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 「あら失礼、ガラクタか何かと勘違いしてたわ」


 「おいアンナ、止めろ」


 「貴男は引っ込んでいなさいデューク、喧嘩を売って来たのは向こうなんだもの。買ってあげなきゃ哀れだと思わない? こんな人混みで叫んじゃって」


 クスクスと妖しい微笑みの、薄く開いた瞼の奥にある瞳に獰猛な殺意が宿る。アンナの殺意に応えるかのようにロッチの鋼鉄装甲が軋み、殺戮機関に刻印されたプログラム・コードが無機質な獣性を唸らせた。


 すぅ―――と、細く美しい指が男の眉間を捉え「ロッチ」猟犬へ死の号令を発しようとした瞬間、デュークがアンナと男達の間に割って入る。


 「兄ちゃん、なんだテメエ」


 やっと戦う気になってくれた。剣を抜く瞬間をこの目に収め、望む景色を見ることが出来る。歓喜に心躍り、冷酷な笑みを浮かべたアンナの思いとは裏腹に、デュークは地面に膝を付けると額を雨に濡れたアスファルトに押し当て。


 「すいませんでしたァッ!!」


 と、喉が張り裂けんばかりの声量で謝罪の言葉を口にした。


 「ちょっと、貴男何を」


 「俺の連れが粗相をしてしまい申し訳ありませんッ!! どうかこの場は俺に免じて見逃して下さい!! お願いしますッ!!」


 呆気に取られた男二人組が顔を見合わせ、腹を抱えて笑い始める。デュークの頭をブーツの靴底で踏み、唾を吐き掛け、侮蔑を込めた醜悪な笑みで「兄ちゃんよぉ、連れの教育はちゃんとしておくもんだぜ? 恥ずかしくねぇのか? なぁ」彼の顎を蹴飛ばし、煙草の灰を弾き落とす。


 「はいッ!! 肝に銘じておきます!!」


 ゲラゲラと下卑た笑い声を響かせ、どうでもいいと言った風にこの場を去った男達を見送ったデュークは錆びた排水管の蛇口を捻り、髪に引っ付いた唾と煙草の灰を洗い流す。雨水よりも冷たい水道水が額を伝い、薄汚れたシャツの襟首が湿る。


 「……情けない」


 「何がだよ

 「貴男が情けないって言ったのよ。馬鹿なんじゃないの? 剣を抜けばあんな奴等」


 「抜いた後どうするよ」


 「……」


 露店の店主から油汚れが染みついたタオルを受け取り、頭と顔を拭いたデュークが溜息を吐きながらアンナを見つめ。


 「俺はお前の方がよっぽど馬鹿に思えるね。何だ? スラムで揉め事を起こして、あのクソ犬をけしかけようとしたのか? 馬鹿なんじゃねぇのか? お前」


 「舐められるよりよっぽどマシよ。上下関係を刻み込んでおいた方が良い時もあるのよ? 弱虫」


 「……本当の馬鹿は自分が仕出かそうとしてる事の重大さに気付かないって云うがよ、お前はアレだな……馬鹿や阿呆じゃなくて愚かなんだよ。賢しいとか聡いなんて言葉とは別だ、愚者の考え方だぞ? 力づくで物事を解決するってのはよ」


 「貴男がそれを言えるの? デューク、貴男はその剣で何人の人間を斬り殺してきたの? 私が取ろうとした行動はね、剣を持つ貴男からして見れば何も間違っていないと思うわ。違う?」

 「違うね、全然違う。いいかお嬢様、お前の言い分は結局のところ自分の我を通す為の言い訳に過ぎねぇんだよ。其処に信念も無ければ、プライドのへったくれもありゃしない。御飯事の人形じゃねぇんだよ……人間は」


 剣の鞘が雨に濡れ、黒い湿り気を帯びる。手垢と汗が染みついた柄を握り締め、鍔を指先で叩いたデュークは店主へタオルを投げ返し「お前の我が儘に付き合って馬鹿を見るのは御免だぜ」舌打ちをしながら呟いた。


 「詭弁ね、それは」


 「勝手に言ってろ」


 「なら勝手に言わせて貰うわ下級エージェント、私は力を持つ人間はその責任を全うするべきだと思うの。自分の望むモノを手に入れるのも、自分の生き方を貫く自由も強者の責任よ。貴男はその責任を放棄して、自分自身を貶めているに過ぎないわ。理解出来ないわね、本当に。出来るなら、やるべきよ……デューク」


 「やり終えたんだよ俺は。もう何も残っちゃいねぇ燃え滓……それが俺だ。お前が俺に何を求めているのか、何を望んでいるのかなんて知ったこっちゃねぇ。うるせぇ女はあんまり好かれないぜ? アンナちゃん」


 「別に好かれようともしていないわ。私は私だもの」


 「あっそう。なら良かったじゃねぇか、俺と別物でさ」


 これ以上話す事は無い。互いに顔を背け、冷えた空気を肺に入れる。


 この女と話していると、昔を思い出してしまう。姿形も、声も、纏う雰囲気も何もかもが違うのに、背中を預けていた唯一無二のパートナーの面影を重ねてしまうのだ。


 いや……違う。アイツは死んだ。既にこの世に居ないし、復讐も終わった筈。だが……デュークの胸に燻ぶる猜疑の火種は、アンナという薪を燃料にして再び燃え上がろうとしていた。白い煙を吹き上げ、水分を弾き飛ばしながら真紅に燃える業火の種。


 道端に落ちていた煙草を口に咥え、火を着けたデュークはネオンに照らされる複合ビルを見上げると軽く頭を振るい、ゆっくりと紫煙を吐き出した。


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