目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
∞曜日
渋谷獏
ホラー都市伝説
2024年11月21日
公開日
3,383文字
完結
完全週休二日制の会社に転職した主人公の野村香織。
最初の一週間は順調に思えたが、金曜日を迎えた翌日に「全曜日」という謎の曜日があらわれ、以降も見慣れない曜日が次々と続き、土日が訪れない地獄のような日々が始まる。

∞曜日

「うちの会社は、完全週休二日制だよ」

 その甘美な言葉に誘われて、あたしは今の会社に転職した。

 給料は決して高くはなかった。

 でも、前に勤めていた会社は週に一度の休みしかなく、下手をすると日曜出勤もあったのだから、土日の休みが確約されているだけで、あたしには天国に思えた。

「野村さん、この書類お願いねぇ」

「はいっ!」

 どさっと音を立て、書類の束が机の上に積まれた。

 月曜日から働きはじめ、今日でちょうど五日目。ついに、待ちに待った金曜日がやってきた。明日から二日間ゆっくり休める。朝寝坊もできる。録りためたドラマを観る時間もたっぷりある。久しぶりに彼氏とデートもできるのだ。それを思えば、このくらいの仕事量は苦にもならない。

 あたしは山積みになった書類を、黙々と片付けていった。


 そして、すべての業務を終えて帰り支度をしていると、にこやかな顔をした鈴木社長がやってきた。

「野村くんお疲れさま、うちの仕事には慣れたかね?」

「はい、社長、毎日楽しいですっ!」

 鈴木社長には面接のときにもお世話になった。

 でっぷりと太った中年男だけど、いつも笑顔をたやさない温厚な人物だ。あたしの入社を即決してくれた恩人でもある。

「うんうん、でも無理はしないように。倒れられたら困るからね」

 なんてやさしい言葉だろう。

 前の会社の鬼社長とは、天と地の差だわ。

「ぜんぜん大丈夫です。明日から二連休ですし、しっかり休みます!」

 とおどけた調子で話していたら、鈴木社長の顔から突如として笑顔が消えた。

 いや……、社長だけではない。

 ガヤガヤと世間話をしていた周りの社員たちも話をやめ、あたしの顔を不審そうに見つめていたのだ。

 何かまずいことでも言ったのかしら?

「あ、明日は土曜日ですよね?」

 おそるおそる確認すると、隣の席の佐藤さんがすかさず耳打ちしてきた。

「野村さん、大丈夫? 明日は土曜日じゃありませんわよ」

「えっ?」

 今度は別の席の社員が声を張り上げた。

「明日は全曜日だぞっ!」

「ぜ、ぜんようび!?」

 聞いたこともない曜日に、あたしは戸惑った。

 みんなでグルになって、新入社員のあたしをからかっているんじゃないかと思ったけど、とても冗談を言っているようには見えなかった。

「しっかりしてくれたまえ。金曜日の次は全曜日だろ」

 鈴木社長はあたしの両肩に手を置き、目の奥をじいっ﹅﹅﹅とのぞき込んだ。

 月火水木金……全土日。

 ──ああ、そうか、金曜日のあとは全曜日があった。

 どうして明日が、土曜日だと思い込んでいたんだろう? 仕事が忙しすぎて、全曜日の存在を、ど忘れしてしまったに違いない。

「……そ、そうでした。すみません、あたしの勘違いです!」

 あたしは、必死に笑顔を作りながら謝った。

「あははは、分かってもらえば問題ないよ、明日も頑張ってくれたまえ」

「はいっ!」

 鈴木社長はあたしの肩から手を離し、部屋を去っていった。

 変な勘違いをしてしまったせいで損した気分だけど、全曜日が終われば土曜日がやってくる。あと一日だけ頑張ればいいんだわ。


 翌朝、あたしは「全曜日」を迎えた。

 会社に出勤すると、机の上に書類が山のように積まれていた。

 全曜日という言葉に、いまだ違和感を覚えつつ、あたしは目の前の仕事を黙々と片付けていった。

 ようやくすべての業務を終え、疲れ切った体で椅子に身を沈めた。

「よーし終わった。明日から二連休だわ!」

 と独り言をもらすと、隣の席の佐藤さんが困ったような顔で耳打ちしてきた。

「野村さん、明日はまだ本曜日ですわよ」

「えっ……ほ、ほんようびっ!?」

 聞いたこともない曜日に、あたしの声は裏返った。

「いやいやいや、昨日たしか、全曜日の次は土曜日って……えっ?」

 頭が混乱してるあたしをよそに、周りの社員たちがクスクスと笑い出す。すると、どこからともなく、にこやかな顔をした鈴木社長がやってきた。

「んー、どうしたんだい?」

「社長、野村さんがまた曜日を間違えてまして」

 佐藤さんが苦笑しながら説明した。

「あの、でも、ほ、本曜日なんて、あたし聞いたことないんですけど!?」

 慌てて反論するあたしに、社長は諭すように語りかけた。

「じゃあ、そのカレンダーで確認してみたまえ」

 社長の指差した壁を見ると、今月のカレンダーが貼られてあり、そこには「月火水木金全本」と、土日の前にしっかりと「本曜日」が印刷されていたのだ。

「本当に、本曜日がある……」

 目の前の現実に圧倒されながら、あたしは心の中でつぶやいた。

 ──そうか、全曜日の次は本曜日だよね。

 どうして明日が土曜日だなんて思ったんだろう?

