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第15話 将たる者

 ◆


 脅迫をする佐伯に対して、三崎は──


「分かった、降参するよ。僕のモンスターはさっきやられちゃったし、生身で戦ったって勝てないしね。喧嘩は苦手なんだ」


 佐伯の眉がわずかに動く。


「他の奴らを見捨てるっていう事かな?」


 佐伯の言葉に三崎は厭そうな顔をして、ややあって頷く。


「そうストレートに言わないで欲しいな。僕だって本当は厭なんだ。でもそれ以上に死にたくないっていうのがあるからね」


 三崎がそういうと、佐伯は興味深そうに三崎の顔を見た。


 ──服屋で洋服を物色する時の目みたいだな


 三崎は内心でそんな事を考えながら、佐伯の言葉を待った。


「僕は結構見る目があるつもりなんだけど、三崎の事は良く分からないな。感情が読みづらい。まあでも面白い奴だ……」


 §


 佐伯 高貴にとって、三崎 玲人という男の印象はすこぶる宜しくない。


 なにせ幼馴染である瀬戸 絵里香は三崎が転校してきてからというもの、あからさまに佐伯への当たりが冷たくなったからだ。


 絵里香は馬鹿だ、と佐伯は思う。


 自分というエリートを袖にして、三崎 玲人などというどこの馬の骨とも知れない平凡で地味な男になびくというのは馬鹿以外の何物でもない──そんな風に思う佐伯だが、自分が認知していない何某かの長所もあるのでは、という思いもないではなかった。


 だから──


「ふうん……そうだ、三崎、お前僕たちの仲間になれよ」


 そんな誘いをしてみる気になった。


 三崎はそれなりに強力なモンスターを召喚できるし、この状況では戦力はいくらあっても足りないと言う事はない。


 三崎が自身に従えば、残った連中もついでに戦力として組み込む事が出来るだろうという目論みもある。


 それになにより、三崎が率先して裏切ったという事実を見て安心したかったというのも大きかった。


 ──なぜお前は、この状況でそんな風に普通に振舞える? 


