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九条誠子は、来週に迫った結婚式の準備で気持ちが落ち着かないまま、いつものように学校での業務をこなしていた。
婚約者の新山隆司とは長い付き合いで、ようやく形にする結婚生活に二人とも胸を弾ませていた。
だが、その喜びは一瞬にして打ち砕かれることになる。
東京に地震が起きたのは昼休みだった。
校舎が揺れ、生徒たちの騒ぎが聞こえたが、誠子はいつものように冷静を保っていた。
すぐに落ち着くと思っていたし、生徒たちに過度な不安を抱かせないようにと努めていたのだ。
だが地震は総統に大きく、流石の誠子も不安を覚える。
そんな時、スマートフォンが振動し、画面に見覚えのある名前が表示された。
──新山隆司
「隆司……?」
何かあったのかと急いでビデオ通話を繋げると、彼の顔が映った。
しかし、その表情はどこか落ち着きがなく、不安そうに周囲を見回している。
「誠子、大丈夫か? 学校は平気?」
隆司は焦りを露わにしている。
外にいるらしく、周りに立ち並ぶビルが映り込んでいた。
「こっちは大丈夫。でも、そっちは?」
「……なんか、変なんだよ。地震の後からさ、周りでおかしいことが起きてる。変な怪物みたいなのが歩いてて……誠子、すぐに安全な場所に隠れろよ」
「怪物?」と隆司の言葉に誠子は一瞬耳を疑った。
だがその真剣な声色に嘘や誇張は感じられない。
状況が理解できず、胸の奥が不安にざわついた。
「怪物って……何言ってるの?」
「俺も信じられないんだ。でも、そいつら本当にいるんだよ……くそっ、近くにいる……!」
隆司が振り返ると、画面の奥に不気味な影が見えた。
それは巨大で、赤い肌を持ち、一本の角が突き出た鬼のような化け物だった。
誠子の心臓が一瞬凍りついたかのように鼓動を止める。
──え、なに、これ……
「隆司……逃げて!」
誠子が叫んだその瞬間、映像の中で隆司が何かに掴まれるようにして引き倒された。
そして次の瞬間、信じ難い光景が目に飛び込んできた。
隆司の頭部が、まるで人形のようにぽろりと落ちたのだ。
目を見開いたまま、血しぶきと共に地面に転がる。
それを掴んだのは、鬼のような化け物だった。
赤い肌に一本の角、鋭い爪を持つそれが、隆司の体をまるで獲物を狩るかのように引き裂いているのを誠子は画面越しに見てしまったのだ。
「いやあああああ!」
誠子は悲鳴を上げた。スマホが手から滑り落ち、カラカラと床を転がった。
だが、画面の中では鬼が隆司の亡骸に手を伸ばしている様子が映り、次の瞬間、映像は途切れた。
「隆司……隆司……!」
誠子はその場に崩れ落ちた。
愛する恋人の声も、笑顔も、未来も、すべてが一瞬で奪われた。
しかしあの光景は確かに彼女の目の前で起きたのだ。
余りのショックに涙も出ない。
「……嘘、よね……?」
声は震え、言葉が喉に詰まる。
強気で鳴る誠子だが、もう心も萎え細り、ひざを抱えて震える事しかできない。
しかし、生徒たちがモンスターを連れているのを見て──
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誠子の目に映ったのは、三崎たちの後ろに控えているモンスターたちだった。ゴブリンやピクシー、ランサー・クロウといった異形の召喚モンスターたちは、誠子にとってトラウマそのものだ。
赤い鬼の姿が脳裏にフラッシュバックし、誠子の身体はさらに激しく震え始める。
「いや……いや……」
誠子は息も荒く、パニック寸前だった
「先生、落ち着いてください!」絵里香は優しく言葉をかけ続ける。
「この子たちは、私たちの仲間なんです。敵じゃない……私たちを守ってくれるんです」
絵里香は事情を説明した。
自分たちもモンスターに襲われた事、たくさんの犠牲者が出た事。
そして、力に "覚醒" したこと。
誠子の目はまだ昏いままだが、話の内容は理解しようとしているのが見て取れた。
「力……?」と誠子は絞り出すように言葉を発した。
絵里香がゆっくりと頷くと、誠子は「……私も、力がほしい」と呟いた。
声は低く、何か情念の様なものが色濃く滲んでいる。
三崎は一瞬、『この人が力を得るのは危険かもしれない』と思うがしかし。
今は少しでも力が必要なのも確かだった。
「先生が力を欲しいなら、次に魔石を手に入れたら先生に渡します。それで先生も力が使える筈です」
三崎の言葉に、誠子はゆっくりと顔を上げた。
震えはまだ収まらないが、目には凄絶な何かがちらついている。
「本当に……? 私も、戦えるの?」
「もちろんです」と三崎は力強く答えた。「先生が覚醒すれば、きっと私たちにとって大きな助けになる。だから、一緒にここから脱出しましょう」
誠子はしばらく三崎の顔を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかったわ。次の魔石、お願いね」
三崎は頷き、少し疲れた様子で後ろへ下がった。
「大丈夫なのかよ」
陣内が言う。
この場合の "大丈夫か "には、三崎を気遣う意味と三崎に警告をする意味の二つが込められている事を三崎もよく分かっている。
その上で三崎は答えた。
「わからないよ」と。