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第7話 自分から彼女を逃がすために。

 やがて冬が訪れた。

 クリスマスに、年越しに、正月に、彼女の母親は、「遠くて実家には帰れない」と口にする彼をアパートに呼んだ。

 小柄だが豪快な母親は、中里を当初から気に入っていた様で、二人より三人のほうが楽しい、とばかりにケーキに年越しそばにおせちに雑煮に、と思い切りその時には腕を奮った。



 そして冬の最後のイベントのバレンタイン・デイ。

 正直、中里にしてみれば、「何だそれ」状態だった。「縁が無い」以前の問題だった。

 なのにこの年は、と言えば、「彼女」が自分にこう尋ねるのだ。


「ねえ哲ちゃん、バレンタインに、何が欲しい?」


 その日の存在すら気付いていなかった彼にとって、何が欲しいもへったくれもない。

 よし野はそんな彼の、硬直するくらい困った様子に気付いているのかいないのか、友達はどうしたこうした、と話を続ける。


「ねえ哲ちゃん、聞いてるの?」

「ああ……」


 勢いに押されてはいるが、一応「聞いて」はいた。だが、やがて話の流れはおかしな方へと向かっていった。


「でねえ、斜め向こうの関谷ちゃんは、こう言ったの『バレンタインには、あたしをあげるんだーっ』って」

「は?」

「だから、例えばあたしだったら」


 そこまで言った時、さすがに彼女も思わず手で口を塞いだ。


「えええええと」


 さすがにその時には、察しの悪い中里も、その意味が判った。

 硬直がさらに悪化して、彼は午後一の授業をついに欠席してしまったのだが、それも仕方あるまい。


 ところが。


 2月7日水曜日。

 その日、靴箱で見つけた赤い小瓶に入っていたのは、六粒の「R」と「四年九組 羽根よし野」と書かれた紙だった。

 彼は自分の目を疑った。何度も何度も、「R」の数を数えなおした。紙に書いてある字を読み直した。

 嘘だろう、と思った。嘘であって欲しい、と思った。

 つまりそれは。

 彼はびんと紙をぐっ、と握りしめた。

 逃がさなくては。

 彼は思った。

 自分から。危険になるはずの自分から、彼女を遠く、遠く、自分が追いつけない程の場所に。


 そして中里は、よし野に旅行を提案したのだ。



「でもねえ」


 女は手の中で、赤い小瓶を転がす。

 うふふ、と甲高い、水晶の様な女の声が、放課後のLL教室の中に流れる。


「あいつが考えることなんて、そんなものよねえ。結局コレが無くちゃ、いくら今日あのコを遠くにやったとこで、どうにもならないって言うのに…… あ」


 広げられた制服のブラウスの下、なめらかな白い肌の上に、男はねっとりと舌を這わせる。


「全くお前は、アレが切れそうになると、淫乱になるな…… それだけでもう、これか?」


 んん、と長い髪が、教卓の下で揺れる。

 男は一度スカートの下に潜り込ませた指に、透明な粘液を絡ませ、女の前にぐっと見せつける様に突き出した。


「そういうセンセも、それをいいことに、あたしに好きなコトしてるじゃない……」

「役得、と言うんだな」


 低い声は、そうつぶやく。


「こんな『仕事』をやってるんだからな」

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