 死にたくないという言葉は本当かもしれないが、切迫感を感じられない。


 まるで事実を事実として述べているだけ、というような感じだった。


 5対1という状況に置かれているにもかかわらず、臆した様子がない三崎は不気味ですらあった。


 要するに、三崎の俗な所、卑な所を見て三崎という男も大した事がないと確認したかったのだ。


 だが。


「悪いんだけど、それは嫌だな。理由があるんだ」


 意外にも三崎は佐伯の誘いを跳ね除けた。


 これに対して、佐伯は眉を顰めながらも理由を聞こうと考えた。


 それは三崎が余りにも普通に言ってのけたからだ。


 これが佐伯憎しの余りに感情的に拒絶するなら、佐伯は恐らく三崎への興味を完全に失って早々に殺害する事を決めただろう。


「理由を聞いても?」


 佐伯が尋ねると、三崎は頷く。


 それはね、とまるで日常会話をするような調子で三崎が一歩足を踏み出そうとした。


 ・

 ・

 ・


 一方、単身でオーク・ロードと対峙している誠子は、三崎が佐伯と何かを話し合っている事に対して疑念に似た感情を抱いていた。


 既に誠子は佐伯との確執について聞いている。


 だのに三崎は佐伯と極々平然と話している。


 内心では二人がどんな話をしているのか問いただしたい思いがあったが──


 ──オーク・ロードはメデューサを警戒しているみたいね


 誠子は好都合だと思った。


 メデューサは強力な能力を持っているが、いかんせんレベル差が大きすぎる。


 無理にしかければ返り討ちに遭う可能性が高い。


 だが、オーク・ロードはなまじ知恵が働くばかりに、メデューサの搦め手を警戒している様だ。


 ──時間はもう少しだけ稼げる。けど……


 誠子は三崎たちの様子を見る。


 佐伯がこちらを見ながら嫌な笑みを浮かべている。


 それに対して、三崎の様子は特に変わらない。


 これが意味する所は、つまり。


 ──裏切った、って事なのかしら


 不安と焦燥の暗雲が誠子の心中に広がっていく。


 しかしだからといってどうにかなるものでもなかった。


 ◆


 三崎の佐伯評は高くも無ければ低くもない。


 見たままの事、感じたままの事をそのまま受け取るだけだ。


 勉強は出来る、スポーツは出来る、性格は教室での事を考えるなり穏健とは言い難いのだろう。


 しかし誰彼構わず暴力を振るったりするタイプではない。


 相手を選んでいる。


 クラスメートに手を掛けた人物ではあるが、それにしたところで襲われたから対応しただけ、とも取れる。


 取り巻きを連れて歩いている所を見ると、自分の力を絶対視してはいない。


 そして取り巻きの表情が勝ち誇ったものである所を見ると、佐伯は自分につき従う相手にはそれなりの扱いをしているらしいと分かる。


 だからこそ三崎は、 "佐伯なら確認をしたがるだろうな" と思っていた。


 現実的で支配的なリーダー気質、安牌を選ぶ側面もある佐伯ならこういう態度を見せれば混乱し、すぐには殺そうとしないだろうと三崎は踏んでいた。


 ・

 ・


 僅かにたたらを踏む三崎。


 ごく自然に足元へ目をやり、靴の踵を指して苦笑を浮かべる。


「逃げようにも、どのみちこんな足元じゃ靴が脱げて逃げ切れなかっただろうね」とまるで他人事のように言う。


 その様子に佐伯は呆れたような表情を浮かべ、三崎がかがみ込むのを傍観した。


 そして三崎は怪しまれる事なくかがみ込み、そして魔石を手にした。


 ◆


 しまった、と思った時にはもう遅かった。


 白い光が粒子となって三崎へ吸い込まれ──


 ──『必要マナを満たしました。勇爪構えるタイガー・ゴブリンが "レア度5/獣心のゴブリン・ジェネラル/レベル3" へと進化します 』


 ・

 ・

 ・


 光が収まると、そこには巨大な体躯、鋭い獣の眼差しの、全身から圧倒的な闘志を発する戦士が立っていた。


 緑の地肌に青い稲妻のようなタトゥーが映え、顎には青い髭をたくわえている。


 携える手斧はどうみてもただの斧ではなく、魔法の武器とでもいうのだろうか? 時折、刃の部分にスパークが走っているのが見てとれた。


「……そういう、つもりだったわけだ」


 佐伯が苦々しく言う。


「まあね、騙してごめん。でも佐伯だって、仲間を平気で見捨てる奴をチームに入れたいとは思わないだろ? ところで、もし逃げるなら追わないよ。僕は先生の援護をしなきゃいけないから」


 三崎の言葉に、佐伯は表情を冷たいものにした。


 まるで佐伯 高貴という人間が取るに足りない存在だと言っているような──そんな態度を取る三崎に、佐伯は怒りを抱いた。


「クラリッサ、あいつを殺れ!」


 佐伯の言葉に、雪禍の銀騎士クラリッサは応じた。


 ──寒い? 


 三崎がぶると震える。


 明らかに周囲の気温が低下しており、その冷え込みはすぐに体を動かす事すら困難な程にまで強まった。


 そして雪禍の銀騎士クラリッサは、吹き荒ぶ冷たい風をその背に受けているかのように素早くゴブリン・ジェネラルへと肉薄し──


 次の瞬間には、剣を握る腕を斬り飛ばされた。



 ◆


 クラリッサの腕が、ゴブリン・ジェネラルの斧によって宙を舞った。


 切断された瞬間、冷気を纏っていた銀色の剣も力を失い、地面に突き刺さる。


 クラリッサは即座に距離を取ろうとするが、ジェネラルの素早い一撃を受けて態勢が崩れている。


 そんなクラリッサに、ゴブリン・ジェネラルは満身の力を込めて手斧を振るい、クラリッサが身にまとう鎧ごとその肉体を引き裂いた。


「馬鹿な……」


 佐伯の表情が驚愕と怒りで歪んだ。


 周囲の気温は急速に戻り始めている。


 佐伯は状況が悪化したことを悟り、すぐに決断を下した。


「撤退だ、逃げるぞ!」


 彼は取り巻きたちに向けて叫ぶと、すぐに背を向けた。


 逃げ足は速く、取り巻きの四人もそれに従って一斉に走り出す。


 一瞬、三崎は追うべきかと考えたが──その考えをすぐに振り払った。


 三崎の視線はすでにオーク・ロードと対峙している誠子の方に向いている。


 佐伯を追い詰めるよりも、今は全員無事でこの場を切り抜けることが最優先だった。

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