかったとしたら、霧を見かけたら避けないと……


 三崎はそう思い、チラと足元を見る。


 念のためにゴブリンを二体召喚しているのだが、一体は周囲を警戒しているのに対し、もう一体はどこかぼんやりとしているというか、のんべんだらりと歩いていた。


「ゴブリンにも個性があるのかな」


 言いながら、三崎はいくつかの名前を考える。どうせだったら名づけをしてもいいかもしれない、と思ったのだ。


「ゴブ太郎、ゴブキチ……うーん」


 どれもこれもぱっとしない。


「考えてみたら、卑しき尖兵っていうのもちょっと酷いよね」


 三崎がゴブリンに尋ねる様にして声をかけると、慎重な方のゴブリンが三崎を一瞬見上げた。


 まあ目線を合わせただけだが、三崎にはそのゴブリンが「そう思うなら良い名前を考えてくれよ」と言っている様に思えた。


 ・

 ・

 ・


 歩いているとやがて自宅の屋根が見えてくる。


 青い屋根の家──どこにでもありそうな平凡な家だが、どれほどここへ帰りたかったか。


 急ぎ足で向かおうとしたその時、呑気に歩いていた方のゴブリンが低い濁った声で「ギッ」と鳴いた。


「……どうした?」


 三崎が声をかけると、もう一体の慎重なゴブリンもピタリと動きを止め、前方を鋭く警戒し始める。


 何かがいるのだ──危険な何かが。


 三崎は息を呑み、慎重に歩を進めていく。


 ◆


 家の前に、"それ" は立っていた。


「……熊?」


 だが、ただの熊ではなかった。


 全身を銀色に輝く金属質の毛に覆われ、まるで鎧を纏っているように見える。


 その身の丈は目測で3メートルほど──バスケットボールのリングほどの高さだ。


 獰猛な双眸が鋭くこちらを睨み、口からは牙が覗いている。


 その威圧感は並大抵ではなく、三崎は本能的に身の毛がよだつのを感じた。


 ──『レア度5/唸る銀鎧のアーマード・ベア/レベル1』


 熊は低く唸り声を上げた。雷鳴のように重く腹に響き渡る声だった。


 金属質の毛が光を反射して鈍い輝きを放っている。


 アーマード・ベアはこちらを完全に捕捉しているようだ。


 しかし近づいてくる様子はない。


 三崎は額にじっとりと汗を滲ませながら、懐の魔石に手を触れた。


 ゴブリン・ジェネラルを呼ぶべきか?


 だが、合成の時間を稼げるかどうかすら怪しい。


 モンスターではなくても、熊は速いのだ。


 50m走を3秒程度で走り抜ける程度には。


 モンスターの熊なら一体どれほど速いだろうか。


 倍か? あるいはその倍? 


 三崎は少なくとも普通の熊より遅いとは思えなかった。


 ならばタイガー・ゴブリンに合成するべきか? 


 ──時間くらいは稼げるかもしれない。でも


 ここで逃げてどうするというのか。


 三崎が肚を決めた、その時。


「お兄ちゃん!」


 そんな声が響いた。


 爽やかな溌剌さの中に、幼い甘さがある。


 なんというか、夏場に飲むラムネを思わせるような──三崎の妹である『三崎 麗奈』の声だった。


 ◆


「無事で、ほんとによかった……」


 麗奈はそういって三崎に抱き着いて、胸元に顔をこすりつけた。


 三崎は横目でアーマード・ベアを見て、視線を麗奈に戻す。


 そう、この恐るべき怪物は麗奈の召喚モンスターなのだった。


 ──昔から何でも小器用にできると思ってたけど、まさか "こっち" の才能もあったなんてなぁ


 三崎 麗奈は何かと地味な兄と違って、何でもかんでも人並以上にこなしてしまう、いわば才女であった。ついでに言えば外見も優れている。


 分かりやすく言えばクール系美少女だ。


 真っ直ぐで涼しげな切れ長の目も薄めの唇も、肩までの艶やかなストレートの黒髪も。


 派手さはないが品がある。


 そんな彼女は、兄である三崎とそれ以外の者で態度があからさまに違った。


 三崎に対してはこの様に甘え倒しているが、他の者たちには端的に言えば塩対応なのだ。


 まあ、その冷たさが良いと言う者もそれなりにいるのだが……。


 ともあれ。


「ただいま」


 そんな三崎の言葉に麗奈は


「おかえりなさい」


 と返した。

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