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第18話 その頃の新田真由


 その頃、秋葉原では新田 真由が三崎の元へ向かうためにあらゆるルートを模索していた。


 裏道、脇道、モンスターの姿が少ない場所を選んで進んでいく。


 バスでも電車でも何でもいいから、交通機関が使えれば何てことの無い距離。


 しかしその何てことない距離を進むために、真由は全神経を集中している。


 いつ何時、何が起こるかわからないのだ。


 戦闘は避け、出来る限り余力を残したい。


 それは真由にも良くわかっている。


 ──なのにッ……


 真由は足をとめてしまう。


 視線の先には崩壊した幼稚園。


 小さな滑り台は無残にねじ曲がり、砂場は瓦礫の下に埋もれていた。


 建物はほぼ崩れ落ち、屋根材や壁の破片が園庭一面に散乱している。


 地面には至るところに赤黒い何かが染みついていた。


 それが意味するところは明らかだ。


 しかし、万が一生き残りがいたとしたら? 


 その可能性を真由は捨てきれない。


 自身にも余裕はないという事を分かってはいるのにだ。


 ふらふらと吸いよせられるように、真由は幼稚園へ向かい──そして、聞いた。


 瓦礫の中から微かな声が聞こえてきたのだ。


 ──「……た、助けて……」


 小さく、か細い声。


 それでも真由はすぐにそれが生きている誰かの声だと理解した。


「大丈夫、すぐ助けるから!」


 瓦礫の山へと駆け寄り、真由は声の主を探す。


 だが積み重なった屋根材や梁の破片は厚く重く、簡単には動かない。


 汗をぬぐい、ふと隣に目をやる。


 そこには、淡い青い光を放つ『蠱惑に歌うブルー・セイレーン』が静かに浮かんでいた。


 蒼い鱗に覆われたその姿は神秘的で美しい。


 しかしその瞳には冷ややかな光が宿っており、真由を静かに見つめ返している。


「……あなたも手伝って!」


 真由がそう言うと、セイレーンは一瞬だけ目を伏せる。


 まるでため息をつくかのような所作だ。


 だが真由が瓦礫に手をかけると、それを見たセイレーンも動き始めた。


 優雅な腕からは想像も出来ないほどの膂力があるのか、瓦礫の一部を軽々と持ち上げる。


 だが、怪力無双というわけでもないらしい。


「凄い……この一番大きいやつをどける事はできる?」


 真由が尋ねると、セイレーンは静かに首を振った。


 モンスターの多くは身体能力に於いて人間を凌駕するが、それでも青天井というわけではない。


 どうしたら、と周囲を見回した真由は、園庭の隅に放置されていた鉄棒を見つける。


 ──あれを使えば……


 鉄棒を瓦礫の下に差し込み、梃子の原理で重い破片を動かそうとした。


 だが、力を込めてもなかなか動かない。


 しかしセイレーンはそんな真由を見て、「なんで私が」とでも言いたそうにゆっくりとその手を鉄棒に添え──


 大きな梁がずり落ち、その下から微かに揺れる影が見えた。


 瓦礫の下にいたのは、血だらけの保育士らしき女と泣きじゃくる子供たちだった。


 女は全身傷だらけで、それでも腕の中の子供を必死に守っていた。


「よかった……間に合った……!」


 真由は女性の肩に手を置き、「大丈夫、もう安全だから」と優しく声をかける。


 だが彼らを見つめる真由の表情には、焦りが浮かんでいた。


 ──……このままじゃ……助けられないかもしれない……


 女の傷は深い。


 だが、治療の手段がない。


 真由は再びセイレーンに目を向けた。


「ねえ……治せたりとか、しない?」


 淡い期待を込めて問いかける。


 だが、セイレーンは静かに首を振り、冷ややかな瞳で彼女を見つめるだけだった。


 ──やっぱり、そんな力はないんだ


 セイレーンの瞳に宿るのは、どこか試すような光。


 冷たいは冷たいが、単に見捨てるというようなものではない。


 真由には、セイレーンの瞳の光はどこか面白がっているようなそれに見えた。


 なぜそんな事に気付かないのか、とでもいうような、愚か者を嗤う様な──


 そこまで考えた所で、真由は "自分には一体何が出来るのか" と思い至る。


 まるでゲームの様に "召喚" が出来ているではないか。


 完全ではないものの、人外の存在であるセイレーンとの意思疎通も出来ているではないか。


 もしかしたら、自分には "それ以上" の事も出来るのかもしれない。


 そう思ったのだ。


 それがトリガーとなった。


 自身の心の奥底から滾々(こんこん)と湧き上がってくるモノがある。


 新田真由の根源とも言えるような護念の想い。


 子供たちが泣きながら助けを求めている。


 守らなければならない──その思いが真由の殻を一枚破った。


「水の、癒し……?」


 真由が呟く。


 そんな言葉が頭の中に浮かび上がってくると、傍らでぴちゃんと音がする。


 目を遣れば、セイレーンが真由を見つめていた。


 視線は相変わらず冷ややかだ。


 しかしセイレーンの瞳には、どこか満足げな光が浮かんでいるように見えた。

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