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第4話 新たな力

 ◆


 三崎はひたすら逃げる術を模索していた。


 目の前でコボルドが爪を振り上げ、生徒たちを次々と引き裂いていく。


 教室内は狂気に包まれていた。


 男子生徒たちが椅子を振りかざしてゴブリンに立ち向かうも何の効果もなく、あっという間に血まみれになって床に崩れ落ちる。


「くそ……! どうすれば……!」


 三崎の精神は焦燥で急速に疲弊していった。


 何度も召喚できるとはいえ、が召喚できるゴブリンはあまりにも弱い。


 たとえ何体召喚しても、今のこの状況を打開するには到底足りないだろう。


 すでに陣内のオーガも力尽き、ゴブリンたちの牙にかかって黒い粒子となってしまっている。


 オーガが倒れた瞬間、陣内の頭上に「クールタイム:8時間」の文字が浮かんだ。


「駄目か、でも、いや……なんとか……なんとかしないと」


 三崎の脳裏に絶望が忍び寄るが、懸命にそれを跳ね除けて今出来る事を全力でやろうとした。


 この三崎という青年は勉強やスポーツでは全く目立たない、いわゆる陰キャというやつだったのだが、案外にタフ──いや、異常にタフなメンタルを持っているようだ。


 教室の前後のドアはコボルドに塞がれ、残った生徒たちは泣き叫び、誰もが何をしていいか分からないまま、ただ恐怖に身を縮めている。


 窓から飛び降りた生徒たちは、地上で待ち構えていたオークに襲われ、頭から貪り食われている始末だ。


 助けを求める声が、教室内のあちこちから聞こえてくる。


 不幸中の幸いというか大いなる皮肉というか、恐怖に震えるその様子が怪物たちの嗜虐心を満足させているのか、殺される速度は鈍化してはいるが。


 三崎の背中に、絵里香の柔らかな体が押し当てられていた。


 絵里香もまた必死に逃げ道を探していたのだろうが、無意味な事と理解したようだ。


 「三崎くん……」


 絵里香が震える声でいった。


 常の快活さは既にない。


 困ったな、と三崎は思った。


 死にたくないのは勿論だし、可能なら絵里香の命も救いたい。


 そして余裕があればクラスメイトのことも。


 ただ、何をどう考えた所で、死ぬ時間を数秒遅らせるのがせいぜいであった。


 それでも三崎は考えるのを辞めない。


「二体同時に出して、無理やり抜けるか……」


 策としては下の下だ。


 しかしなにもしないで殺されるのを待つのは、下の下の下である。


「よし」


 意を決して三崎は素早く手をかざし、再びゴブリンを二体同時に召喚した。


 二体の緑のゴブリンが教室の中に現れた。


 だがその瞬間、三崎の視界に新たな選択肢が表示される。


 ──『同一の魔物です。合成しますか?』


「合成……?」


 三崎は迷うことなく「合成」を選んだ。


 するとゴブリンたちが緑の粒子へと還り、それらが合わさり、絡み合い、渦の形を成す。


 さらにそこから変化。


 三崎には、その緑の渦が徐々に人型を成していくのが分かった。


 そうして渦から生まれる様にして現れたのが──


 緑の肌に青い縞模様が走り、鋭い虎の様な爪が生え、身長は2メートルを優に超える巨体。


 「ええ……?」


 これもゴブリンなのか、と三崎は目を丸くする。


 「み、三崎くん?」


 絵里香は戸惑っているようだが、一番戸惑っているのが三崎本人だったりする。


 ──『レア度3/勇爪構えるタイガー・ゴブリン/レベル2の合成に成功しました』


 頭上にはそう表示されている。


 周りの生徒たちも、三崎の召喚した巨大なゴブリンを見て目を見張った。


 タイガー・ゴブリンは喉を慣らしながら三崎を見た。


 言葉はないが、三崎はタイガー・ゴブリンの視線に何らかの意思を感じる。


 ──『さっさと指示を出せ』


 そう言われている様に感じる。


 「あいつらを、たおせ!」


 三崎がそう叫ぶと、タイガー・ゴブリンはコボルドに向かって突進する。


 鎧袖一触、コボルドはすれ違い様に切り刻まれ、数ブロックの肉の塊と化した。


 教室内の他の魔物たちもタイガー・ゴブリンを脅威と見做したのか一斉に襲い掛かってくる様だが、複数相手でも全く引けをとらない。


 身のこなしはまさに野生の虎の様で、床のみならず天井も足場と見做して三次元的に機動する戦闘スタイルは、1対多という状況で非常に大きいアドバンテージを生み出していた。


