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「終わった、の?」
誠子が呆然と呟く。
正直な所、誠子は生き残れるとは思っていなかった。
頼りにしていたメデューサは四方八方からマ・ヌに襲われズタズタにされ、か細い悲鳴を残して光の粒子と化してしまった。
自身だけではない。
陣内のアングリー・オーガも三崎のゴブリン・ジェネラルも奮戦はしたが、しかしそれでもマ・ヌの群れは少し数を減らしただけだ。
「瀬戸さん、凄いわね……、!?」
思わずそう呟くと、当の瀬戸 絵里香がふらっとよろめく。
「瀬戸!?」
すかさず三崎が絵里香を抱きとめた。
他の者たちも心配そうに様子を見に来る。
「え、絵里香~……」
カンナが目の端に涙を溜めて、如何にも不安そうだ。
瀬戸 絵里香と小林 カンナは別に不仲ではないが、かといって特別親しいというわけではない──少なくとも、この異変が起きる以前は。
だが数々の戦いを経て、カンナは絵里香にある種の戦友的な感情を抱く様になっていた。
ましてや、カンナは友人を喪っている為に心にトラウマめいた傷がある(第4話参照)。
「……大丈夫みたい。気を失っているだけよ」
早紀が言う。
見れば、胸は緩やかに上下しており、血の気が引いているということもない。
「あれだけの事をしたんだ。気を失いもするか……それにしてもおっかない女だなコイツは」
陣内はそう言いながら内心、絵里香が佐伯につかなくてよかったと思っていた。
単に能力云々の問題ではない。
絵里香からは女特有のねばついた執着というか、執念というか、そういう情念めいたものを強く感じるのだ。
──まあ、三崎。お前なら上手く乗りこなせるかもな
そんな事を思いながら陣内は周囲の警戒に移る。
確かにマ・ヌの群れは斃したが、だからといって校内が安全となったわけではない。
或いはマ・ヌなどより遙かに危険な怪物と遭遇してしまうかもしれない。
本心では一発二発、頬っぺたを引っ叩いてでも起こしてさっさと脱出したい所だが──
──さすがになあ
流石にそれは人としてナシな気がしないでもない。
それに、そんな事をしたら絵里香が怒ってこちらを敵視するかもしれないし、三崎も不快感を抱くだろう。
陣内はそれなりに三崎を気に入っているのだ。
率先して媚びを売ろうとは思わないが、分かってて不快感を買おうとも思わない。
だから陣内としては、危険だと承知の上でこの場は付き合う他はなかった。
◆
幸い、絵里香はすぐに目を覚ました。
気を失ったのは、マナを短時間で、しかも大量に使用してしまった反動だ。
「み、さきくん……?」
ぼんやりとした口調。
しかし、自身がどういう状況にあるかを理解すると、段々とその頬に赤味が差してきた。
「え、と」
「あ、瀬戸! 大丈夫だった? いきなり倒れちゃうから……」
三崎は気づかわし気に絵里香に声をかける。
絵里香も状況を完全に理解して、照れくさそうに体を起こした。
三崎にこうして抱かれているのは悪い気はしないが、それでも同級生たちが見ている中いつまでもこの態勢というのはどうにも気恥ずかしいという思いがある。
「さっきは助かったよ、瀬戸がいなかったら僕らここで終わってたかも。凄かったね……でも反動もあるみたいだ。もしかしたらまだ辛いかもしれないけど、学校はまだ危ないから早く脱出したいんだ。瀬戸、無理できそう?」
「うん、大丈夫。……それにしても、無理できそう? って。女の子に掛ける言葉としては0点だよ、0点」
言葉とは裏腹に、絵里香の口元には笑みが浮かんでいた。
それは "女" の笑みだ。
──絡新婦(ジョロウグモ)
三崎がそんな言葉を思い浮かべたのも無理はない。
絵里香は戦いを経て一皮剥け、悟ったのだ。
戦いとは即ち、己の欲求を押し通すだと。
そして恋もまた一種の戦いである。
戦いであるならば、その者固有のスタイルというものがある。
心の在り方、これまでの生き様がスタイルに滲んでくるもので──絵里香のスタイルとはすなわち、 "そういうもの" なのだろう。
陣内はそのあたりを本能的に悟って、「おっかない」と言ったのだ。
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それからややあって、三崎たちは学校を囲う壁へと辿り着いていた。
そこから学校を脱出するのだ。
ただ壁はやや高く、体格の良い陣内が脱出を手伝っているという状況だった。
「よし、最後はお前だ」
陣内の言葉に、絵里香は「お前って言わないでくれる?」と、少し頬を膨らませて答える。
いいから急げよ、と陣内がせかすように言い、身を屈める。
絵里香は「ありがと」と短く言って、陣内の肩に乗って壁の上端を掴む。
「よ、いしょっと!」
気合一声、腕の力で体を引き上げ、そして壁を越えていく。
残された陣内は自力で壁を這いあがる事になるのだが、元より身体能力は一同の中で一番優れており、壁越えも苦にはしない。
そして──