「す、すみません、あたし、すっかり勘違いしてました!」

 慌てて謝ると、社長は満足そうにうなずいて、あたしの両肩に手を置いた。

「分かればいいんだよ。明日もよろしく頼むよ」

「は、はいっ!」

 と明るく答えたものの、胸の奥に妙な違和感が残った。

 明日が本曜日だと頭では理解しているのに、その事実がどうしてもしっくりこない。まるで手品でも見せられている気がした……。


 あたしは家に帰るなり、彼氏に電話をかけた。

「ねえ、真田くん。土曜日のデートの約束、ちゃんと覚えてる?」

「はぁ? 当たり前だろ。久しぶりのデートだぞ!」

 彼の返事を聞いて、少しほっとした。

「でね、ちょっと変なこと聞くんだけどさ……、一週間って、月火水木金全本土日の九日で間違いないよね?」

 数秒の沈黙のあと、真田くんがぽつりとつぶやいた。

「……香織、お前、ついに壊れたか?」

「ちがうの! なんかね、昔はもう何日か短かった気がするのよ!」

「一週間が、六日とか七日だった時代があったってこと?」

「うーん、まぁそんな感じ。でもさ、カレンダーを見ても、辞書で調べても、一週間は昔から九日だって書いてあるし……、そもそも、そんな大掛かりな改ざんなんてできるわけないよね?」

「そうだよ。第一、そんなことして何のメリットがあるんだよ」

「……あたしを休ませないため、とか?」

 冗談のつもりはなかったが、真田くんはくすっ﹅﹅﹅と笑った。

「落ち着けって、香織。明日の本曜日が終われば、ちゃんと土曜日が来るんだから。そしたら俺たちデートできるだろ?」

「そうだよね。うん、分かった。また連絡するね」

 と言って、あたしは電話を切った。

 けれど、携帯を置いたあとも、胸の奥の違和感は消えることはなかった。


 それからが地獄の始まりだった。

 全曜日、本曜日の次には永曜日がやってきた。

 その後も朋曜日、炎曜日、士曜日、圭曜日、林曜日、曰曜日、目曜日、鑫曜日、焱曜日……。聞き慣れない名の「曜日」たちが、土曜日の前に容赦なく立ちはだかった。

 あたしは毎晩のように彼氏に電話をかけた。

「真田くん、昨日も一昨日もその前の日も、明日が終われば土曜日が来るって言ったよね!? デートできるって言ったよね!?」

 と問い詰めても、昨夜までの話をきれいに忘れ、こう言い張るのだ。

「いやいや、ずっと前から焱曜日はあったじゃん。お前、本当に壊れてるぞ!」

 最後は口論になり、彼氏は電話に出なくなった。

 新しい曜日を告げられるたびに、終わりの見えない日々が続いてゆく。

 どれだけ働いても、休みの日は決して訪れない。カレンダーを見ても「土曜日」や「日曜日」の文字は、いつの間にか見慣れぬ曜日にすり替わっていたのだ。

 月が変わりカレンダーがめくられても、そこに土日の表記は見つからない。

「あたし……、いつから働き続けてるんだ?」

 ぼんやりとした頭で問いかけるが、答えが見つかるはずもない。

 体は鉛のように重かった。

 机の上には書類の山がそびえ立ち、終わることのない電話のベルが鳴っていた。

 そもそも「週」って何だ?

 その定義が崩れた今、週休二日制という約束に意味はない。

 円周率の三・一四に無限の続きがあるように、隠された曜日が無限にあるとすれば、土曜日や日曜日に辿り着くことは永遠にないのかも知れない。

「うちの会社は完全週休二日制だよ」

 その言葉の裏に潜む悪意を、あたしはようやく理解した。


 朦朧とした意識のなか、にこやかな顔をした鈴木社長が目の前にいた。

「あ、明日こそ、土曜日ですよね?」

 やっとの思いで言葉を絞り出したが、結果はもう分かってる。いつものように社長の顔からは笑顔が消え、聞いたこともない曜日をあたしに告げるのだろう。

「おいおい、野村くん、明日はまだ明曜日だぞ!」

 うず高く積まれた書類の山に、あたしは顔面から崩れ落ちていった──。


(了)

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?