「凄い……」


 絵里香が呆然とした様子で言う。


 他のクラスメートたちも同様だ。


 怪物たちの注意は完全にタイガー・ゴブリンにひきつけられており、その隙に皆三崎の元へと駆け寄った。


 中には "覚醒"に至ったのか、傍らに小さい妖精の様なモノを引き連れている者や、腕に蛇のようなモノを巻き付けている者もいる。


 これらはそれぞれ、レア度1/微風のリトル・ピクシー/レベル1だとか、レア度1/痺れ牙のイエロー・パイソン/レベル1だとか表示されており、怪物の一種だと言う事が分かる。


「す、すげえ……なんであんなに強いんだ!? レベルも高いし……」


「俺は見たぞ! 三崎のやつ、ゴブリンを2匹出したんだ! そしたら、ゴブリンが合体して……」


「合体!? どうやってやるんだよ」


 そんな声があがる。


 いまや教室全体を覆っていた諦念、絶望感、狂乱の様なものは鳴りを潜め、代わりにこの状況を切り抜けられるかもしれないと言う希望が芽生え始めていた。


 ──でも、映画とかだとこういう時にドーンってくるんだよなぁ


 三崎がそんな事を考えていると──


「てめぇら!浮かれてんじゃねえ!まだ助かったわけじゃねえんだぞ!」


 陣内が怒鳴りつける。


 助かった、と三崎は思った。


 ──ガツンと一言いって皆を黙らせるなんて、ちょっと僕にはできそうもないし


 無論そんな事を言っている場合じゃないというのは三崎にも分かるが、それでも苦手なものは苦手なのである。


 ◆


「雑だけどまずタイガー・ゴブリンを先頭にして、突っ切るしかないと思うんだ」


 三崎は教室内を見渡しながら言った。


 目の前のタイガー・ゴブリンは頼りになるが、それでもこのままでは全員を守りきることは難しい。


「他にこういうのを出せるようになった人はいる?」


 三崎が呼びかけると、数人の生徒が顔を上げる。


「私……ピクシーがいる。役に立つかわからないけど……」と、戸田 杏子という女子生徒が恐る恐る声を上げた。


 ピクシーはレア度1だが、今はどんな力も貴重だ。


「俺もパイソンっていうのを出せたぜ。かわいいだろ。さっきゴブリンに噛みついたんだけど、ゴブリンが白目を剥いてビクビク震えてたよ」


 そう申し出たのは山本 信二という男子生徒だ。


 彼の腕に巻き付くパイソンは三眼を持ち、舌をちろちろと出して三崎を見ている。


「麻痺毒ってやつなのかな? いいね。それに戸田のピクシーもきっと何か力があるとおもう。ほら、ゲームとかだと支援役だったりするじゃん」


 三崎は敢えてゲームという言葉を口に出した。


 現実は全くゲームどころではなく、死人も多数出ているのだが。


 しかしゲーム要素を全面に押し出す事で、もしかしたら "攻略" という観点で他の生徒たちも何か良い案を出してくれるかもしれないと思ったのだ。


「他の人たちは混乱してる生徒たちをまとめて、みんなで行動するようにしてくれ。バラバラだとやられる。陣内と瀬戸にお願いしてもいいかな? それぞれ男女のリーダーみたいな感じだし。出せた怪物も凄く強そうだった。クールタイム? っていうのが終わるまで、皆を仕切って欲しいんだ。お願いできる?」


 三崎はふたりに声をかけた。


「わ、わかった!」絵里香は震えながらも頷き、陣内も「チッ、仕方ねぇな」と悪ぶって了承する。



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